第6節 9番目の扉
リトは目の前の光景に目を丸くした。
二つのベッドが並んだ部屋の中、無数に飛び散る薄藍色の羽毛。
そして右のベッドに、一人の
白を基調としたローブを身にまとった白い髪の
線が細く、肌も白に近い。
女性なのか男性なのか解らないほどに中性的な顔立ちをしていたが、それ以上にベッドを見下ろす血のような深紅の瞳が禍々しく美しかった。
一方、ベッドの上には翼の少女が横たえられていて、縄で手首を拘束されている。
彼女には見覚えがある。
薄藍色の扉の部屋で見た、リトに予言をして励ましてくれた
「カミル様、何をやっているんだ!」
記憶の中の自分が叫んだ。
それと同時に、驚きで絶句する。
(カミルというと、まさかカミル=シャドールのことか!?)
記憶が不完全な状態でも、彼の名前だけは知っている。
魔術や学問においての第一人者で、魔術を志す者ならば誰でも知っている世界的な有名人だ。
なんだって、過去の自分はその有名人とタメ口で話しているんだろう。
「リト、助けて」
鈴の音のような声で、少女が助けを求める。
すぐに記憶の中の自分は走り、少女とカミルの間に滑り込んだ。
背に庇うように白い
「邪魔だ。どけ、リトアーユ」
やっぱり、自分とカミル=シャドールは知り合いらしい。もしかして、そこそこ親しい間柄なのか。
隣国の王とも知り合いで、世界的な大賢者とも知り合いだなんて。
有名人に縁があるなんて、本当に自分は何者なんだろうか。
「どけるわけがないだろう。不法侵入じゃないか。そもそも、女の子相手に何をしているんだ」
怖いもの知らずにも、自分は怒りを隠さずに大賢者を咎めている。堂々とした姿に尊敬すら抱きそうになった。
目の前で、カミルは艶然と笑う。
「お前が相手をしてくれるのなら、構わぬが?」
白く細い腕がリトの腕を掴む。
意外にも力で勝てなかったのがズルズルと引っ張られ、左側のベッドに連れて行かれる。
その時、不意にぐるりと視界が回った。
気がつくと、真上には深紅の見下ろしてくるカミルの顔。
どうやら押し倒され、組み伏せられたらしい、が——。
(これって、どういう状況なんだ!?)
「離せ」
当然、記憶の中の自分は拒絶の声をあげた。
どういうつもりなのか、カミルは薄笑いを浮かべている。
「泣いて懇願したくなるほどまで可愛がってやるよ」
目眩がした。加えて頭も痛くなってくる。
(……まさか、そんな関係なのか。過去の俺は本当に、そういう趣味があるのか!? 嫌だ、考えたくもない)
「何をする気だ」
「さて、どんな目に遭わせてやろうか」
愉しげに紡ぐ言葉に心臓が冷える。
こうして過去の記憶を見ているリト自身まで恐怖を感じた。
一体、自分はどうなってしまうのか。
「リトを離して!」
少女が声をあげた瞬間、自分に覆いかぶさっていたカミルの身体がわずかに震えた。そして同時に聞こえてくる、ガラスの割れる音。
まさか殴られた、のだろうか。
途端にカミルの白い髪からしずくがだらだらと滴り、真下にいるリトの顔や服にも落ちていく、
映像しか共有していないから解らないが、たぶん髪も濡れているに違いない。
しばらく無表情で黙っていたカミルだったが、不意に離れて少女を追いかけ始める。
「つくづく苛立たしい小娘だ。待て」
再びぐるりと視界が動いた。すぐに起き上がったらしい。
心配だったが少女は素早く逃げていて、幸い今のところはカミルには捕まっていない。
ちょこまかと動き回る翼の少女を、執拗に追いかけ回すローブの男。その姿を大人気なく感じてしまった。
追いかけっこ状態がしばらく続いた後、突然カミルの姿が消える。たぶん
一瞬のうちに白い
急いで、記憶の中の自分は走る。
白い手が彼女に伸びる寸前、間に割って入り、少女を背にして立つ。
続けて聞こえてくるのは、剣を抜く金属音。
鈍い光を放つ剣の切っ先を、自分は迷いなくカミルの喉元に突きつけた。
「私をどうするつもりかね?」
白い
さっきから、そんなに何がおかしいのか。
「これ以上ラァラに手を出すなら、叩き斬る」
いつになく低い声は怒りが込められていた。
——きっと、本気だ。
他人事ながらに、リトはそう思う。
両者口を開かないまま、しばらく沈黙が続く。
最初にそれを緩めたのはカミルだった。
「——ふん、面白くもない模範解答だ。本意とは言えぬが、認めてやるよ」
* * *
「なんだったんだ、今のは」
断片だけの記憶ではなんとも言えないが、白き賢者のイメージ像がガラリと変わる出来事だった。
翼の少女はラァラという名前のようだ。
それにしても、あんな小柄な少女を捕まえて、カミルは彼女に何をしようとしていたんだろう。頭が混乱しそうだ。
少し、整理してみよう。
部屋に入ったら、ラァラがカミルに危害を加えられようとしていた。
彼を止めようとした自分は逆に襲われそうになったところを、ラァラに助けられた。
そして再び彼女を追いかけて捕まえようとしていたカミルに、自分は剣を突きつけたのだ。
カミルはリトの言葉を〝模範解答〟と評した。
「つまり、どういうことなんだ?」
きっと、自分はラァラに好きだったんだろう。
彼女を守ろうと必死に庇おうとしていた。
——ということは、もしかしてあの場面は、いわゆる三角関係というやつなんだろうか。
ますます解らなくなってきた。
もう、後は別の記憶を見た時にゆっくり考えることにする。
都合よく、ぼんやりと次の扉が現れた。
今度は緑色の扉だ。
次はワケの解らない、おかしな記憶ではありませんように。
だんだん自分自身が信じられなくなってきたリトは、思わずそう祈ってしまった。
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