01.幼馴染が近ごろ面倒臭い、どうしてなのか


 故郷の村にいた頃。隣国の聖バルゴニア王国では政情が不安定になり、内戦を懸念する声が上がっているとか、そのまた隣のラバルナ帝国が覇権主義の傾向を強めて侵略戦争を繰り返しているとか、そういう物騒な噂が流れ始めていたのは知っていた。



 だけど、わたしの住むアスメルン王国は平和そのもので、そんな国の片田舎にある小さな村で穏やかな日常を満喫していたわたしにとっては、周辺諸国の情勢など全くの他人事。



 近い将来自分に大きく関係してくるとは――思いもよらないことだった。



 そんなふうに平和ボケしていた当時のわたしにとって、目下の悩みは幼馴染の存在である。



 同じ年に生まれたアルとは家族同然に育ち、何をするにも一緒だった。だから彼の考えていることはなんでも理解している自信があったのだけど……。



 近ごろ急に何を考えているのか分からなくなってしまっている。やたらと不機嫌になることが多く、たびたび会話の途中で帰ってしまうのだ。



 例えば半年前。同じ村に住む三歳年上のレイラのことを「綺麗だよなぁ、あんな美人、そうはいないよなぁ」と連呼しながらチラチラこちらを見てきたので……なるほど、レイラ姉ちゃんが好きなのだなと考えたわたしは、アルのために一肌脱いであげようと思った。



 だから「告白するなら呼んできてあげようか?」「それか、レイラが好きそうなものを捕りに行くなら、つきあうよ?」とまで言ってあげたのに。



「……ヤキモチを焼く気配すらない」などと意味不明なことをモゴモゴ呟いて、そのまま帰ってしまった。



 いまでも、何が悪かったのかわからない。



 アルは綺麗な金色の髪と灰色の目をした整った顔立ちの少年で、細身だけど鞭のようにしなやかな身のこなしで狩りをこなす。この村では人気者だから、きっと村一番の美人であるレイラに告白してもうまくいくと思ったんだけど。




 二か月前はもっとひどかった。



 唐突に、わたしのお母さんのことを指して「理想的だよね。幾つになっても、かわいいし、赤い髪も緑の目もすごく綺麗だし、料理上手で、明るくて、あんな人と結婚出来たらきっと毎日楽しくて幸せだよね」などと、顔を真っ赤にして言ってきたのだ。



 正直、ドン引きだよ。わたしのお母さんをそんな風に見ていたなんて。これからは二度と、二人きりにはさせられない。



 そう考えて慌てたわたしは「ダメだよ。お母さんはお父さんと仲良しだからアルにはあげられない!」と強めに叫んでしまったら――。



「いらないよ!」と叫び返されて、しばらく口を利いてくれなかった。



 理不尽じゃないかな。



 口を利いてくれない期間は悲しくてモヤモヤしたので、お母さんに相談してしまった。ばらしちゃうけどごめんね、と思いながら。



 お母さんはクスクス笑いながら「あらあら、まぁまぁ、ティナはわたしとそっくりで、赤い髪に緑の目で、料理上手だからねぇ」とか「アルくんにも困ったものねぇ、ストレートに言ってくれれば案外うまくいくと思うのに。まぁじれったくて可愛いけど。そう思わない?」と首を傾げられてしまった。



 全然わかんないよ。とにかくお母さんもまんざらじゃなさそうだったので、二人きりには絶対にさせられないとの決意は強まった。



 そんな訳で、アルが最近やたらと面倒臭いけど、どうしたらいいのか問題は何も解決せず続いていた。




 そして、今日もまたアルが会話を切り出してくる。しかも狩りの真っ最中に。



「あのさ、旅商人の爺さんを手伝っている孫娘の子ってわかる?」

「んんん? アビーちゃんだよね、もちろん知ってるよ」

「あの子がさぁ、アルくんは誰か決まった女の子はいないのかって会うたびにしつこく聞いてくるんだよ。どうすればいいと思う?」

「…………それはきっと、アルのことが好きなんだろうね。うん。いい子だと思うよ、アビーちゃん」



 少々呆れ気味になりながらもそう答えると、またもや途端に機嫌が悪くなる。いい加減にしてほしい。



「ティナは、僕がアビーとつき合っても何も感じないの?」



 尖った声音で返されるけど、一体何と答えて欲しいのか。もう誰か、回答集を作ってくれないかな。アビーちゃんとアルが話し合って決めればいいことに、巻き込まないで欲しい。



