第6話 隊長と怪盗

 国王は相変わらずの穏やかな顔で2人を出迎えた。

 器が大きいのか、ただの平和ボケなのか判然としない。


「ご苦労じゃったオリガよ。この者か......」


 国王は髭に手をやりながらジッとリンドウを見つめている。リンドウも国王を見ていた。

 オリガがリンドウの両肩を押さえて跪かせる。


「はっ、加えて申し上げます。この者の所持品から新たにこれが」


 箱を取り出しながらオリガは言った。

 国王は目を細めて箱を見つめている。


「オリガよ、その箱を開けてみなさい」


「はっ」


 オリガが蓋に手をかけるが箱は開かない。


「ーーふっ! ふん! ふんっ!」


 オリガが全霊の力を込める、それでも蓋は開かない。


 オリガは額を拭いながら箱を床に置いた。


「ふぅーー少々お待ち下さい、陛下」


 そう言ってから刀を抜き、振り上げた。

 箱を睨みつけている。


「ああこれ、よさんか。開かないのならそれでよいのじゃ。本物の箱には強力な魔法が施されておっての、呪文を唱えん限り開くことはないのじゃ」


 国王がオリガからリンドウへ目線を移す。


「で、お主はなぜこの箱が本物だと分かったのじゃ?」


「オーラですよ、王様。何となく分かるんだ」


 説明するのが面倒なのか、リンドウは適当なことを言った。


「ふむ。オリガからお主が妙な術を使うということは聞いておったが......。名はなんと言う?」


「リンドウ。王様は何て名前だい?」


「貴様なんと無礼な!」


 オリガが鞘に納めた刀に再び手をかける。


「よいよい、人にものを尋ねるときは先に名乗るのが礼儀じゃったな。ワシが失念しておったよ。ワシの名はジルヴェスター・レーナルト、見ての通り国王をしておる」


 レーナルトは両手を軽く広げ悪戯っぽく笑った。


「して、リンドウよ。お主は宝物庫から偽物の箱も一つ盗んでおるな。ーーどこにやったのじゃ?」


 レーナルトの顔つきが幾分か真面目なものになる。


「嫌な顔の小男に渡した。名前は聞いてないしどこから来たのかも知らない」


 「そうか」


 それだけ言うとレーナルトは目を閉じて黙り込んだが、やがてまた口を開いた。


「オリガよ、この箱を狙ったのが何者かを調べねばなるまい。頼めるか?」


「はっ、お任せ下さい」


「苦労をかけてすまんな。リンドウも一緒に連れて行くがよい」


 その言葉を聞いてオリガが反発する。


「なぜこのような者と! 一人でやれます!」


「まあそう言うな、箱を受け取った男を知っているのはリンドウだけじゃ。それに宝物庫の番人を倒すほどの男じゃ、足手まといにはなるまい」


「お言葉ですが、あの様な人形私ならば10体でも同時に相手にできます。陛下はこの男を買いかぶりすぎです」


「そんな芸当ができるのはこの国でもお主くらいのものじゃ。それにリンドウ無しでどうやって犯人を見つけるつもりじゃ」


「それは......」


 レーナルトがオリガをやりこめている横でリンドウは呆然としていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。本気で俺を連れて行く気か?」


「なんじゃ嫌なのか? 行かぬと言うならばお主は牢に幽閉されることになるが、その方がよいか?」


 レーナルトはとぼけた顔をして言った。


「そりゃ幽閉は嫌だけど、いいのかい? 俺が外に出ても協力するとは限らないぜ」


「それは貴様が私から逃げるということか? 安心しろ、そんな事は起こりはしない」


 逃げる自分を昏倒させるオリガの様子が容易に想像できてしまったリンドウは黙りこくった。


「よし、では決まりじゃな。二人ともよろしく頼んだぞ」


 自分が描いたとおりに事が進みレーナルトは満足気である。オリガはリンドウを鋭い目つきで見やっていた。リンドウはオリガの視線を躱すように俯いている。

 オリガはしばらくリンドウを見ていたが、やがてレーナルトに言った。


「では陛下、早速調査に出かけますのでこれにて失礼いたします」


 オリガは深く頭を下げ礼をした。レーナルトは軽く頷いてそれに応えた。


「行くぞ」


 リンドウはオリガに引きずられるようにして退室した。

 二人が去った謁見の間で宰相がレーナルトに問いかける。


「陛下、よろしいのですか? あのような素性の知れない者を同行させて、それにオリガと二人きりというのは......」


「オリガがいれば十分じゃよ。それともお主はゾロゾロと兵を引き連れて宝物庫が荒らされたことを宣伝して回りたいか?」


 レーナルトは意地悪な笑みを浮かべている。


「いえ、その様なことは......。しかし、なぜあの男をそこまで......」


「なに、年の功じゃよ。長年人を見ているとどんな人間か何となく分かるようになるものじゃ」


 レーナルトはそれきり黙ってしまった。

 その茶色い瞳の奥に深い緑の輝きを残して。

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