31.三カ所同時襲撃、開始 ※アル視点です


 聖都オルティノスで辺境伯配下の者たちが拠点の一つにしているのは、鍛冶屋の建物だった。表向きには職人で通っている頑固親父風の男も、辺境伯が使う間諜の一人らしい。



 その鍛冶職人という職業を隠れ蓑に、工房の地下に拠点が作られ、武器や食料などの物資が備蓄され、抜け道なども張り巡らされていた。辺境伯の人となりについてあまり聞かされてはいないが、用意周到な人だとは感じる。



 そんな地下の一室で向かい合っているのは、ジャネットと名乗る女性。



 クラウド・ランフェルという男と共闘することになるのだと思っていたら、彼女が新しい仲間になったと紹介されたのだ。胸部のみを覆う白い甲冑は高そうで目立つが、容姿は地味で無表情。心を震わせるような魅力は何も感じなかった。



 心の声が聞こえたら失礼な奴だと激怒されるようなことを思いつつ、自分が異性として心惹かれるのはティナ以外にいないのだから仕方ないと開き直る。



 そんな馬鹿なことを考えていると、握手を求めて手を伸ばしてきたのでそれに応じながら、肝心の戦闘面での実力を推し量ろうとしたのだが……イマイチ掴めない。というのも、立ち姿は隙だらけで、自分でも簡単に倒せそうな気すらするのだ。本当にこれで戦力になってくれるのだろうか――。



 一方、ライリーは全く異なる印象を彼女に対して持ったようで、握手を求めて近づかれた途端、灰褐色の狼耳がペタリとねてしまい、身体を震わせて俺のうしろに隠れ、背中によじ登ってくる。



 獣人特有の本能的な部分で、何か恐れを感じさせるようなものが彼女にはあるのだろうか。それなら、いい。問題ない。誰でもいいから、さっさと足りない戦力を補充して行動に移りたい。そうでないと、常軌を逸した行動に出てしまいそうだった。



 とにかく俺は、ここにきて猛烈に焦れていたのだ。



 戦力が足りないなか強行して失敗しては元も子もない。そんなことはわかっている。けれど、アスメルン王国王都を発ってすでに十日目の夕方なのだ。ティナが呪詛にかかってからだとすでに十四日目。



 どれだけ呪詛が進行してしまっているか、本当に間に合うのか――そう考えるだけで気が狂いそうになる。遠く離れた場所にいるだけに様子が全く分からず、心配で仕方ない。



 急ぎに急いで過酷な旅をしている間はまだよかった。でも、いざ聖都について襲撃すべき場所がわかっているのにすぐに乗り込めないのはとても辛い。一刻も早く術者を倒してティナの傍に戻りたかった。



 ところが、サイラスときたら……内心で何を考えているかは知らないが、焦った様子を一向に見せないのだ。それが、気に食わない。だが、そんな苛立ちは、サイラスが発した次の言葉で一時終息する。



「決行時間を決めた。今夜寝静まった頃。三カ所を同時に襲撃する」



 ようやくティナを呪詛から解放してやれるとの想いで――気持ちが昂り、武者震いが起きた。



「昨日現場を外から魔力探知で調べてみたんだが、召喚系の魔法陣。それも、三カ所を連動させた大掛かりなモノをみつけた。その魔法陣を破壊する時にはタイミングを合わせる必要がある。そこでだ、連絡用魔道具を渡しておく。作動させれば遠く離れた対になる魔道具を点滅させられる。壊す準備が出来ると同時に押せば、三度目に光った時が魔法陣を壊すタイミングだ。まずは、モリス」



 部屋の隅に置物のように黙って立っていた、どこといって特徴のない中肉中背の三十代ぐらいの男が一歩前に進み出、その男に魔道具が渡された。



「お前には、公爵家保有の石切り場を襲撃してもらいたい。街のなかではないから少々派手に戦っても問題ないだろう。ジャネットが抱えていた手勢の大部分と、辺境伯が聖都に残していた間諜たち全員を連れていけ」

「わかりました」

「実力と人数を考えれば必ず制圧できるだろう。ただ、前回侵入した二人の間諜が戻れなかったことを忘れるな。必ず手強い相手がいるはずだ。油断せずに生きて戻れよ」

「はっ」



 男は一礼して、すぐに部屋を出ていった。



「ジャネット」

「はい」

「お前には、補佐的役割を果たす者を二人ほど選んで聖都の南区。公爵家が支援している私設孤児院を少数で襲撃してもらうことになる。できるか?」

「問題ありません」

「院長の執務室にある暖炉の中に隠し部屋へと繋がる小さな扉がある。その隠し部屋の敷物を捲れば、床下に地下へと繋がる隠し階段が出てくるはずだ。ただし、ここも隠し通路の先へと進んだ間諜二人が戻っていない。一騎当千の実力があると見込んで頼むんだが、お前も油断はするな。生きて戻ってこいよ」

「わかりました」



 無表情なままだが、緊張した様子もなく平然とした態度で了承し、彼女も一礼して部屋を出ていった。



「さて、アルとライリーには隠密行動に適性があるのは分かっているが――」

「行きますよ、絶対に」



 サイラスの発言に被せるように、同行の意思を告げる。ここで、留守番約なんかにされた日には、なんのためにここまで来たか分からない。



「まぁ、そう言うだろとは思っていた。昨日一日、ライリーの嗅覚を頼りにカルメラの匂いを辿って行きついた先は、ラスタード公爵の邸宅だったんだよな?」

「そうです」

「だから、そこは俺たち三人で向かおう。ただし、あくまでも二人は俺の補佐だからな。特にライリー、カルメラがどんな状態にあっても先走って暴走せずに俺の指示に従え、約束できるか?」



 ライリーが背中の上でしがみついたまま、コクコクコクコクと何度も頭を振りつづける気配が伝わってくる。



「なら、出かけるまで少し休もう。決行時間は真夜中。場所は、ラスタード公爵邸宅の中庭にある空井戸。そこに、隠し通路がある」




 その夜は、月も星も雲に隠れ、漆黒の闇に覆われていた。



 聖都オルティノス北区にある貴族街。ラスタード公爵の邸宅正門前に立つ衛兵二人が、背後に瞬間移動したサイラスが立つと同時に、音もなく倒れ込んだ。



 どうやって倒したのかは見えなかったが……。



 乗り込む前に教えてもらった話によれば、視認できる場所なら瞬時に移動できるらしい。そのうえ、剣の腕が達人級で、使えない魔法の属性はなくて、化け物なみの魔力量をもっているとか――完全に人間の域を越えているのではないかと思ってしまう。



 前を歩くサイラスは、気配を殺しながら進んでいくのだが、隠れる気があるようには思えない。悠然と歩き、人の姿を察知した瞬間に移動し、倒している。



 中庭にある空井戸まで何の問題もなく辿り着くと、そこで待つよう指示して屋敷内へとサイラスが一人で入っていった。



 隠し通路に入っている間に騒ぎにならないよう、あらかじめ屋敷内のすべての人も倒しておくという。慌てて呼び止め、事情を何も知らないかもしれないただの使用人などは気絶だけさせて拘束しておけばと提案しなければ、一夜でこの屋敷内の全員が死に絶えただろうと考えると恐ろしすぎる。



 本番はこの後、隠し通路に入ってからだろうとは思うのだけど……ここまでは拍子抜けするほど、順調であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る