14. 決闘騒ぎと、夢の話


 居心地の悪い空気。沈黙。お互いに険のある眼差しを向け、相対していた。



 今朝、ファーギーとアルが依頼を受けに来るのを待ち構えて「ちょっと顔貸して」と言いながら、街の外へ連れ出したのだ。



 周囲に迷惑のかかりそうにない、草原のど真ん中である。



 横風が拭いてきて、わたしの絡みやすい赤毛も、ファーギーのしっとり艶々な栗毛も靡いて、まさに気分は旅芸人の劇に登場するヒーローがラスボスと対決する時の心境に近い。



 どうしてこんなことになっているかって。自分でもよくわからない。我慢できなかった。降りかかる火の粉は払わねばならないのだ。



 仁王立ちするわたしに、向こうは向こうで、なぜかいつも以上に強く睨みつけてくる気がする。正直言うと、ファーギーが睨むと妙な迫力を感じてかなり怖い。でも負けられない。



「ファーギー、決闘しよう」

「バカでしょ、なんでわたしが決闘なんてしないといけないのよ」

「わたしのサイラスを、盗りたいなら決闘すべきだと思うの!」

「誰が盗りたいなんて言ったのよ」

「でも、昨日サイラスと寝たよね?」

「ばっ、バカじゃないの! そんな訳ないでしょうが」

「か、カマをかけただけなのに、い、いま取り乱した?! まさか、本当に? それに、白昼堂々お姫様抱っこされたんでしょ? しかも往来で、破廉恥だよ! わたしだってまだなのに! その夜にサイラスが帰ってこなかったんだよ! さぁ、全部白状してください!」



「あ、俺の時にこの流れを期待していたのに、おっさんを盗られたと思ったらブチ切れるのか。そうか、へぇー……」などと、訳の分からないことを言ってしゃがみ込んでいるアルに向かって、審判をして欲しいとお願いする。



「しない。俺にそんな気力はもうない」

「まだ、朝なのに」

「朝とか、昼とか関係ない。それから、アイツ滅茶苦茶強いぞ。勝てないからやめておいたほうがいい」

「それでも負けられないの!」



 そうだよ。ファーギーの方が、わたしより何もかも上なのは知っているよ。だけど、それでも戦わなきゃいけない時があると思う。負けられない! わたし以外の女性がサイラスの隣にいるのは我慢できないから!!



「ねぇ、わたしがあんたに勝った瞬間に、サイラスに殺される未来しか見えないんですけど、そんな戦い受けるわけがないでしょ」

「サイラスは、そんなことしない。怖そうに見せかけているだけで、怖くないし」

「見せかけているだけって……あんた、どこまでバカなのよ」

「バカバカ言わないで。バカって言う方がバカなんだからね! それに、わたしに勝てると思っているのがそもそも傲慢だから! 以前のファイヤーボールしか撃てなかったわたしじゃないから。強くなったんです! ファイヤーウォールの餌食にして後悔させてあげます!」

「それ防御の魔法でしょが……あぁ、もう面倒臭い。ショックを受けてないで止めなさいよ、この猪女を」

「俺には無理……」



 なんだか、二人ともあまり真剣に取り合ってくれていない気がするけれど、わたしは結構本気だ。



 あれ、だけど、何だかふらふらしてきた。頭に血が上りすぎたのかな。



 膝に力が入らない。倒れそう。



「ちょっ、ちょっとあんたどうしたのよ」



 ふらっと倒れそうになったところを受け止められる。



「ぐるるるるるるる」

「「…………」」



 そういえば、昨日夜ご飯も食べずに寝ちゃったんだった。朝も慌てて出てきたから、朝食も食べてなかった――。



「お、お腹空いて力が入らない」

「さっさと帰ってご飯でも食べてきたらいいんじゃない」

「まだ勝負はこれからだから!」

「……干し肉あげるから、ちょっと落ち着きなさい」


 

 結局、無理矢理干し肉を口に咥えさせられ、話を聞いてもらうことになり、今朝起きてからの顛末を話し始めることになった。。



 わたしは不気味な夢を見て、大声で助けを求めながら飛び起きたのだ。大量の汗をかき口の中がカラカラに乾いていて、お水が欲しかったし、夢の内容を鮮明に覚えていて不安で仕方なくて、サイラスを探したのだけれど――。



 いつもならすぐに近づいてきてくれるはずのサイラスがどこにもいない。それどころか、帰ってきた様子すらないことを知って急激に血の気が引いていった。



 そこで、猫獣人のエマから聞いたファーギーをお姫様抱っこしていた件について思い出す。まさか本当に浮気なの……? いやいや有り得ないよね。「これから恋人になっていけばいいだけだろ」と言ってくれたサイラスのことを信じている。今まで何度も頭を撫でてくれた手の心地良さを身体が覚えている。あのあたたかさをわたしは信頼している。だから、浮気なんてするとは思えない。



 そんなふうに思う気持ちに嘘はないはずなのに――不安が抑えきれなくなった。そして唐突に、まだ何もはっきりしていないにもかかわらず、ファーギーだけは許せない。そう思ってしまったのだ。



