35.一つの決着と、女神 ※サイラス視点


 ここまでは本気を出していなかったなどと、口にするつもりはない。聖女に剣と魔法を叩き込まれていた頃も、よくこうやって打ちのめされていたものだ。彼女は間違いなく隔絶した技量を持っている。



 だが、己の戦い方を限定していたのは確かだ。



 泥臭く剣と剣、魔力と魔力をぶつけあうことで、初めて理解できることもある。言葉を交わすよりも雄弁に。そうやって知りたいことがあった。



 彼女はかつてと同じように見事に動き、自身の肉体をその技量で制御してみせていたが――綻びもあった。苦痛と絶望、それは新たな肉体を得ても決して晴れていないと感じさせる。



 それを確認することは己の心に整理をつけるうえで必要な過程だった。



 一縷の望みも捨て去り、終わらせなければならない。



 それに、アルたちのことはずっと視界の片隅に捉えていたが、かなり苦戦を強いられている。これ以上こちらの戦いを引き延ばせば、ティナと交わした「無事連れ帰る」との約束を守れなくなってしまうだろう。



「そろそろ、茶番を終わらせるとしようや」



 青紫色の大きな瞳の奥を覗き込むようにじっと見つめ、言葉に魔力を混ぜながらつづけた。



「生贄の肉と血によって召喚され集められたとき、別のモノも混じっているだろうが。命令する。真の姿を現し、さっさと出てこい」



 案の定、しくしくと咽び泣くような無数の声が聞こえはじめ、地下空間の空気が一気に淀んでいく。



 聖女の肉体から触手のようなものが無数に伸び始め、その触手の先端すべてに目と口がついていた。醜悪さに反吐が出そうだ。



 まったく気に入らない。不幸な運命に弄ばれた子爵令嬢が最後の最後に再び呼び戻され、その挙句にまたもやこんな仕打ちをなぜ受けなければならいのか。



 けりをつけよう。二度と同じことがないように徹底的に。



 自身が最も得意とする属性は雷系。雷属性の魔法は威力も規模も効果も、息をするように自然と制御する事が出来た。女神が俺の中に眠ると主張している古の神とやらが本当にいるとすれば、そいつの性質が雷なのかもしれないと思うほどに。



 奥底から湧き上がる力を、一気に解き放つ。自身を中心として、たちまち放電が始まり電撃が放たれ、一瞬で広大な地下空間を完全に支配下に治めた。



 繰り出す雷撃の速度からは、誰であれ例外なく逃れる術はない。



 青白い閃光。瞬間移動で逃れようとした聖女のその先に雷撃が届く。彼女が咄嗟に相殺しようと発動した魔法もすべて呑み込んで打ち消し、轟音が鳴り響き、理不尽なまでの圧倒的な力で捕らえて離さない。



「あ、あああぁぁっ……」


 

 断末魔。凌ぎきることはできない。人としての形が崩れゆく最期の瞬間。ほんのわずかに口元を微笑みの形にしてみせたような気がしたのは、願望が見せた幻想だったのか、現実だったのかはっきりしなかった。



 どちらにしてもそこで脱力してしまうつもりはない。



 即死級の雷撃をさらに浴びせ続ける。彼女の形を成していた肉体は、まるで雷の拘束具に囚われたかのように直撃を受けつづけ、破壊され、肉と血が飛び散り、焼け焦げ、粉砕されてゆく。あまりの雷撃の嵐に地下空間の床面までもが爆ぜるような音と共に裂け、蒸発しはじめた。



 それでもなお小さな肉片が蠢いて元の形に戻ろうとしており、その異常な生命力に虫唾が走るが、一段と魔力を強めることで威力を倍加し、力技で――あらゆる回復すら押しとどめ、怒涛の勢いですべての肉片に止めを刺しきって、遂には跡形もなく消え失せた。



 今度こそ自らの手で終わらせたが、それが彼女の救いになったかどうかは考えてみたところで、本当のところは何もわからない。結局のところ手前勝手な言い分に過ぎないのだろう。そして、どんな理由をつけてはみても、ただただ虚しかった。



 それでも、聖女との関係に一定のケリはつけた。決して忘れはしないが、引きずるのはもうお終いだ。



 一度強く目を瞑って振り向くと、戦意を喪失した男たちが完全に動きを止めている。こちらの決着がついてしまえば勝ち目はもはやないことを悟ったのだろう。



「…………止めを刺すことに僅かな躊躇すら見せぬとは、お主に人としての感情はあるのか。しかも雷撃を解き放った途端、戦いにすらならんとは。その魔力は一体なんなのだ、底はないのか」



 司祭服の男の表情には、驚愕と畏れの色が複雑に絡み合って浮かんでいた。



 灰色のローブを着た男は、ただただ怯んだ目をして、喚きはじめる。



「待て、待ってくれ、頼む、私は降参する。帝国から来た連中の指図に従っていただけだ。人質にしてくれれば、身代金が取れるぞ。軍資金はいくらあってもいいはずだ。私の父はウォーレン・オルタク伯爵。私は伯爵家次男デューク・オルタクで、この国の魔法師団副団長でもある。だから――」

「もう喋るな」



 眼前に移動し、断末魔をあげる暇さえ与えず縦に両断した。



 残るは祭司服を着た帝国の人間ただ一人。こんな手段に出たコイツは、楽に死なせてやるつもりがなかった。



 それに、尋問する必要もある。解呪に必要な条件がこの男と、カルメラ、そして女神すら倒す必要があるというのは、確かに絶望的だ。だが、なにか抜け道のような方法がないものか。



 そんなことを考えながらゆっくり近づこうとして、足が固まった。金縛りにあったように一歩も動けなくなる。すぐに原因に思い当って気が滅入る。



 最悪だ。まさか――コイツが現れるとは。



 予想通り、その一拍後に光が地下空間一杯に降り注いだ。あまりの眩しさに目を覆いたくなるほどの光量。



 その光が徐々に弱まり消えたとき、一人の女が立っていた。



 一目見ただけで、誰もが目の前にいるものが「人ならざる者」だとはっきり認識してしまうほどの神々しさと、畏怖の念を抱かせる圧倒的な気配を放ちながら。



「あ…………ありえ、ない。ど、どうしてここに、め、女神は、この迷宮跡には来られないはずでは…………だからこそ、この場を選んだというのに」



 激しく動揺する祭司服を着た男が何やら気になることを口走るのを、女神が一瞥し「黙れ」と命じた。



 たったそれだけで、男は口から泡を吹いて痙攣し、立っていられなくなって地に伏せ、肉体が螺旋状に捻じれはじめた。恐怖と苦悶の声。生きたまま完全に絞りきられ全身からあらゆる液体を噴き出しながら、あっという間に息絶えてしまう。



「っ、なぜ現れやがった」

「愛しい我が子同然のあなたにわざわざ会いに来てあげたというのにずいぶんな言い草ね。とはいえ、あなたはよく役割を果たしてくれているわ。だからティナの呪詛を解いてあげてもいいわよ。私にとっては何の支障もないから……もちろん、無条件ではないけれど」



 そんなことを言って、悠然と微笑んだ。

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