第3話 潜入、宝物庫

 小男が声を潜めて話しだす。


「旦那に盗ってきてもらいたい物は王宮の地下、宝物庫にあるはずでさぁ。宝物庫に入ったらこの紋様が描かれた手の平より少し大きい箱を探してくだせぇ」


 そういってリンドウに紙を手渡す。そこには六芒星の中心に梟があしらわれた紋様が描かれている。


「中には何が入ってるんだ?」


「そいつは知らない方がいい。知れば旦那を生かしておけなくなりまさぁ」


 そう言って小男はクスクスと笑っている。


「なるほど。気をつけるよ」


 虫の好かない奴だと思いながらリンドウは答えた。


「成功したならこの路地で落ち合いましょう。時間は夜中の3時で頼みますぜ」


 小男が酒場の横の路地を指差しながら言った。


「それは構わないが、実は時計を持ってないんだ」


「心配いりませんぜ旦那、こいつを使ってくれりゃあいい」


 小男が懐中時計を手渡す。


「あっしの持ってる時計と時間は合わせてありやす。いいですかい? 3時にこの先の路地ですぜ」


「分かった分かった。3時に路地だな、きっと来るよ。ところで王宮の見取り図はないのか?」


「おっといけねぇ、こいつがないと話になりやせん。しっかり頼みますぜ、旦那」


 そう言って見取り図を手渡し、小男は去っていった。


 __さてどうしたものか、とにかく現場の下見をしておこう。


 リンドウは王宮へ向かうことにした。王宮はリンドウがこの街に入ってきた門の反対側に見えていて、噴水広場から道が伸びている。大きな城だ、堅牢な石造りで沢山の塔が備えられている。深い堀と城壁に守られており、出入口は正面城門の橋だけである。他にもいくつか跳ね橋はあるが全て上げられている状態だ。

 城門脇に兵士達が駐屯する詰所がある。橋からの侵入は到底不可能だろう。かといって堀を越え城壁を登ろうにも、城壁には一定間隔で突き出た物見櫓のような物が備えられており監視の目が光っている。


 リンドウは城の見取り図へと目をやった。図面では堀へと水を引くものとは別に、城内へ水を引くための水道が地下を通っている。生活用水や噴水に利用するのだろう。この水道が相当な大きさで、人が十分に通れるサイズである。

 幸いこの街は水道が発達しており、街全体に水道が引かれている。街中にはメンテナンスの為のマンホールも見受けられた。ここから侵入し、地下水道を泳いで城内まで辿り着くしかない。


 リンドウはそう決めると街のはずれで夜を待った。

やがて日が沈み月が昇る。地球の月よりも大きい。時計を見ると0時ちょうどを指している。街もすっかり眠りについていて静かだった。


「行くか」


 リンドウが動きだす。民家の少ない位置にあるマンホールをこじ開け水道に忍び込んだ。

 眼下に水が流れており、流れは城の方へ向かっている。これならば流れに身を任せれば城まで運んでくれる。


「よしよし」


 そう言いながらリンドウは右耳の裏を指で叩いた。すると瞬時にリンドウの顔の前面をマスクが覆う。フィルターを省いたガスマスクのようなデザインだ。このマスクは少しの間なら宇宙空間での活動をも可能にする代物で、普段は耳の裏に隠れるサイズで収納されている。


「うおっ、冷てぇ〜」


 暫く水に身を任せるとやがて流れが少し緩やかになる場所に出た。水道が丸く広がっていて上部に空間がある。どうやら井戸のようだ。リンドウは井戸の壁を登った。

 頂上に辿り着いたリンドウは井戸から少し顔を覗かせ、マスクを収納した。暗闇に慣れたリンドウの目には景色がよく見えた。ぐるりと辺りを見回す。人影がないのを確認するとリンドウは井戸から這い出た。


 「どうやら中庭みたいだな」


 城の見取り図を眺めながら呟いた。辺りには木や花が植えられており、その間を土の道が走っている。


 「宝物庫は別館の地下か。本殿とは逆の方だな」


 闇に紛れてリンドウが動きだす。

 本殿を背にして中庭を進んでいくと、生垣の向こうから話し声が聞こえてきた。


 「巡回警備はつらいよなぁ。早く切り上げて酒でもやりたいよ」


 「まあそう腐るなよ、戦争に駆り出されるよりかよっぽどましだろ」


 「まあな、この国が長いこと戦争しないでいるのはありがたいね」


 「俺たち兵士が戦わないで金を貰えるなんて御の字じゃないか」


 声の主は2人、どちらも男の声である。城を警護している兵士だろう。声と一緒に明かりが動いているのが生垣越しに分かる。こちらに近づいてきているようだ。

 リンドウは道の角の生垣に身を潜めた。2丁のブラスターを既に抜いている。徐々に明かりが近づいてくる。角の先に男たちの影が見えた瞬間、リンドウは飛び出しざまに2人を打ち抜いた。

 声を上げる間もなく男たちは倒れた。


 「悪いな。ショックモードにしてあるから朝には気がつくさ、ゆっくり眠ってくれ」


 先を急がねばとリンドウは走った。進むべき方向は分かっていた。別館があるであろう方向には窓明かりが浮かんでいたからだ。

 道中数名の兵士を気絶させながらリンドウは別館まで辿り着いた。別館とは言うものの地上4階建ての大きな建物である。木陰から様子をうかがうと、正面玄関には2人の兵士が立っている。

