03.一目惚れしたおじさんを、お持ち帰りします

 独りになってしまったけれど故郷の村に帰るなんて考えられない。



 こうなったらソロでも冒険者を続けて、アルよりも先に薬を買って、アルのお母さんに届けてやるんだ。二人には「役立たず」とか「冒険者に向いていない」と言われたけれど、わたしは決して弱いわけじゃないし。



 宿屋の部屋に引きこもって布団とお友達になりたい気持ちを何とか振り切り、一人で朝食をとって、気力を奮い立たせて冒険者ギルドで<噛みつき大モグラ退治五匹以上>の依頼を受けた。



 結果は……楽勝。うん、三人の時よりも見つけるのにほんの少し時間がかかったり、ゴブリンに襲われる回数がいつも以上に多かったために帰ってくると真っ暗になっていたとか、火魔法の火力調整がほんの僅か上手くいかなくて丸焼きにしてしまい、せっかく防水性が高くてそれなりのお値段で買い取ってくれるはずの毛皮を全部だめにしてしまったとか、そんなことは問題ない。



 だって、いつものことだし……自分で言っていて情けなくなってくるけど。とにかく、討伐証明の爪は焦げてはいるものの一応認めてもらえたから依頼自体は無事達成だよ。



 大丈夫、大丈夫だよ……一人でもやっていけるから。



 嘘だ。やっぱりちょっとだけ、一人は気が滅入る。



 遅くなりすぎたために、王都の門が閉まる門限ギリギリの時間で、危うく壁の近くで野営をしないといけなくなるかどうかって感じだったので、滑り込めた時は思わず涙が出そうだった。我慢したけどね!



 今度からは一人で野営をしなければいけない時もあるだろうし、何か考えないといけないな……。



 俯きそうになる顔を必死にあげて受付のお姉さんから微々たる報酬をもらい、ソロ冒険者開始記念に、ささやかながら美味しいものでも食べようとギルド内の酒場に席をとる。



 自分へのご褒美でもないとやるせないからね。お肉とエールを注文して、さぁ食べようとしたら、酔っ払った冒険者三人に絡まれた。



「あれー、なんでこんな遅い時間に駆け出し冒険者の女が一人寂しく食べてるんだぁ?」

「あぁ、コイツ知ってるぞ、田舎から一緒に出てきた幼馴染の男を、おっぱいのデカい神官女に寝取られた奴だ」

「ぎゃははは。マジかよ、なんでそんなこと知ってんだよ、お前」

「その神官女、結構有名なんだよ、色気がすごくてよぉ、コイツと違って」

「ぐはははは」



 下世話な会話のネタにされて笑われ、我慢できなくなって叫ぶ。



「アルとは恋人じゃないから、別に寝取られたわけじゃないし!」


「ぎゃははは。おいおい、認めたくない気持ちはわかるけど、拗ねるな。俺なら貧乳女のお前でも全然イケるぞ。一人寝は寂しいだろ、今夜相手してやろうか」

「そうだ、何なら俺たちのパーティーに入れてやろう。お前の役に立つ使い方を俺は知ってるぞ」

「うははは。お前それ、仲間じゃなくて、毎晩宿に帰ってから使うんだろ」



 今度こそ本気で泣きたくなってくる。喋りかけてくるだけじゃなくてペタペタ触ろうとしてくるから払いのけるのに必死でせっかくのお肉も冷めてしまった。なんで、わたしばっかりこんな目に。手元にあったエールを一気に飲み干して、こんなやつら得意の火魔法で燃やしてやろうかと、怒りと悔しさで身体を震わせていた時だった。



 背後から、落ち着いた渋い声が聞こえてきたのは。



「おい、お前ら、悪ノリもそれぐらいにしとけや」



 そこからは、以前見たことがある旅芸人の劇に出てきたヒーローの一コマでも見ているかのように鮮やかな光景が繰り広げられた。声をかけてくれた男に対して「邪魔するなやおっさん」とかなんとか雑魚丸だしのことを言いながら殴りかかった三人の酔っぱらい冒険者は触れることも出来ずにあっさりと倒され、酒場から外へ叩き出されてしまったのだ。



 もうなんか、いろんなことがあって、頭の中がごちゃごちゃで弱りきっていたわたしは、自分でもチョロすぎると思うし、信じられないけれど、人生で初めて恋をしてしまった。その人に目が釘付けになってしまったのだ。完全に不意打ちだ。一目惚れである。



 助けてくれた相手が、三十前後のおじさんだとか、ぼさぼさのくすんだ金髪に少々鋭すぎる碧眼の強面な顔立ちだとか、うっすらと無精ひげを生やしていて薄汚れた外套を羽織っているとかは全然気にならなかった。それどころか、マイナス要素になりそうなそれらの外見すべてがとても格好よく見えた。



 さっさと何処かへ行ってしまいそうだったその人の、細身だけどほどよい筋肉のついた腕に必死ですがりついて強引に同席してもらって尋ねる。



「あ、あの、お礼にエールを一杯奢らせてください! わたしはティナといいます、あ、あなたの名前を教えてもらえませんか?」

「あー、礼なんて気にしなくていい……」

「そ、そんなこと言わないで、わたし嫌なことが続いていて、だから名前ぐらい教えてくれたっていいじゃないですかぁぁ。教えてくれるまで離しません」



 そんなふうに興奮状態でのぼせ上がっていたうえに、お酒も入っていたから、直後のおじさんの返事を聞いた瞬間に魔が差してしまったんだ。



「おい、まさかあんたエール一杯程度の酒で酔っぱらってんじゃないだろうな。面倒なのを助けちまったか…………あー、実は記憶喪失で名前も覚えてないし身分証も持っていないんだよ。だから、急いでるんでこれで失礼させてもらうわ」