 そうなると、居ても立っても居られなくなり、髪も梳かずに宿屋を飛び出そうとしたら、ご主人に声をかけられた。サイラスが『四、五日留守にするが、必ず戻る』と伝言を残していったと。



 なんだ……ファーギーのところに泊まった訳じゃなかったんだ。ホッと一息ついて、へにゃへにゃと床に座り込んでしまったのも束の間、サイラスと自分の温度差を思い知らされたような気がして落ち込んだ。



 瞬間的に熱のこもった目で見られたことや、穏やかな好意のようなものはあっても、強い執着のようなものは感じたことがない気がする。



 直接告げるでもなく、伝言のみで風のようにふらっと出かけ、そのままいなくなってもおかしくないのでは……。そう思うと、湿った溜息が出てしまう。



 少しだけ落ち着いて、水を飲みに部屋まで戻って、なのに乾きがぜんぜん癒されなくて……やっぱり、お姫様抱っこの件を聞かなきゃいけないし、ファーギーに会いに行こうと思ったの。で、いざ会ってみると、冷静に話し合えず、決闘騒ぎになっちゃったという訳だ。



「あっそ、大体わかったわ。まぁ、ティナが大騒ぎしてしまうのも分かるわ」

「そ、そうだよね!」

「どれだけぐっすり眠っていても、起こして、顔を見て、どこに出かけるのか教えて欲しかったわよね」

「うん、そうなの!」

「えー。戻ってくるって伝言があったんだろ、そんな大騒ぎするようなことか?」



 アルの言葉は無視した。そうなのだ。出かける前に起こして欲しかった。どうして、サイラスはいつも何も話してくれないのだ。



「で、あんたが騒いでいるお姫様抱っこの件だけどね、それは確かにしてもらったわよ」

「えっ――?! そ、そんなぁ……」

「だけど違うのよ、動けなくなっていたら、サイラスが急に、その、まるで荷物を運ぶように宿屋まで運んでくれただけよ、やましいことは何一つないわ……」

「あ、あやしい。そういえばいつの間に名前で呼んでいるの?!」

「はぁ? 知り合いを名前で呼ぶのは、いたって普通のことでしょうが」



 うぅ、そうだけど。やっぱり、ファーギーのように美しく、憎々しいまでに人目を惹く胸を持つ女性からアプローチがあれば男心が揺らぐこともあるはず。だから、心穏やかではいられないのだ。



「あのね、あんたはつい最近まで浮かれ切っていたから知らなかったんでしょうけど、恋をすると、楽しい気分だけ味わえるわけじゃないのよ。そうよね、アル」

「うっ、なんで俺に振るんだよ。相変わらず性格悪すぎだろ! でも、まぁいつも楽しい気分だけでいられない……のは確かだな。不安にもなるし、嫉妬もするし、いちいち相手の言動が気になって、バカなこともしてしまうし。苦しくて、いっそやめたくなる時もある」



 急に話をふられたアルが、ぎこちなく頷きながら、そんなことを言う。



「だから、まぁ愚痴や不安が言いたくなったらいつでも聞いてあげるわ」

「え? 本当に?」

「わたしは……絶対に、サイラスのことを欲しがったりしないと証明しないといけないしね」



 苦い笑みを浮かべて視線を伏せたファーギーの様子が少し気にかかりつつも、嬉しくなって、しがみついてしまう。



「それよりもわたしが気になるのは、夢の方よ。どんな夢を見たの?」

「え?」



 わたしが見た夢は――。



 扉も窓もない真っ白な空間に一人閉じ込められる夢だった。勿論、それだけなら何も思わなかったはず。



 でも、どこをどう探しても隙間一つ見つけられず、これは自力ではどうやっても出られないなぁと思い始めた頃。ぞくりと鳥肌が立った。



 強烈な悪寒が背中を貫いたのだ。誰もいないはずの背後から感じる視線。



 振り返るべきか、一瞬迷って、それでも気になって、勢いをつけて振り向くとそこには誰もいなかった。なのに、向きが真逆になった背後から再び視線を感じた。



 何度振り返っても、何度向きを変えても、走って距離をとってみても、必ず背後にべったりと得体のしれない気配と視線を感じ続ける。



 そうこうしているうちに、真っ白だった壁に異変が生じていた。



 ジワリと滲み出るように赤黒い染みがいくつも浮き出していたのだ。もしかして、この染みが壁や床や天井に広がったら最終的には真っ暗闇になってしまうのではないか。そう考えてしまって、取り乱した。嫌だ。闇に閉ざされて、視線だけ感じ続けるなんて耐えられない。助けを叫び続けて、神経が疲弊していく。



 目覚めた時には汗だくで、頭の芯が痺れたようになって、全身がひどい倦怠感に襲われていて、すごく不安になった。



 話し終えると、眉をしかめて聞きたくない話を耳にするのを必死に耐えるような表情をしていたファーギーが、吐き出すように告げた。



「それ、ただの夢じゃないわ。呪詛よ。あなたの身体にまとわりつくように赤黒い瘴気が立ち昇っている。放っておくといずれどんどん衰弱していってしまう。多分、その夢の内容もどんどん酷くなるわ。しかも術者を倒さないと取り除けない、厄介なタイプ……らしい。ねぇ、最近誰かに何か貰わなかった?」

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