 倒せないことはないがここで音をたてるのは避けたいな。そう思いリンドウは建物の裏手へ回った。すると3階の窓のひとつが半分ほど開いているのが目にとまった。


 「不用心だな~」


 リンドウはベルトの丸いバックルを取り外し右手に持ち、窓のあたりに狙いを定めスイッチを押した。するとバックルの側面からワイヤー付きのアンカーが射出され、窓枠の上の壁に突き刺さった。リンドウが再びバックルを装着してスイッチを操作すると、ワイヤーが巻き上げられリンドウを窓まで運んだ。

 窓枠に足をかけ部屋を覗くとベッドで眠る人影がある。初老の男だ。そっと部屋に足を踏み入れる。


 「風邪ひくぜ」


 そう言ってリンドウは窓を閉め、部屋から出た。

 廊下はこの時間でも明かりが灯されている。中庭から見えたのはこの明かりだったのだろう。そのまま廊下を進み階段を下る。どうやら館の中では兵士が巡回していないようだ。何事もなく1階まで下ってきたリンドウだが、階段は1階で終わっている。宝物庫のある地下へ続く階段は別の場所に造られているようだ。

 見取り図を頼りに地下へ続く階段があるはずの場所へやってきたリンドウ。しかしそこには厳つい扉があるばかりだった。鉄で出来た扉にゴツイ鍵がつけられている。


 「図面ではここから地下に通じているはずなんだが......」


 鍵を触りながらリンドウが言う。


 「開けてみるか」


 リンドウはそう言ってベルトに差してある棒をとりだした。底の方を捻ると15センチほどのレーザーの刃が飛び出す。それを使って鍵を難なく切断し、扉を開けた。


 「ビンゴ!」


 扉の向こうには地下へ続く長い階段があった。階段を降りると廊下があり、まっすぐ伸びてから左へ折れていてここにも明かりは灯されている。リンドウは曲がり角から先をうかがった。角を曲がった先には扉がもう1つ設置されていて、その扉を守っている者がいた。そいつは全身を洋風の鎧で包んで兜までつけた上に、リンドウの身の丈よりも大きい剣を持っていた。身長は2メートル以上あるだろう。そいつが立っている地面には魔法陣のようなものが描かれている。


 「なんだあいつ、こんなところをひとりで守ってるのか。飯とかどうしてるんだろ......」


 リンドウはそんな疑問を抱きながらも、角から身を出すと迷わず鎧の男めがけて発砲した。ブラスターから発射されたビームは見事に命中、鎧の男は倒れこみその音が地下に反響する。


 リンドウは鎧をまたぎ扉に手をかける。


 その瞬間、鎧が剣を振りあげている影が扉に浮かび上がった。


 「うそだろっ!」


 とっさに飛びのくリンドウ。彼が立っていた地面は粉々に砕かれている。身をかわすのが少しでも遅れていたら彼の体も同じ運命を辿っていただろう。


 「物騒なモン振り回すんじゃねぇ!」


 リンドウが叫びながら2丁のブラスターで集中砲火を浴びせるが、鎧の男は怯むこともなく攻撃を加えてくる。壁や床が次々に砕かれていく。


 __なんで気絶しないんだよこいつ! 


 「だったらこいつを食らえ!」


 リンドウはまたもベルトから何かを取り出し鎧の男に向かって地面を滑らせた。リンドウが投げたのは手のひらより少し大きな円盤で、男の足元まで滑ってきたとき円盤の上部が花のように開き青く発光した。すると、あれだけ激しい攻撃を繰り出していた鎧の男の動きが途端に鈍くなった。円盤に引き寄せられているのだ。抵抗を見せる鎧の男だったがやがて膝をつき、円盤の上に倒れこんだ。それでもまだ少しもがいている。


 「なんて奴だまだ動けるのか、顔を拝ませてもらいたいな」


 リンドウは鎧の男の兜を外した。


 「なんだこれ......」


 鎧も兜も中身は空だった。

 そして兜をとった瞬間、鎧はピクリとも動かなくなった。


 「とにかくお宝をいただこう、この騒ぎで兵士が駆けつけるかもしれない」


 リンドウは困惑しながらも円盤を回収して宝物庫へ入った。小男からもらった六芒星の紋章がはいった箱を探す。それはすぐに見つかった。

 宝物庫の壁一面に同じデザインの箱がいくつも並んでいる。


 「なるほど、シンプルだがいい手だ」


 リンドウはそう言って小さく笑うとスマートホンの様な端末をポケットから取り出し、箱の並んだ棚を撮影し始めた。端末の画面には箱の中身が映し出されている。スキャン出来る装置のようだ。とはいえ、箱の中身にある物の形と大きさが分かるだけだが。


 「どの箱にも同じ形の物が入ってるな。手の込んだことを。これじゃどれが本物かわかりゃしねえ。ん?」


 リンドウがひとつの箱の前で足をとめる。この箱だけはスキャン出来ない。なにか特別な素材で作られているのだろうか。


 「こいつが本命か」


 リンドウはその箱を懐にしまい、宝物庫を後にして別館を脱出した。帰りは裏口の鍵を内側から開けられたので楽だった。

 リンドウはすぐに脱出ルートとして選んでいた下水道へ続くマンホールへ飛び込んだ。この下水道は城の排水を街の近くを流れる川に運んでいる。川から街へは15分も歩けば着くだろう。


 気絶した兵士が発見され城に警鐘が鳴り響いたのはリンドウが街へ戻ってきた後のことであった。

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