20.地下牢にいたのは、狼の獣人で……。※アル視点です。


 さて、肝心の勧誘すべき相手だが――。



「女神コーデュナを批判する立札をもって、神殿前で座り込みをしていたところを捕まったらしい」とのこと。



 何でもないことのように言うが、それを隣国の聖バルゴニア王国でやったら重罪だ。アスメルン王国でも、女神コーデュナ教の影響力は侮れないから、神殿の意向に配慮しておそらく簡単には牢から出してもらえないはず。



「ファーギーは仮にも女神コーデュナの神官なのに、そんな奴を脱獄させて、勧誘しても大丈夫なのか?」

「わたし個人はむしろ大歓迎よ」

「大歓迎って……」

「とにかく、余計な気をまわさなくて大丈夫」


 

 ファーギーは俺のことをいつまでたっても信頼していないのか、それとも俺に対する評価が著しく低いからか、自分の個人的な事情に関係しそうな話題になると、途端にすげない態度で壁を作り、決して踏み込ませようとしない。



 別にファーギーと特別深い関係を築きたいと思っているわけではないが、さすがにいつもこうだとモヤモヤする。そんなこちらの微妙な気持ちなど意に介さず、淡々と必要な情報だけが続けられた。



「地図は入手しておいたからあげる。アスメルン王国の王城警備はザルだから、牢まで行くのはそれほど難しくないはずよ。で、そこまでいけば勧誘する相手は、狼の獣人だからすぐに分かるわ」

「たすかる。だけど、狼の獣人とは……珍しいな。すぐに了承してくれるだろうか」

「食い意地が張っているらしいから、どうとでもなるでしょ」

「まさか、食べ物で釣れとでも……本当だろうな、それ」



 なんとも心許ない気はするが、仕方ない。当たって砕けろ。臨機応変に何とかするしかないだろう。



 王城内に入ってからは、時折出くわす巡回中の騎士が通り過ぎていくのを、燭台の灯りが届かない場所まで下がってやり過ごしつつ、地下へと進んでいく。



 天井から床下までがだんだんと低くなり、燭台の灯りの間隔が長くなって薄暗くて通路の幅が狭い、息苦しいような気分になってくる王城の最下層。地下牢へいたる最後の階段が見えるところまでやってきて、用意しておいた瓶を取り出した。



 詰め所にいる獄吏たちや、牢獄にいる囚人たちをまとめて眠らすための手段。頼むから効果があってくれよ……緊張でドキドキしながら階下へと放り投げる。



 カシャーン。



 陶器製の入れ物が割れる音と同時に「なんだ、今の音は」「おい、気をつけろ」「あっ、おい」「くそっが」喚く声と、何かが倒れる音が折り重なって聞こえ、すぐに静寂が訪れた。



 冷汗が滴り落ちていく。焦る気持ちを必死に抑え、二百ほど数え終え、念のために短剣と気付け薬をいつでも出せるように準備して階下へと足を進める。



 果たして効果はあったのか。おそるおそる詰め所を覗くと三人の男たちが床に倒れ伏していた。すぐさま駆け寄って鍵束を手に入れ、鉄格子がはめられた牢獄の方へと走り、一つ一つ覗いて特徴を確認していく。



 おい、まさか、うそだよね。アレじゃないよな。



 二番目の鉄格子にいた、アレ。



 一回りして、全部の檻を覗いて、狼のような獣耳とふさふさの尻尾が生えている狼の獣人の特徴を備える人物が他にいないか探してみたのだが、一人しかいなかった。だけど、そいつは、どうみても……。



 幼女にしか見えないんだけど。



 ファーギーの奴。なんで肝心の年齢を教えておかないんだよ。くそがっ。



 いやまぁ最初に、狼の獣人とはいえ幼女でしかないと聞いていたら、わざわざ危険を冒してスカウトに来なかった気はするけど……。あんなのが、本当に戦力として役立つのだろうか。



 でも、ここまで来たんだ。手ぶらで帰るわけにもいかない。



 灰褐色のふわふわの髪と狼耳の幼女が眠っている檻の鍵を開け、中に入る。



 その子の首と両手首には、首枷と手枷が付けられ、壁に取り付けられた金具に鉄製の鎖で繋がれていた。足枷にも、鉄製の鎖と重そうな鉄球が繋がれたまま。



 そんな状態でよほど暴れたのか、いたるところに摺り傷や、切り傷、打ち身があり、血が滲んで貫頭衣が汚れていた。



 痛々しさに顔を顰めながら、気付け薬を嗅がせて意識を覚醒させてみる。



 最初に、耳がピコピコと動き、幼いながらも整った鼻や目がピクピクして、やがて瞼がゆっくり開く。鮮やかな金色の瞳がこちらをじっと見つめたかと思うと、全身で暴れはじめた。



 まだ六、七歳ぐらいだと思うのに、すごい力だ。ガチャガチャと鎖を揺らすたびに、足や首や手首の肉が裂け、血が飛び散ってしまう。



「待って、待って! 俺は敵じゃないから! そんなに暴れたら、傷口から血がでるから。すぐに助けてあげるから大人しくして!」



 全身に力が入って、顎は引き、警戒したままフーフー息をしているものの動きが止まった。そして、口をパクパクとするが、なぜか声が出てこない。



「あれ、もしかして、喋れない? 声が出ないのか?」



 首を傾げて、自分でもよくわからないような素振りをしているのを見ると、元々は喋れたのだろうかとは思うけど、とりあえずはっきりしないので、いまのところは保留にしておく。



 でも、弱ったな。喋れないとなると、上手く交渉が出来るだろうか。ファーギーの情報によると、食い意地が張っているという事だったけど――。



「あのさ、ここから出してあげたら、仲間になってくれる? もしなってくれるなら、この干し肉あげるけど。どう? わかる?」



 そう言って、ポケットから干し肉を取り出した瞬間、その子の頬がみるみる上気し、干し肉を見つめる瞳が潤んでいく。身体が小刻みに震えて、ヨダレがだらだら垂れてきた。マジか……か、かわいいけど、いいのか、これ。



 き、聞くまでもない感じだけど、確かめる。



「……まて、まだ、まだだめだよ。俺の仲間になると約束してくれたら、ここから出してあげるし、これもあげる。受け入れてくれるなら、頭を振ってみて」



 すぐさま、ブンブン頭を振って、頷くのを見て、鎖を外しにかかった。

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