 そんなことを言いながら面倒臭そうに立ち上がってしまいそうなおじさんを、再度腕にしがみついて席に座り直らせ、咄嗟に嘘をついてしまった。



「あ、あの、わたしたち。恋人同士です!」

「は?」



 茫然とするおじさんに、夢中で畳みかける。



 記憶喪失なんて素晴らしく都合がいいじゃないか。絶対にこのおじさんをお持ち帰りするんだという決意のもとに。



「あの、生き別れていた恋人です! ずっと探していました。良かったぁ。やっと見つけました。どこをほっつき歩いていたんですか。でも無事でよかったです。大丈夫です。記憶を失くしていても、わたしは見捨てたりしません。これからはずっと一緒です! あの、わ、わたし火魔法が得意です! 料理もすごく得意です!」



 ど、どうしてそんな可哀想なものを見るような目でわたしのことを見るんだろうか。ば、バレてないよね、わたしの嘘。



「あんた、歳は幾つだ?」

「十六です」

「マジかよ」

「大丈夫です。犯罪じゃないです。十六はもう大人です」

「……なぁ、俺の名前はなんて言うんだ?」

「えっ? あ、ろ、ロン! そう! ロンです」

「……しっくりこない」

「ええっ? あ、そ、そう、そうだった、ロ、ローランドです!」

「…………ロから始まらなかった気がする」



 焦りで動揺しつつも、おじさんの表情を確認すると、目を細めて、口の端をニヤリと歪めている。あぁ、格好いい。ぞくぞくする。で、でも、どうしよう。記憶を失っていても、やっぱり違う名前だと、しっくりこないものなんだろうか。興奮しすぎているためか思考が上手く働かない。



「おいおい、あの娘大丈夫か? 助けた方がよくないか?」

「あれじゃ、最初の連中とどっちがマシか分からないな」

「ほんとだよ、あのままじゃ記憶喪失のフリした悪人顔の男に騙されて連れていかれるぞ」

「いや、どっちかというと、煙に巻こうとして適当なこと言ってるおっさんを、強引に嬢ちゃんが持ち帰ろうとしてるんじゃないか?」

「いや、明らかに悪戯心を出してるおっさんの方が悪いだろ」



 周囲の酔っぱらいから、耳を傾けるに値しない適当な言葉が聞こえてくる。助けてくれたこのおじさんが、わたしを騙すわけがないじゃない。お持ち帰りの邪魔をしないで欲しい。そんな外野の声よりも今はこのおじさんの名前問題だ。どうにか切り抜けなきゃ。



「あ、あ、あの、よ、よくわかりましたね! 記憶を刺激するかと思って違う名前を出してみたんです……もしかして、何か思い出しましたか?」

「ぶっ」

「えっ? な、なんで笑ってるんですか」

「あぁ、わりぃわりぃ。思い出してはいないんだけど、多分、サから始まった気がするわ」

「ふぁっ? さ、ですか、あ、サイラス! サイラスです!」

「ぶはっ。腹が痛ぇ。まぁ――それでいいわ」


 

 くうぅぅ。強面の顔が笑うと、なんだかかわいい。素敵すぎる。



「あの、よ、よかったです、その、これからよろしくお願いします」



 握手してもらおうと手を差し出すと、その手を引き寄せられて口元に近づけられギョッとして飛びのいた。



「なぁ、恋人なのに他人行儀なのはおかしくないか? キスの一つでもしてくれれば思い出すんじゃないのか?」

「は、はいいぃぃぃぃ? き、キス! 待って、待ってください! わたしのことを思い出していないサイラスとそういうことをするのはなんだか違う気がするので、思い出すまでは焦らなくていいです!」



 テンパってしまうわたしを見て、またも噴き出すおじさん。



 意外と笑ってくれる。うれしい。おじさんの強面可愛い笑顔にトロンとなっていると「わかった。わかった」と笑いながら頭をくしゃくしゃになるまで撫でられて、完全に子供扱いされてしまった気がする。



 帰る前に、身分証がないというおじさん改めサイラスのギルドカードを作るためにカウンター前に立つと、受付のお姉さんにすごく心配そうな声で「ティナちゃん本当にいいの? 大丈夫?」と、何度も念を押されたけど何を心配されているのか分からない。



「大丈夫です。大丈夫。わたしはサイラスの恋人です」そんな自分でもよくわからない宣言をぶちかまして帰ってきてしまった。



 結果として、お持ち帰りに成功したのです。



 やったぁ、ざまぁみろ。アルなんて目じゃないんだから。サイラスと二人で冒険者としても成り上がってやるんだから。




 でも宿屋の部屋に連れ帰ってから少しだけ冷静になって、ちょっと不安になったので、聞いてみる。



「あ、あの、お持ち帰りしちゃいましたけど、わたしと一緒にいて嫌じゃないですか? 冒険者稼業をしながら一緒に生きてくれますか?」

「あぁ、嫌では、ないな。これも何かの縁だろう。危なっかしくて放っておけないし。冒険者のサイラスとして生き直すのも悪くない。明日も早くから依頼を受けるつもりなんだろ、さっさと寝ろよ」



 うん。手を出してくるつもりはないみたい。紳士だ。子供扱いされていて、ただのパーティー仲間みたいになってしまっている気もするけど、いいの。いつかベタ惚れにしてみせるから。

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