 いまはそんなことより、今夜のシチューに入れようと思っている穴掘りウサギを捕まえられるかどうかの方がわたしにとってはずっと大事な問題なのだ。



「あっ……っ! あっち、あの、茂みの陰にいる!」

「まだ、話の途中なんだけど」

「だって、狩りに来た目的を忘れたの? 栄養のある美味しいものを食べさせてあげたいんでしょ、お母さんに」



 拗ねたようにそっぽを向いて、そのまま音をたてず気配を殺して穴掘りウサギに近づいていくアルの背中を見ながらだんだんと腹が立ってくる。



 アルのお母さんは身体が弱くてすぐに寝込んで食欲もなくなってしまう。だからそんな時は必ず二人で、アルのお母さんの好物である穴掘りウサギを狩ってくる。それからそのお肉をトロトロに煮込んだシチューをわたしがたっぷり作って、アルの家にもお裾分けしてあげるのだ。



 なかなか見つからない穴掘りウサギを狩るために、朝からずっと歩き回って背の高い草をかきわけては這いずり、時には穴の中に頭を突っ込んだりしながらドロドロになってやっと見つけたのに。どうして、理不尽に不機嫌になられなきゃいけないのか。



 ちょっとイライラしながら火魔法を練り上げていく。細かな威力の調整は元々できないので、とにかく大きな火の玉を作りあげ、穴掘りウサギの背後にドカーンっと投げつけた。得意のファイヤーボールだ。当てちゃダメなのが消化不良だけど、今回はあくまでも逃げ道をふさぐ目的での牽制だから仕方ない。



「ファイヤーボール!」



 火魔法を放った瞬間、アルが飛び出す。穴掘りウサギも大きく跳ねるが逃げ出す方向を限定されていたので、アルの跳躍と綺麗に重なって――短剣が見事に急所を貫いていた。この獲物はアルと二人で何度も狩っているから、見つけさえすれば簡単に狩る事が出来る。



「今回も完璧なタイミングだったね。これで美味しいシチュー作れるよ」

「そうだね」



 よかった。前のようにしばらく口を利いてくれないとかにならなくて。思ったよりは怒っていなかったのだろう。



 小さな村で、こんな平和で穏やか日常を繰り返していたわたしたち二人にとっての大きな転機は、突然訪れた。



 アルが思いつめたような表情で我が家を訪問し、告げたのだ。



「父さんと話し合って決めたんだけど、王都で冒険者になろうと思うんだ」

「え、どうして急に?」

「旅商人の爺さんが、母さんの症状を改善する薬が王都に行けば売っているらしいと教えてくれたんだ。すごく高いらしいけど。冒険者になって稼いで、買えるようになりたい」

「じゃぁ、わたしも行く!」

「え?」



 どうしてそんなに驚いた顔をするのだろうか。行くに決まってるじゃないか。ここのところ、アルのことはちょっとだけ面倒臭いなぁとは思っていたけれど。それどころか目下の悩みの種になっていたりもしたけれど、別にわたしはアルのことが嫌いになったわけじゃない。



 むしろ、大事な幼馴染だし、家族のように思っている。一人で王都になんか行かせられない。危険な冒険者稼業も、メイン火力のわたしがいた方がいいに決まっている。この村にいる間も、ずっと駆け出し冒険者に近いことをして暮らしてきたんだから二人が一緒ならきっと王都でもやっていけるはず。



 それに、アルのお母さんのことも大好きだから。もしも元気になれる薬があるのなら、わたしだって手に入れるために頑張りたいと思うのは自然な流れだった。



「冒険者になるなら、息のあったコンビが必要だよね。わたしのお父さんとお母さんはきちんと説得したら、きっと喜んで送り出してくれると思う。わたしも一緒に貯めるよ、薬代。アルのお母さんのために」

「よかった……ずっと期待外れの反応ばかりだったから、絶対一緒には来てくれないと思っていたよ」

「んん? どういうこと?」

「なんでもない。ありがとう。一緒に行ってくれるなら心強い」



 少し照れくさそうな顔をしてそんなことを言う。でも、そんなふうに素直に喜んでくれると嬉しい。だからわたしも正直に言葉を返す。



「王都で冒険者かぁ。なんだか、ワクワクしてくるね! きっと王都なら今まで食べたこともない料理とか、見たこともないお店もあるよね。あ、海もあるんだよね。一緒に行こうね!」

「あぁ、そうだね。これからも、よろしく」

「もちろんだよ」



 アルが子供のような顔で笑った。こんなにも無邪気で嬉しそうな笑顔は久しぶりに見たかもしれない。つられてわたしも同じような笑顔になっていたと思う。



 だから、想像できなかった。たった数か月後にアルとの関係が突然あんなことになるなんて。

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