第3節 家族のもとへ
昼頃に食堂へ行くと、早朝に受けた厨房ジャックがよみがえったのか、使用人や料理人たちはリトとロッシェに厨房を明け渡してくれた。
妙によそよそしく遠慮がちな彼らには申し訳なく思いつつも、昼食を作る。
エビをたっぷり入れたクリームパスタと、ミルクのスープ。
生野菜サラダはロッシェが作ってくれた。
使用人たちに見られつつ食堂で食べたが、ロッシェ本人はあまり気にせず食べていた。
だからなのか、リトも時々雑談しながら和やかなランチタイムを過ごすことができたのだった。
* * *
部屋に戻ると、いつの間に来ていたのか天狼がいた。
かれは無事に、ラディアスに食事の介助をすることができたのだろうか。
リトは聞いてみることにした。
「天狼、ラトは食事を食べたか?」
「んー、さすがにいきなりは難しかったねえ。でもロッシェ君の言う通り、水を与えてあげたら飲んでくれたよ。ゆっくりだったけど、リト君が作った食事もおいしいって言って食べてくれたし」
ちゃんと食べることができたのなら、なによりだ。天狼にちゃんと色々教えておいて良かった。
ホッとして、リトが胸を撫で下ろした時、突然バンと大きな音がする。
身構えていると、勢いよくドアが開いた。
「リトっ」
入ってきたのは小柄な
水色のワンピース姿の彼女に、リトは思わずぎょっとする。なぜなら、服だけでなく顔まで全身血まみれだったからだ。
「……ラァラ?」
一体、彼女に何が起こったのか。怪我をしているのだろうか。
不安にかられるリトとは違い、ラァラはなにも気にしてはいなかったらしい。そのままリトに抱きついてきた。
「リト、大丈夫?」
いや、それはこちらのセリフなのだけど。
「俺は大丈夫だけど、……ラァラはどうしたんだ、その血」
「リトのパパ、刺しちゃった」
え。
これはもしかしなくても、エルディスの血なのか。
ラァラに怪我がないことは良かったが、果たしてこれは喜んでいいものかどうか。
「なんだ、先を越されちゃったよ」
肩をすくめて残念そうに笑う友人に、リトはため息をつきたくなる。
殺傷沙汰だ、良くはない。
良くはないのだが、刺してしまったのなら仕方ないだろう。
「随分と不穏当だね」
困ったように天狼が笑って言った。
どうでもいいが、そんな言葉どこで覚えてきたのだろう。
「この狼、だれ?」
腕の中でラァラは顔を上げて天狼を見つめる。
今は狼の姿ではなく人型でいるというのに、よく狼だと解ったものだ。さすがだなと、リトは思う。
「私は風の天狼だよ。君たちの味方だよ」
「かれがラトを拾ってくれたんだ」
そうだ。なによりもまず、ラァラにはラディアスの無事を報せるべきだった。
慌てて補足すると、ラァラの目が輝く。
「ラト、無事なの?」
「無事と言っていいかどうか解らないが、命は取り留めたよ。会いたいかい?」
「会いたい」
それは、そうだろう。
どんな状態にせよ、二度と会えないと思っていた家族が生き延びていたのだ。会いたいに決まっている。
リト自身もラァラと同じ気持ちだった。
「君はどうなのかな、リト君」
「俺も会いたい」
「そうだねー。今の彼を見るのはとても心が痛むと思うけど、大丈夫かい?」
「それでも、会いたいの」
すぐに答えが出るラァラが羨ましい。
当然リトも会いたいとは思っていたのだが、素直に口にしていいか解らなくなってしまう。
ラディアスは捕縛された上に呪いをかけられ、砂漠に置き去りされ死にかけたのだ。
そして、彼を死に追いやったのは自分の父親なのだ。
自分は会いに行ってもいいのか。いや、会いに行ける立場なのだろうか。
「………………」
のこのこ会いに行ったりしてもいいのだろうか。
会った途端、ラディアスは傷ついたりしないだろうか。
「君も行ってきたまえよ、リト君」
はっとして、リトはロッシェを見る。
もともと細い瞳をすっと細めて、彼は腕を組んだまま言った。
「恐らくディア君は、喉か肺をやられて声を出せず、魔法が使えない状態だろうと思うんだ。君が行けば、治癒魔法をかけてあげられるんじゃないかな」
付き合いの長い彼のことだ。
いざという時になって二の足を踏み始めた自分の背中を、押してくれているのだろう。
ラァラは魔法が使えない以上、治癒魔法を使える者はリトしかない。
行くべき理由を与えてくれた友人に心から感謝しつつ、リトは頷く。
「うん、俺も行く」
「うんうん、ならば決まりだね。ねぐらまで連れて行ってあげるから、私の背に乗るといいよ。落ちないようにね」
天狼はそう言うと、狭い室内で巨大な翼もつ狼の姿になる。
早速かれの背に乗り始めるラァラを見つつ、リトはロッシェを気にしていた。
「ロッシェはどうするんだ?」
「僕は行かないよ。僕が行くと精霊の働きを阻害してしまいそうだし、あの人の動向も気になるしさ。別の誰かに手出ししないよう、見張っていてあげるよ」
それは、すごく助かる。
リトがいなくなればまた各所に迷惑をかけるかもしれないし、ロッシェが見張ってくれるなら安心だ。
さっきまでの殺気は完全になくなっているし、悪いようにはしないだろう。
「ありがとう。じゃ、行ってくる」
片手を上げると、ロッシェも同じように片手を上げて応えてくれた。
くるりときびすを返して天狼の背中に乗ると、かれはラァラとリトを乗せたまま窓から外に飛び出したのだった。
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