第2節 2番目と3番目の扉

 次に見た記憶は屋内だった。


 テーブルを挟んで座るのは、やっぱり知っている人物だ。

 赤金と白髪の混じった短い髪と髭が特徴的な、魔術師風の衣装姿の男——ルウィーニだった。


 そして、その隣にはもう一人、大柄な男が不機嫌そうな顔で座っている。


 短めな赤みの強い金の髪は逆立ったオールバック。

 つり上がった目はきんいろだ。

 虎の耳と褐色の肌に浮き上がる縞模様から、ひと目見て獣人族ナーウェアだと思ったが、長い縞模様の尾の先には炎が燃えていて、時たま火の粉を散らしている。


 だから、彼は人族じゃない。

 おそらく炎の中位精霊、灼虎しゃっこが人の姿を取っているのだろう、とリトは推測する。


「どうして彼を褒めてあげなかったんだい?」


 真向かいに座っていたリトに、ルウィーニはそう言った。

 じっと睨んでくるものの、灼虎しゃっこは押し黙ったままだ。


「褒める……?」


 怪訝そうに返す自分の声は、まるでそんなこと思いつきもしなかったと言わんばかりだった。


「きみが彼に強いた理不尽に対し、彼は恨み言を言うことなく、むしろ君の期待以上の働きをしてくれたはずだ。それに対し、感謝や褒め言葉に思い至らないというのは、一個の大人としてどうかなと俺は思うよ」

「…………」


 心に突き刺さるような言葉だった。


 柔らかい口調の中には厳しい内容が含まれている。

 それなのに、リトはなぜだかホッとするような安心感を覚えていた。


 間違っていることをちゃんと言ってくれる人がいるというのは、恵まれているのではないだろうか。

 自分の記憶なのに客観的に捉えるのもどうかと思うが。

 きっと、彼は記憶の中のリトに対して怒っているのだ。


「解らないのは仕方のないことだがね、私としてはこのまま黙っているのも不本意だ。きみは自分に何が欠けているのかを、探してみてはどうかな?」

「……探すと言われても、どうすればいいのか解らない」


 もしかして、ルウィーニには解っていたのだろうか。

 当時の自分に、何が欠けていたのかを。


 俯き加減だった視界の中で、彼はリトに向かってにこりと微笑む。


「私の意見を言わせてもらえば、きみはしばらく旅に出て様々な国と人々をそのはだで感じ、きみの世界を広げてみるのがいいと思うよ」



 * * *



 目の前の情景が、暗闇に戻る。

 銀砂を撒いたかのような星を、ぼんやりと眺めていた。


 脳裏には、まだルウィーニの言葉が強く残っている。


 あの後、自分はどうしたのだろう。

 実際に旅に出たのだろうか。


 まあ、それも記憶をたどっていけば解るのだろうけど。


 彼の言う〝理不尽を強いた彼〟と言うのは、おそらくロッシェのことだろう。

 先ほどの光景は、たぶん最初に見た記憶の出来事だったのだ。

 もしかして、自分は脅しつける以外に、また何かひどい仕打ちを彼にしたんだろうか。


 いずれにしても、自分があの後どう変わっていったのか、リトは強い興味を引かれた。

 まるで他人事見たいな捉え方だったが、これは本心だった。

 ……まあ、何も変わらなかった可能性もなくはないが、今は考えないでおく。


 やや前向きになってきた気持ちに呼応するように、新たな扉が目の前に現れる。


 今度は、薄紅色の扉だった。


 迷うことなく取っ手に触れ、リトはそれを押し開けて中に入った。



 * * *



 目の前に広がっていたのは、また屋内だった。


 先ほどと違っているのは豪華な装飾だという点だ。


 厚い絨毯、革張りのソファに、壁には大きな絵画が飾られている。

 テーブルはシンプルなものの金の装飾が上品で、ワインが入ったグラスは曇りなくよく磨かれている。


 向かい側に座っていたのはロッシェだった。

 最初に見た警戒した表情とは一変し、嬉しそうに笑っている。


「彼がフェトゥース。僕の自慢の弟で、僕が剣を捧げる唯一の君主ですよ。ご主人様」

「大げさだな、ロッシェは。それよりも僕はおまえが彼をなぜご主人様と呼ぶのか、そっちの方が気になるんだけど」


 ロッシェの隣にいたのは、淡い月色の髪に桜色の瞳をもつ人間族フェルヴァーの男だった。

 儀式の前、国王執務室に入り込んでしまった時に優しく接してくれた、あのライヴァン国王だ。


 まさか、本当に知り合いだったとは。


 しかしロッシェの言葉から察するに、彼との繋がりで顔を合わせたのか、とリトは考える。

 それよりも、ロッシェとライヴァン国王が兄弟だという事実にも驚きを隠せないが。


 ずぶずぶと、再び思考の海に沈みそうになった時、記憶の中の自分に向けてフェトゥースはにこりと微笑む。


「初めまして、リトアーユさん。僕はライヴァンの国王で、フェトゥースという。親しい者は僕をフェトと呼ぶから、君もそう呼んでくれて構わないよ。いつもロッシェがお世話になっているみたいだね、ありがとう」


 この記憶は、一体いつのものなのか。

 ライヴァン国王の言葉によると、初めの頃よりもリトはロッシェと親しくなっているらしい。

 

「よろしく、フェト。俺のこともリトで構わないよ。ほとんどの者がそう呼ぶからな」


 自分の声は、以前よりも明るい感じだった。

 冷たい感じはなくなっていて、柔らかく友好的だ。

 こんなふうに話すようになったのかと、心の底から安心する。


「僕が世話を受けているんじゃなく、僕が世話しているんだよ? フェトゥース」


 隣のロッシェが、どこか得意げな顔で言った。


 彼と話したのはまだ少しだけだったけど、口ぶりがロッシェらしいと思う。

 そんな兄に対して、フェトゥースは呆れた目を向けた。


「おまえはそんなことばっかり」


 まだ記憶をたどっている途中だから自分自身の家庭環境がどんなものかは解らない。

 でも、兄弟ってこんな感じで、気のおけない存在なのかなと思う。


 続けて、ライヴァン国王は桜色の目をリトに向け、人懐っこく笑った。


「こいつは面倒な性格だから苦労かけているんだろうね。大変だと思うけど広い心で見守ってやってくれるかな、リト」

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