19.根を生やした想いは、捨てられない?! ※アル視点です。
あとで知ったのだけど、サイラスがティナの部屋へと戻ってきたその頃。
俺はアスメルン王国の王城に忍び込もうとしていた。
見つかれば当然ただではすまない。とんでもない事をしでかそうとしている自覚はある。それでも、これが少しでもティナの役に立つのなら、迷いはなかった。
夕食をとり、悪夢の影響で疲れが見え始めているティナが、早々に自分の部屋へと戻って行く背中をじっと見つめ続け――その背中が消えてからも階段の方を向いたままだった俺に向かって、ファーギーが声をかけてきたのだ。
「一度ちゃんと告白した方がいいんじゃない?」
「…………」
「まぁ、いいわ。ティナに呪詛をかけた相手を見つけるために役立ちそうな戦力を勧誘しに行く気はない? わたしが行ってもいいんだけど、ティナの護衛のことを考えたらわたしが傍についているほうが適任でしょ」
術者の手がかりが全く見つからず、焦リばかりが募り始めていたので、答えは当然一つ。行くに決まっている。その結果が、王城への侵入であったとしても躊躇いなんてなかった。それよりも二の足を踏むことで後悔することになってしまうかもしれない、そのほうがずっと怖い。
それまでの関係が壊れるのが怖くて、告白できずにずるずるとヘタレてしまった挙げ句、心が切り裂かれるような後悔をすることになった。行動しなかった結果、悔やむようなことは二度とごめんだ。
闇の中を進みつづけ、城門からかなり離れた位置で、水を引き込んだ堀を覗き込む。垂直にそびえたつ城壁までの距離はかなりあった。
それでも出来るはず。気持ちを強く持て、そう言い聞かせながら、その距離を一気に飛び越え、垂直の城壁に必死でしがみつき、石と石の間の隙間に指をしっかり食い込ませながら、道具も使わずに壁面を慎重によじ登っていく。
最上部まで到達すると、ぶら下がり、身体を揺すって城壁の上へと躍り出た。
冷たい夜風が地上よりも強く吹くなか、息をつめて辺りを見回してみる。一定間隔で突出しているすべての側防塔に灯りは見えるが、人影はごくわずか。張り詰めるような空気はどこにもない。
警戒レベルが低すぎて逆に心配になってしまうぐらいだ。
城壁の上部は通路になっていて、内部へと下る階段がところどころについているが、それらはぜんぶ無視して通路をそのまま進んでいく。しばらくして、一番近い建物の屋根が飛び移れる距離だと判断して、身体強化を足にかけた。
もともと身軽ではあったけれど、そびえたつ城壁をよじ登り、堀を一気に飛び越え、音や気配を殺して王城に侵入するような芸当が出来るようになったのは、昔どこかの国で偵察部隊を育てていたという装飾具売りの男に師事するようになってからのことだ。
その男からは、筋肉をみっちり鍛えあげられ、そのうえで身体強化の魔法をより効果的に使いこなす訓練を繰り返し受けた。おかげで、身体が一回りぐらい大きくなった気がする。
その他にも、音のしない歩き方や、気配を包み込んで完全に断つ方法。隠し武器を使った戦闘に変装術や情報の集め方まで、色々なことを教えてもらったのだ。たった三か月では、完全に習得するには至っていないものの、こうした技術を少しでも身につけられたことで、ティナのために使えるのはすごく嬉しい。
王都に出てきたばかりの頃、自分がもっと強ければティナと二人、そう二人きりで誰にも邪魔されずに、新メンバーなんて加入させずに冒険者が続けられるのにと、悔しい気持ちで過ごしていたことを思い出す。
あぁ、可能ならあの頃に戻りたい。
とはいっても、いまさらティナのためにどれだけ献身的に尽くしたところで、ティナが振り向いてくれるわけではないことぐらい理解しているつもりだ。いつか自分にも再びチャンスが、なんて甘っちょろい考えはさすがに捨てた。いや、棄てざるを得なかった……。
ティナにとって、俺はどこまでいっても家族枠でしかないのだろうから。
だからもう、告白はしない。告白することで、ティナの幸せに影を落とすぐらいなら、自分の気持ちは伝えない。嫌で仕方ないけど、邪魔はしない。
だけど、理解しているのと、ティナへの気持ちが整理できたかどうかは別の問題なんだ。いっそ嫌いになれれば、あるいは距離を取れれば楽になれるかもしれないのに、ティナが好きだという気持ちは大きくなるばかりで……。
報われない想いほど辛いものはないのに、いつまでたってもティナの姿を目で追いかけてしまう。ティナの顔を見ればどんな時でも切ない気持ちでいっぱいになるし、ティナと積み重ねてきた思い出はどうやっても消えてなくなりはしないのだ。
まぁ、あれだよね。自分の隣にいるのはティナしかいないと、ずっと思い続けてきたのだから、そう簡単に吹っ切れるものではない。
だからもう、ある意味開き直ることにした。
この気持ちは自分の心の奥底で、根を生やして育ちきってしまっているのだから、決して抜くことなどできないんだと。
だったら、俺はティナの幼馴染として、友達として、一生涯をかけてずっとティナを見守っていく。
そうすれば……どうせ、おっさんは年齢からいって先に死ぬのだ。生まれた時から、ティナが老いて息絶えるまで、最も長くティナの傍にいつづけるのは自分ではないか。老齢の域に達した時に茶飲み友達としてでも、隣にいられたら、もうそれでもいいと思う。
ファーギーあたりに知られたら、ひどくバカにされそうだから、誰にも口にするつもりはないが。
そんなことを考えながら、屋根の上を進んでいくうちに、目当ての場所が近づいてきた。見張りの兵士が通り過ぎていくのをやり過ごした後で、気配を完全に断ったまま、歩廊に降り立ち、建物内部へと侵入を開始した。
目指す場所は、地下牢である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます