22.侵蝕が進み、進むべき道の先 ※ファーギー視点です。


 二手に分かれることが決まり、今後の具体的な予定をつめていく最中。



 耳障りで甲高い声が聞こえてきた。



《誰もが、ティナ、ティナ、ティナの事ばかりね。貴方の苦しみには、誰も気づいてくれない。気遣ってもくれないのにね》

 


 それはそうだろう。



 わたしに本当の仲間はいない。友達がいたことすらなかったのだから。



 妹のためであれば、平然と人を傷つけ、その他すべてを切り捨てて生きてきたのだから当然だ。



 ティナにだって恨まれて然るべきだった。なのに、彼女は屈託のない笑顔で「ファーギーと友達になれると思ってるから!」と言ってのけたことを思い出す。



 彼女のように、無邪気に友達になれると考えているわけではない。



 それでも、せめてティナの呪いは解いてあげたいと思っている。それは本心のはず。なのに、頭の中ではそれを否定する声が絶え間なく喋りかけてくる――。



《貴方にとってはこのままティナが死んでくれた方が、都合がいいのよ。ティナさえいなくなれば、サイラスはきっといつか貴方に好意を抱く。私を信じなさい》


 

 馬鹿なことを――。以前にも増して、頻繁に語りかけてくるようになった女神の欠片の声を無視し、こめかみを手で押さえながら、サイラスに尋ねた。



「ひとつ聞きたいことがあるのだけど、いい?」

「あぁ」



 翳の宿る瞳がわたしの視線と重なった。サイラスへの気持ちをすべて見透かされていそうな気になって、身体が震えそうになる。



「サイラスは辺境伯と、聖バルゴニア王国を滅ぼす道に進むつもりなの?」

「違う。神のいない新しい国を、辺境伯領につくりあげる」



 その返答を聞いた途端、頭が割れそうに痛んだ。



《ほら、言ったでしょ。このままでは貴方の居場所はどこにもないわよ。ここにいる者たちが、神のいない国を目指す限り、女神の欠片を宿す貴方が傍にいられるわけがない。またも、一人ぼっちになるわよ。貴方は妹の幸せを第一に考えてきたけれど、その妹だって、貴方と一緒に幸せになろうとはしていない。一人で、自分の幸せを見つけてしまった。そんな妹の幸せを守るだけの人生でいいの? このままじゃ、サイラスも、アルも、ティナも貴方を近くにはおいてくれない。貴方とは離れた場所でみんなが幸せになって、貴方だけが絶望の中、取り残されていく》



 うるさい。うるさい。うるさい。妹が努力して築き上げている幸せを守るのは、わたしの唯一の願いだった。その願いがあったから、これまで生きてこられたのだ。それにまで疑念の種を植え付けようとしないで。



《貴方の最終的な役割は、女神が示した三番目の道。サイラスが聖バルゴニア王国を滅亡させる未来へと進ませることだと言ったでしょ。ここまであなたに与えてきた役割はすべてその為の布石よ。この国を恨み、すべてを覆し、埋め尽くされた屍を踏みつけるとき、サイラスの中に眠る古の神が目覚めるわ。眠らせたままにしておくには惜しい神なの。私は、その神と共に新たな世界を創る。貴方にもその喜びと幸福を共有させてあげると言っているじゃない。そうなれば、サイラスともずっと一緒にいられるわよ。だから、サイラスを絶望させなさい。すべてを覆したくなるほどの憎しみを抱かせるの。ティナはそのための犠牲なのよ。だからわざわざ出会わせたのだから。あなただって運命の出会いをさせるのに一役買ったじゃない》



 頭が痛い。耐え難い。女神の欠片の声が煩くて仕方ない。



《女神は四つの未来を示し、四人の神官に卵を産みつけた。私達は三番目の道。それを達成しないと、他の神官に吸収されるわよ。決断しなさい。貴方が進むべき道はもう一つしかないの》



 少し黙って。静かにして。そう思っていたはずなのに、その声が女神の欠片が発するものなのか、それとも自分が頭の中で考えていることにすぎないのか、それすら曖昧になって混ざり合い、溶けていく。



 以前なら《契約よ。明け渡しなさい》その言葉が聞こえると同時に、身体の自由が失われ、操られていた。そういえば最近、それがなくなった気がする。



 わたしの意志と、女神の欠片の意志は、もはや同じモノなのかもしれない。



 そう思った瞬間。侵蝕が加速し、自我が薄れていく。正常に物事を考えられなくなって、表面上は何の問題もなく語り、行動しているにもかかわらず、すべてが自分の与り知らぬところで進行していく出来事のようにも思えてくる。



 俯瞰的に物語をただ見ているような――。



「ファーギー、俺の目を見ろ」



 気づくと、サイラスが立ち上がり、わたしの瞳を覗き込んでいた。深い哀しみが宿る陰鬱な瞳に、吸い込まれそうになる。



「女神は人の心を執拗に弱らせにかかる。負の感情に囚われるな」

「わかってるわ」



 そう。分かっている。ずっとわたしは一人で戦ってきたのだから。わたしの方がサイラスよりもずっとよく知っている。わたしは……考えてみれば、サイラスに出会ってから弱くなった。死の淵に立たされた後から、よけいに……女神の欠片が育ってしまった気がする。



《そうよ、サイラスはわかってないわ。私は弱らせようとはしていない。思い出しなさい。死の淵に立たされて絶望的だったところをサイラスに助けられた時に感じたあの胸の高鳴りを。抑える必要なんかない。貴方だって幸せになっていいのよ》



 幸せになれば、欠片は消えるはずじゃ。考えろ。惑わされるな。



《そうね。だけど、私が貴方に掴んで欲しい幸せは、人が得る普通の幸せじゃないの。貴方が三番目の道を勝ちとって他の神官を排除し、女神本体が宿れば、何も怖れるものは無くなる。何もかもが思いのままになるの。勿論、貴方の妹の幸せも誰にも邪魔されない。貴方の願いは全て叶えられる。だって、貴方が神と一つになるのだから。迷う必要なんてないわ。身を委ねなさい》



 違う。嫌だ。神にも聖女にもなりたくない。そんな幸せはわたしの望むものじゃない。わたしは最後まで自分の意志で生きる。そうじゃない。もうソレは私のノゾミじゃないでしょ。それにイモウトのためにも何が最善かワカルでしょ。



 二つの意志がせめぎ合いながら、正視に耐えないモノへと変貌していく。



 妹の為だけに生きようと決意していた。かつての、その強固な想いすら薄れていくようで、怖い。助けて。イヤダ。誰か――。

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