34.亡国の子爵令嬢との、戦闘 ※サイラス視点


 聖女は茜色の剣士風衣装と装備を身に纏っていた。



 聖女という言葉のイメージからは程遠い恰好だが、昔から公式の行事がない限りは好んで似たような恰好をしていたのを思い出す。



 もともと亡国の子爵令嬢だったころからの気性が、武闘派だったのではないかと思う。なにせ、俺に剣術や魔法の技術を叩き込んだのはこの聖女なのだ。



 もっとも俺の記憶に残る彼女は大抵、深い哀しみを瞳に湛えて哀しい歌を口ずさむか、絶望的なまでに虚ろな瞳をしているかのどちらかだったのだが……。



 それでも、いざ剣を手に持った時だけは、見違えるような動きで容赦なく俺を打ちのめした。



 女神の気配が一切しなくなったいま、かつて聖女を殺そうとして不可能だった時のように人の放つどんな攻撃も届かない――などということは、さすがになくなっているだろう。



 それでも決して、侮れる相手ではない。



 距離をとってそんなことを考えていると、聖女が突進してきた。すかさず背後に瞬間移動。裏をとって斬り払う。ところが剣が届くより先、何の前振り動作もなく全方位衝撃波に襲われた。血飛沫。反射的に不十分な魔力障壁を構築し、間一髪で致命傷を負うのは避けられたが、いくつか裂傷を負ってしまった。



 あのまま攻撃していたらまともに食らっていた。射程距離は短いが致命傷になりかねない凄まじい威力。



 しかも、あの全方位衝撃波は前動作がなく、無属性のまま瞬間的に放ってくるため非常に避けにくい。



 ステップを踏んで距離をとろうとする俺に、再度突進。待ち構えて放った逆袈裟斬りを剣で弾かれ、そのまま密着。足を踏み付けられ前傾姿勢になったところ、左肘をこめかみに叩き込まれた。寸前でわずかにずらしたが、眩暈。転がりながら距離をとろうとするところに、追撃がくる。



 跳躍から叩きつけるような剣の振り下ろし、薙ぎ払い、回し蹴り、突き、前に倒れ込みながらの回転斬り、斬り上げ、超高温の火炎放射。さらに、聖なる光の矢が降り注ぐ。



 こめかみへの攻撃以外はすべて回避するか剣で受け止めきったが、凄まじい攻撃速度と、攻撃パターンの豊富さ、流れるような連続攻撃。



 おもわず笑いが漏れてしまう。やはりこの聖女は、戦闘技術が相当高い。全ての攻撃を回避するのは難しいだろう。



 カルメラが拘束されたままでも人数的には三対三。とはいえこれではライリーとアルの援護をする余裕がない。それどころか、こちらの戦闘の余波で二人を傷つけかねなかった。



 安全策をとっておくべきだろう。



「カルメラの拘束を断ち切る!」


 

 アルにそう呼び掛けて、行動に出る。カルメラはおそらく魔法封じの拘束具で固定されているのだろうが……それを解きさえすれば戦力になるはず。

 


「させるか!」



 灰色のローブに身を包んだ若い男と司祭服の男が、二人がかりでカルメラの周囲に、二重に魔力障壁を張るのが見えた。あらゆる攻撃を防ぐための見えない壁を作り出す魔法。



 だが、この程度なら何の問題もない。



 よく使われる魔力を槍の形にして放出する魔法。その際、一般的に使用される魔力量というのは大体決まっている。多く注ぎ込めば制御しきれないことがあるし、人の魔力量は無限ではないので、一つの魔法に魔力を注ぎ過ぎればすぐに力尽きるからだ。



 にもかかわらず、そんな一般常識からは外れた量の魔力を注ぎ込む。その魔力を練り上げ、圧縮し、一点突破をイメージし、貫通力の高い闇属性の槍に仕上げて放出する。



 魔力と魔力が衝突し、呆気なく二重の魔力障壁を突き破った。



「ど、どうして……!」



 灰色のローブに身を包んだ若い男が目を見開いているが、この程度で驚くなど舐められたものだ。魔力量に圧倒的な差がある。魔法に特化した人間のさらに何十倍もの魔力。そんな豊富な魔力があるからこそ、惜しげもなく大量に魔力を注ぎ込んでなおかつ制御しきった魔法は、質の点でも雲泥の差があった。



 ただし、カルメラ周囲の魔力障壁を突き破るために放った闇属性の槍と同じものをさらに数本、男たちに向けても放ったのだが…………それはすぐさま移動した聖女によって防がれた。



 ある程度、それは想定済み。その隙に瞬間移動。カルメラの拘束を断ち斬って声をかけながら抱きかかえ移動する。ところが、彼女は焦点の定まっていない淀んだ瞳をしていて動きを見せなかった。司祭服の男が魔法封じの拘束だけでなく、念のためにと薬物を投与していたのかもしれない。



 使えない属性はないが、すべての魔法が使えるわけではない。特に回復系の魔法の才は皆無。となれば、数種のポーション類を事前に渡しておいたアルに任せるしかないだろう。



「正気を失っている。アル、あとは頼んだ」

「わかった!!」



 さて、どうするか。



 駆け寄ってくるアルたちを横に見ながら、三人を巻き込まない位置取りに注意しつつ、聖女に向き直って青紫色の大きな瞳を見つめる。



 目と目で何かを語り合ったと感じた瞬間。またも先手を取られた。接近、間合いに入るなり袈裟斬り、懐に入っての踏みつけ。動きがとにかく速い。それでも、さらなる連続攻撃に入られる前に、今度は頭突きで回避。反撃の横薙ぎに移ったところで、全方位衝撃波を食らってしまう。



 今度はあらかじめ予想にいれていた。それでも裂傷が増えるのを完全には防げなかった。やはりあの衝撃波が非常に厄介だ。



 遠距離で攻め続けるべきか――。



 近距離への瞬間移動ではなく、予想を外すような場所に移動してから闇属性の槍を数十本も放射してみるが、すべて難なく弾かれてしまう。



 さらに火炎弾を数十発。自在に操りながら接近。全方向から攻撃を加えつつ渾身の刺突。それを皮一枚で躱された。衝撃波がくる前に瞬間移動で距離をとる。



 火炎弾はさすがにいくつか被弾したはずだが、すぐさま回復魔法を使われたのかダメージらしきものは見られない。




 今のところ、明らかに押されていた。感傷的になりすぎている自覚もある。それに加えて、どこか酔ったような心地よい感覚もあった。



 心のなかに、全魔力を解き放って力押しでもいいからすぐにでも終わらせ、一刻も早く自らの手で解放してやりたいという想いと……このままいつまでも、彼女との戦闘を楽しんでいたい気持ちとが同時に存在していたのだ。



 愚かだな。自嘲気味な笑いが漏れてしまう。



 それを見て、聖女がほんのわずか、警戒するように目を細めた。



 纏う空気が変わったことに気づいたのだろう。

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