21.ライリーの望みと、脱獄させた理由


 サイラスが夜中に帰ってきて、たくさん話をした結果、朝の光が部屋の中に射しこんできている。結局、一睡もせずに眠い目をこすりながら食堂に降りていくことになった――のだけど。



 わたしは寝ぼけているのだろうか。どうしてわたしの幼馴染が、膝の上に幼女をのせているのだろう。



 灰褐色のふわふわ髪にピンと立った狼耳の女の子が、大口を開け、頬の形が変わってしまうほど肉を口いっぱいに詰め込み、幸せそうな顔でもぐもぐしている。



 その様子が、あまりに愛らし過ぎて、サイラスをアルに紹介しようと思っていたことや、エマが無事だったという嬉しい報告も、全部吹っ飛びそうになってしまう。



「アル……どうしたの、その子」

「ティナのために、王城の地下牢から連れてきた」



 どうしよう。アルの言っていることがまったく理解できなくて戸惑ってしまう。



「鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているけど、大丈夫。俺だって、ファーギーから『二度手間は嫌。全員そろってから説明する』とか言われて、まだよくわかってないんだ」

「よかった。ファーギーの指示だったんだ」

「……どういう意味だよ」

「とりあえず、情報の共有と今後の行動をどうするのか、すり合わせが必要だな」



 サイラスの言葉に、ファーギーが頷いた。



 まずサイラスとアルがお互いに名前を名乗りあう。遠目に見たことはあったらしいけれど、お互い向き合って言葉を交わすのは初めてだったから。



 それから、同じテーブルについているもの以外には声が洩れない魔法をサイラスがかけると、女の子についてファーギーが説明をはじめた。



「この子の名前はライリー。捕まるまでは女神コーデュナ教が運営している孤児院にいたの。だけど、母親のように懐いていた指導員の先生が、複数の男たちにいじめられているのを目撃したといって、暴れたのが事の起こり」

「え? いじめられていたって、どういうこと?」

「わからないわ。ライリーの表現が『いじめられていた』って言い方だったらしいのだけど、内容はよくわからないのよ」



 ライリーという名の女の子を見ると、アルの膝の上に座ったまま首を傾げて戸惑っているような顔をするだけで、口を開かない。仕方がないので、もう一度ファーギーに視線を戻した。



「声が出ないみたいなの。まさかと思って、舌が引き抜かれていないか、喉を薬品か何かで焼かれていないか確かめたのだけど、そんな様子はなかったわ。拷問を受けたわけではなくても、この年齢だし……捕まえられて、地下牢に入れられていたショックによる心因性の失声症かもしれないわね」



 うっ。地下牢というのは本当だったのか。喉を潰されたりしてなくて良かったけど、きっとすごく怖い思いをしたのだろうと思うと、胸が苦しくなる。



「だけど、孤児院で暴れただけで地下牢にいれられたの?」

「あぁ、そうじゃない。暴れた次の日にライリーが起きてみると、その先生がいなくなっていたらしくて『連れ去られた。助けてあげて』と、他の先生方に訴えたのに取り合ってもらえなかったみたい。それで、孤児院を脱走して匂いをたどりながら女神コーデュナの神殿前に行ったらしいけど、門前払い。普通なら諦めそうなのに、この子……自分で立て札を用意して、おぼつかない文字で抗議の文を書いて神殿前で座り込みをしたんだって。その結果、騎士団に捕縛されて王城の地下牢に入れられたというわけ」

「ひどい、こんな小さな子がしたことなのに、そこまでしなくても」

「でも、すごい行動力だな」



 アルの言葉に何を思ったのか、その手をとって自分の頭に乗せ、まるで「ほめて、撫でて」とでも言うかのようにアピールしている。戸惑いながらもアルが撫でてあげると、満足そうな笑顔を見せた。びっくりするぐらい可愛い。



「さっきからずっと不思議だったんだけど、どうしてアルにそんなにべったり懐いているの?!」

「俺もよくわからないけど、地下牢から助けたからじゃないかな」

「わたしなんて、何度も孤児院で出会っているし、お菓子もあげていたのに、いまだに耳とか尻尾とか触らせてもらってないんだけど」

「あぁ、ファーギーのことは怖かったんだろうな、子供は敏感だから」



 羨ましそうなファーギーをアルが鼻でフフンと笑い、見せつけるようにライリーの頭を撫でている。そんなアルに榛色の瞳が害虫でも見るような冷めた視線を向けた。うわぁ。この二人って、一向に仲良くならないなぁ。最初に付き合っているとか嘘を吐いた時も、仲良し感はゼロだったし、もともと相性が悪いのかもしれない。などと思考が脱線していると、サイラスの低い声がそれを遮った。



「で、ティナの為に連れてきたというのはどういうことなんだ?」



 話を元に戻したサイラスの問いかけに、ファーギーが一つ息を吐いた。



「ライリーが、先生が虐められていたと暴れた日が、ティナが呪詛の箱を貰った前日なの。で、連れ去られたと騒いだ日が、箱を貰った当日」

「……その先生というのも、当然神官か?」

「そう。特別親しかったわけじゃないけど、カルメラという名の二十代後半ぐらいの女性神官よ。何かの確証があるわけじゃない。だけど、女神が絡んでいることや、タイミングなどを考えると、カルメラの足跡をたどれば、少なくとも何らかの手がかりが得られる気がする」

「そうだな……可能性はあるか。狼の獣人の嗅覚を利用して足跡を辿る気か」

「そのつもり」



 サイラスとファーギーの話を聞いていると、看過できない流れになってきた。



「そんな、わたしのことでこんな幼い子を危険に巻き込むのは――」

「ティナのためだけじゃないわ。カルメラを探し出したいのは、ライリーの望みでもあるの。地下牢を脱獄した時点で、元の孤児院には戻れないし」



 そうだけど、本当に大丈夫なのだろうか……。そんなわたしの心配をよそにサイラスとファーギーの擦り合わせが続いていく。



「それに、ティナの呪詛は思ったよりも進行しているわ。早く術者を見つけて倒さないと」

「それなんだが――万が一に備えておきたいんだが協力してくれないか。術者を探し出す組と、ティナを守って聖バルゴニア王国の北東、ルフティス辺境伯領に向かう組とに分けたいんだ」

「どういうこと?」

「エステル、俺の妹に当たる第七王女なら、呪詛を遅らせる事が出来るはずだ」

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