02.追放のような、ちがうような?

 王都に出てきて三か月。冒険者稼業は残念ながら順調とは言えなかった。



 駆け出しの少人数パーティーでも狩りやすい、単体で現れる低級魔物の駆除依頼を選んで受けているのだけど、これがなかなか上手くいかない。



 原因は、故郷の村の周辺には少なかった群れで行動する魔物たち。



 わたしたちが二人だからか、それとも余程弱そうに見えるのか、狙った魔物を討伐しようとしているところをゴブリンやシャドウウルフやコボルトの群れに頻繁に襲われるのだ。そうすると前衛のアルが敵を抑えきれず、わたしが焦って火魔法ですべてを焼き尽くして切り抜けてしまう。



 倒すだけならそれでも問題はないのだけど……素材関係が買い取ってもらえる状態ではなくなってしまい、低級魔物の討伐報酬だけでは日々の生活を送るだけで一杯一杯。高額の薬代を溜めることなどできそうにもなかった。



「やっぱり仲間を募集しようよ。二人じゃどうしても行き詰まっちゃう。新しく入れるなら、盾役の人が良いよね。敵の攻撃を集めても、どっしりと受け止めてくれるような頑丈そうな人、どこかにいないかな。それか、瞬間火力の高い剣士も格好良いかな」

「嫌だ。気乗りしない……」



 そっぽを向いているアルを見ながら考える。うーん、わたしたちのパーティーに必要なタイプだと思うんだけど。何が気に入らないのだろう。



「どんなタイプならいいの?」

「……考えておく」



 アルが新しい仲間を連れてきたのは、そんなやり取りをしてしばらく経った日だった。見た瞬間、白目をむきそうになってしまう。もしかして、気乗りしない感じだったのは、男性ではなく綺麗な女性を加入させたかっただけなのだろうか――。



 歓迎の挨拶をしながらも、ついついジト目になってしまったのも仕方がないというものだ。



 だって……新加入の女性が着ている神官服はやけにぴったりしていて、それはもう一目見ただけでスタイルのよさが際立っていた。



 栗色の髪はつやつやと輝き、目鼻立ちのきりっとした美しい顔立ちに、意志の強そうな榛色の瞳は特に印象的で、見つめられると圧倒されそうになる。



「ファーギーよ、年齢は三つ上だけど呼び捨てにしてくれていいわ。女神コーデュナの加護を受けて回復、攻撃ともに上級神聖魔法が使えるから、冒険者としては駆け出しだけど、実力では一般的な中堅冒険者よりも上のはずよ」



 わたしたちの住む大陸で、女神コーデュナの名を知らぬものはいない。総本山は隣国である聖バルゴニア王国だけど、大陸中に信徒がいて力ある宗教の一つだ。



 コーデュナ教の神官服を着ているという事は、何らかの犠牲や供物を伴った個人的契約を女神と交わし加護を受けていることを意味する。



 誰もが女神と契約を交わせるわけではないので、上位の攻撃魔法と回復魔法が使えるのなら、彼女は相当女神に愛されたのだろう。わたしが事前に望んだタイプのメンバーではないけれど、大きな戦力になってくれることは間違いない。



 うん、気持ちを切り替えよう。



「上級回復魔法が使える神官なんて引く手数多なのに、わたしたちのような弱小パーティーに入ってくれて嬉しい」

「あぁ、実は彼とつき合うことになったから」

「へ?」

「ちがう! いや、違わないけど、ナンパしてきたんだよ、この人が」

「話を捻じ曲げないで。わたしは別にナンパしてないでしょ」



 いやいや、それはどっちでも興味はないし、どうでもいい。だけど、まさかの展開で空いた口が塞がらない。



 それに付き合うという割には、仲睦まじい雰囲気が全然ないような……付き合いたてってこんな感じだったっけ……。



 なんてことを考えていると、アルが何かを期待するような眼差しでこちらを見ていることに気づいた。



「びっくりしたけど、おめでとう! 二人ともずっと仲良くできるといいね!」

「…………」



 そんなこんなで、とにかく三人になったのだから冒険者活動もこれからはサクサクとこなしていけるはず。



 そう思ったのに、なんだか空気がおかしい。



 アルの機嫌が史上最悪なのだ。だから連携もうまくかみ合わない。そんなアルをファーギーは気に掛ける様子がない。傍から見ても、優しさも愛情も感じられないのだ。



 おまけにファーギーは何故か滅多に魔法すら使ってくれないので、戦力アップの恩恵があまり感じられない。



 どうしてなの。二人とも恋人ができて幸せいっぱいのはずではないのか。その溢れる幸せを、魔物に向けて解き放って大活躍とかして、もっとはじけて欲しいよ!



