第3節 緋色の魔法使いは残酷な真実を告げる
ライズに借りた金でリトが購入したのは
とびきり性能の良い高価なものではないが、リトが振るうには一番無難だろう。
いつもよりどこか好戦的なロッシェを横目で見つつ、悩みに悩み抜いた結果、正面からではなく魔法の【
館には解雇されたはずの使用人も数多く戻ってきているらしく、玄関から入って邪魔されるのも面倒に感じたのが理由だ。
それにしても。
こうして橙色の目を
「おや、戻ってきたのかい。リトアーユ」
驚いたのは一瞬だけで、父はすぐに穏やかな微笑みに戻った。
自分とは違いすぐに笑顔を貼り付けるエルディスに、リトはきつく睨みつけて詰め寄る。
「ラトはどこだ」
「ここにはいないよ?」
首を傾げて笑みを崩さない父親に、胃がむかむかする。
どうして封じた記憶が戻っていることについては聞かないのか。まあ、ライヴァンに滞在していたことは知っているようだし、彼にはぜんぶ解っているのかもしれない。
「ラトに何をした」
曖昧な質問ではすっとぼけられてしまう。
そう思い尋ねる内容を変えたら、エルディスは笑みを深くする。
「うーん。事実を聞いたら、君は死んでしまうと思うよ?」
ギリ、と心臓が唐突に痛くなる。
不安か。それとも悲しみに、体内にひそんでいる精霊が反応しているのだろうか。
ロッシェも言っていたじゃないか。彼がラディアスを手にかけている可能性が高い、と。
知るのは怖い。それでも真実を知らなければならない。
すべてを知っているのは、この目の前の元凶であるエルディスだけなのだから。
「話せ」
命令口調できつく告げると、緋色の魔法使いはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「カルスタ砂漠に置いてきた。動けないように【
カッと顔に血が昇り、考えるよりも早くリトは動き出していた。
変わらず笑顔を崩さない父親に掴みかかり、ジャケットの襟を乱暴に引っ張る。
「貴様、自分が何をしたのか解っているのか……!」
「解っているとも」
口もとを緩めたまま、エルディスは首肯した。余裕のあるその表情がますますリトの怒りを煽る。
いや、解っていない。こんな男に解るものか。
よりにもよって、この父親はラディアスを指ひとつ動かせない状態で熱砂の砂漠に置き去りにしてきたのだ。
「リト君、落ち着きたまえよ」
そっと手首を掴まれる。とたんにギリギリと絞られるような痛みが次第に引いていき、リトは父の襟から手を離した。
やけに冷静なロッシェの声に、熱くなっていた心が落ち着きを取り戻していくように感じた。
不意に、ひとつため息が聞こえてくる。
「それで、ラト君のことを聞きに来ただけなのかい?」
さっきまでの楽しそうな笑みが消えている。まるで興が削がれたと言わんばかりの、不満げな顔だ。
それはそれでイラつかないわけではなかったが、リトとしてはラァラの安否については聞いておきたい。
エルディスを見据えて、口を開こうとした時だった。
バン、と前触れもなく突然に部屋の扉が開く。
「リトっ」
飛び出してきたのは、まさに気がかりだったラァラ本人だった。
学園の制服ではなく淡いブルーのワンピース姿であることには物言いたい気持ちになったが、ぐっとこらえる。
ぱっと見ただけだが怪我をしている様子はない。
「ラァラ」
まさかこんなにも早く彼女と再会できるとは思っていなかった。
目を丸くするリトとは対照的に、ラァラとしては再会を喜んでいる場合ではないらしい。不安げに藍色の瞳を揺らし、叫ぶように尋ねた。
「リト、今までどこにいたの!?」
「……訳あってライヴァンにいたんだ」
記憶がない間、彼女とは顔を合わせなかった。
余計な心配をかけたくなくて簡単な事実のみを告げたものの、ラァラは動揺した様子でさらに質問を重ねてくる。
「リトは、ラトを知らない? ラトもライヴァンに行ってるの?」
言動から見て、きっと彼女はエルディスがラディアスに何をしたのか知らない。おそらく父も残酷な真実を告げるのが
「ラトは……」
言葉が見つからず、声が出ない。
なんて言えばいいのだろう。
ラディアスはラァラにとっては養父であり、大切な家族だ。真実を言葉にして、彼女の小さな心が壊れてしまったりしないだろうか。
「……パパ、ラトを殺したの?」
察しのいい彼女は、すっと真顔になりエルディスに向き直って、近づいていく。
隠しておくのをやめたのか、緋色の魔法使いはあっさりと認めた。
「殺したよ」
「そんなにラトがキライ?」
「好きではないね。彼はいつも私の邪魔ばかりしていたから」
事実を告げるにも限度があるだろう、とリトは非難の目を父に向ける。
率直すぎる言葉に再び胃がむかむかしてきたが、ラァラはくるりとエルディスに背を向けた。
「わたし、捜してくる」
「待ちなさい」
引き止めることはしないと思っていたのに、意外にもエルディスは焦った表情で彼女の腕をつかんだ。
動きを封じられたラァラは、振り返って大きな瞳で彼をじっと見つめ、細い眉を寄せる。
「どうして?」
「幾ら君でも辿り着けない所にラト君はいるから、無理だよ」
カルスタ砂漠はティスティルとは別大陸にある地域だ。けれど彼女の出身ゼルス王国からは砂漠からは比較的近いし、もしかしたらツテをたどれば行くことはできるのかもしれない。
けれど行き着いたとして、彼女が万が一にもラディアスの死体と対面してしまったら。
そう考えた途端、息が詰まった。
再び心臓が痛み始めてリトは顔を歪める。服の上から胸元をつかんで、なんとかごまかそうとしたが、痛みは増す一方だった。
遠くでラァラとエルディスのやり取りが、ぼんやりと聞こえてくる。
「アセーナ湾?」
「海じゃないよ」
「それなら捜せる。離して、パパ」
もしも捜して見つけ出してしまったら、エルディスの言葉が真実かどうか解るのだろう。
けれどそれが、自分とラァラにとって残酷なものだったなら、どうすればいいのか。
頭の中に、ラディアスの気の抜けたような微笑みがよぎる。
その瞬間——、
「……うっ」
刃物で貫かれたような痛みがリトを襲い、目の前が闇に覆われる。
今は発作で倒れている場合じゃない。
やるべきことが、たくさんある。
(早く、ラァラを助けないと、いけないのに……)
そんな想いとは裏腹に、リトの意識は奈落の底へと落ちていったのだった。
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