 あぁ雰囲気が重い。やってられない。



 そんなわたしたちの様子は外から見ても目立ったのだろう。心配そうにこっそり声をかけてくれる人が増えてきた。



 受付のお姉さんとか、最初にギルドでぶつかって喧嘩になりそうだったけれどその後仲良くなった熊のような大男の剣士さんとか、宿屋の酒場で給仕をしている猫獣人のエマとか、ちょっとした知り合い程度から、時々一緒にご飯を食べたりする仲の人までいろいろと。



 どうやら、ファーギーは結構な有名人だったみたい。



 とにかく彼らや彼女たちが言うには「寝取るなんてひどいよね」「しかもずっと一緒にいた幼馴染なのにね」「つらいよね、大丈夫?」と。



 慌てて否定しても「わかってる。わかってるから、それ以上言わなくてもいいよ。可哀相にね」と、わたしの話に聞く耳を持ってはくれずに、ファーギーについて色々と教えてくれるのだった。



 例えば「他人を傷つけるのを悦ぶ性癖がある」とか「人のものを盗るのが大好きな女」だとか「傲慢で協調性がなくて男にばかり媚を売る」とか「その気にさせて男に貢がせるだけ貢がせてあっさり捨てる」とか「冒険者パーティーを渡り歩いて、ことごとく解散に追い込んでいる」とか「あんなのが女神に愛されているなんて何かおかしくない?」等々。



 それはもうひどい評判の悪さだ。



 うーん。どうしよう。聞きたくないのに、噂を一杯耳にしてしまった。しばらく迷った末に、こっそり一つだけ尋ねてみることにした。



「ファーギー、アルをわざと傷つけたりはしないよね?」



 すると、ファーギーがげんなりしたような溜息を吐いたあと、榛色の瞳が冷たく光って睨まれた。こ、怖い。



「アルを傷つけるとしたらあんたでしょ」

「え?」

「あぁ、まぁそれはいいわ、気にしないで。ティナがどんな評判を聞いたか想像はつくけれど、わたしは自分の幸せを全力で探している。ただそれだけ、それ以外は基本どうでもいい。だからまぁ、傷つけることはあるでしょうね」



 開き直りともとれる言葉。でも、なぜか少し悲しげな空気を纏っていて、それ以上問い質すことはできなかった。



 噂の真偽のほどは分からない――でもわたし自身は、ファーギーのことが噂ほど悪い人だとは思えなかった。ちょっと何を考えているか分からないところはあるし、もう少し魔法は使って欲しいけれど。



 でも、ずっと一緒に行動していくうちに、少しずつ仲良くなって、信頼できる仲間になっていきたいと思う。よし、噂は気にしないでおこう。



 それに、村の女の子たちが、付き合いたての二人に周りが反対してもロクなことにならないって言っていたような気もするし、もしもアルが泣くようなことがあったら、その時に慰めてあげればいいだろう。



 そんなふうに余裕ぶっていたのがいけなかったのかもしれない。ある日、口元にうっすら笑みを浮かべながらファーギーが切り出した。



「もうやっていけないんだけど」

「え?」

「あなたの魔法はまったく使えないと言っているのよ」

「でも、今も魔物を倒したのはわたしだよ」

「そうね。丸焦げで素材は一切使い物にならないけどね」



 その部分は、言われても仕方がない。わたしにも後ろめたい気持ちはある。



「うぅ、ごめんなさい。でも、アルがあのままじゃ危なかったから」

「言い訳はいらないわ。どうしていつも最大火力で火魔法をぶっぱなすのよ。あんなのどう考えてもファイヤーボールじゃないでしょ。力を制御できない魔法使いなんてゴミよ。それも厳重に他から隔離して捨てなきゃいけないレベルのゴミ」

「さ、さすがにひどいよ。わたしだって役に立ってるよね?」



 さっきから黙ったままで硬い表情をしているアルに助けを求めてみると、灰色の目を泳がせながら、信じられないような一言を口にした。



「いや、全面的にファーギーの言うとおりだと思う。正直言って、もうティナはいらない。必要ないよ」



 う、嘘でしょ。いくら恋人の言う事だからといって、長年の幼馴染としての絆はどこにいってしまったのだろうか。少しぐらい庇ってくれてもいいのに……。



「ほらアルもこう言ってるじゃない。ごみクズ同然の役立たずが、幼馴染だからってアルに甘えて面倒を見てもらうなんて恥ずかしくないの? 自分から離れるべきじゃない?」

「僕もティナは冒険者に向いていないと思う。ティナといると稼げない。故郷の村に帰った方がいいよ。ティナよりもっと役に立つ仲間を加えるつもりだから、パーティーから外れてくれるかな」



 そう言って二人はわたしから背を向けた。二人から告げられた最後通牒と、取り付く島もない様子に放心状態になって、心の整理が出来ない。



 村を出るときには、わたしが一緒について来てくれて心強いって笑顔を見せてくれたじゃないか。ファーギーとも仲良くなりたいと思っていたのに。それなのに、ひどいよ。あんまりだ。



 あまりにも突然で予想外だったために、わたしはそれ以上二人の言葉に言い返す事がまったく出来なくて立ち尽くしたままになってしまう。



 ずっと一緒の村で育って兄妹のように仲の良かったアルが、あっという間に恋人の主張を受け入れて自分を追い出し、振り返ることなく離れていくなんて信じられなくて――精神的ダメージが半端なかった。



「本当にこれですべてうまくいくんだよね?」

「さぁ、そんな保証はしてないでしょ」

「なっ、それだと話が違う!」

「文句があるなら女神に言いなさい」

「待てよ、言うに事欠いて、神のせいにしてんじゃねぇよ!」

「告白できない自分の不甲斐なさを棚に上げて、人のせいにしないで」



 二人が去り際に言い争っているのは聞こえたのだけど、動転したままのわたしには内容が頭に入ってこないというか、意味が理解できなかった。



 そのあとは、どこをどう歩いたのかあやふやなまま、アルたちと泊まっていたのとは別の宿屋を探してベッドに突っ伏していた。


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