27.エシルナ村の事情は、放っておけない

「この森にはもともと小さな村が三つ存在したが、そのうち二つはすでに無人になっている。斥候の報告を聞く限り、エシルナ村はラスタード公爵の気を引くためにはうってつけの村だ。気を抜くなよ」



 村に入る直前、ゲルガー・ヴォイエンはそう告げると、先頭を進んでいく。



 小さな村とはいえ、ぐるりと石造りの壁で囲われており、木の扉に鉄で補強した一つだけの門を、武装した村人が二人で見張っていた。



 わたしたち一行を、二人の目が警戒心もあらわに出迎える。



 元近衛騎士の三人は騎士時代の正式な装備に身を包んでいるわけではない。だけど、いかにも高そうなきらめく鎖帷子と胸当をしており、外套ではなく揃いのマントには豪華な刺繍が施され、留め金は金色に輝いている。とうてい冒険者には見えなかった。



 五人の傭兵はわたしと同じで軽装備。武器はそれぞれだけど、冒険者と比べてもそれほど変わらない恰好のはず。なのに、滲み出す雰囲気が粗野で、野盗と間違われてもおかしくないような風貌をしていると思うのはわたしの偏見だろうか。



 そしてファーギーは、やけにぴったりした神官服しかもっていない。以前、どうして普通の神官服を着ないのかと尋ねると『支給された神官服をそのまま着ると身体に合わず、太って見えるからよ』と返されて、彼女の胸と自分を見較べ鼻白んだのを思い出してしまった。



 …………話が逸れそうになったけど、何が言いたいかというと。



 わたしが門番だったとしても、これだけまとまりのないおかしな集団だと、不審に思って警戒するだろうなと思うのだ。歓迎されないのは仕方がないだろう。



「村に入るのは勘弁して欲しい」



 立っていた二人のうち一人が、ぼそぼそと呟いた。



「おいおい、歓迎されると思ったんだがな」



 ゲルガー・ヴォイエンが声を張り上げると、ビクリと身体を震わせながらも消え入りそうな声でさらに拒否の言葉を重ねた。



「足を踏み入れて欲しくない」



 すると、ゲルガー・ヴォイエンが肩に背負った巨大な両手剣をおもむろに引き抜き、深々と地面に突き刺した。



「助けが必要だろうが、この村は。さっさと村にいれるか、長老を呼んで来い!」



 吠えるような言葉に委縮した一人の村人を置いて、もう一人が慌てて村のなかへと駆けて行く。しばらくして戻ってきた男が告げた。



「長老の家に案内する。ついて来てくれ」



 村の中に足を踏み入れると、小さな石造りの家が二十数戸。田舎の村としては珍しくもない規模だ。しかし、空気が重い。人の姿が見えず、子どもたちの声もまったく聞こえてこないのは、閉鎖的な村だったとしても少し変。



 そう思いながら、案内の後を歩いていくと、明らかに異常な光景が見えてきた。



 中央の広場に晒し台が設けられ、鎖に繋がれた白骨死体が六体。



 小さな村であったとしても、罪人が出れば晒し台に繋がれることはある。だけど普通は数時間。精々数日晒されるだけなのだ。こんなふうに白骨死体になってまで放置されることはない。



 おまけに長期間野晒しにされれば、鳥に啄まれ、虫にたかられ、やがては腐乱し崩れ落ちるはず。それをわざわざ鎖で固定してまで、白骨状態になっても晒したまにできるようにしている。



「ど、どうして」



 思わず声にだしてしまうが、疑問に対する答えは返ってこなかった。



 だけど、こんなのがずっと放置されていれば、村全体に陰鬱な空気が充満しているのは当然のことだろう。



 長老の家といっても他の住民と何ら変わらない小さな石造りの家だった。土間に麦藁の寝床と、用を足す場所、煙出しの穴が開いた下には火を使った跡があるだけの質素過ぎる内部。そこに、元近衛騎士の三人とわたしとファーギーが入るとそれだけでいっぱいになったので、傭兵五人は外で待機することになった。



 長老はとにかく皴だらけでやせ細り、頭の禿げあがった小さな老人で、年齢も性別も不明。諦めきったような濁った褐色の眼を向けて、わたしたちに用件を尋ねた。



「助けが必要だろう」



 ゲルガー・ヴォイエンは村の入り口で告げたのと同じ言葉を繰り返した。



 長老は、じっと見つめたまま、首を振って何も答えない。



「絶望しきっているみたいだが、俺らには助ける力がある。事情を話してくれ」



 それでも何も告げないことに痺れを切らしたのか、外に立っている傭兵に向かって大声を張り上げた。



「おい、ジャック! 広場の白骨を外して晒し台を壊しつくせ!!!」

「了解。おい、行くぞ。どけ!」



 すぐに外からそんな声が返ってきて、離れていこうとする気配と、ここまで案内してきた男がそれを必死に止めようとする気配が伝わってくる。



「や、やめてくれ。やめさせてくれ」

「うるさい、さっさと話さないからだろうが!」



 向けられているのはわたしではないのに、後ろで聞いているだけで怯んでしまうほどの一喝に、長老がたまらず事情を話し始めた。



 奴らが最初にやって来たのは、およそ一年前。



 突然現れたラスタード公爵の領主軍十数人と、黒く長い髪を腰まで垂らし、妙な衣装を身に纏った男が――この村を、神域とする。そんな勝手な宣言をしたうえ、これからは月に一度一人の幼子を神に差し出すようにと求めたらしい。



 最初にそれが行われたときには易々と受け入れたわけではない。大人たちがこぞって抵抗した。村人もこんな森の中で暮らすだけあって、元冒険者の人間も多く、腕に覚えはあったからだ。



 だけど、歯が立たなかった。その結果、六人の男親が惨殺され晒された。おまけに二度と愚かな反逆行為を繰り返さないため、晒したままにして取り除くことは決して許さないと命じられたという。



 忌まわしいことに、伴侶を失った女たち六名は神に仕える身とされ、月に一度奴らがやってくるたび、神に差し出す子を増やすためという口実で穢されつづけているのだとか――。



 何それ、絶対に許せない。ふつふつと怒りがこみあげてくる。



 最初に『騒ぎを起こす』と聞いた時は気乗りしなかった。あくまでも仕方なく、消極的に追従していただけ。でもこの村の事情を知ったいま、騒ぎを起こすことに何の異論もなかった。



「だけど、神って? 聖バルゴニア王国では女神コーデュナ以外の神を信仰するのは許されていないんじゃないの?」

「そうね。だけど、これは女神コーデュナのやり口じゃないわ」

「ラスタード公爵は、ラバルナ帝国と手を結ぼうとしている。帝国の差し金で別の神を招き入れようとしているのかもしれん……それともほかの目的があるのか。まぁ、どっちでも構わん。よからぬ目論見には違いない。通りすがりにぶっ潰しておけば、公爵の力を削ぐことにも繋がるうえ、あの男の目がこちらに向くだろう。一石二鳥だ。派手に暴れてやろうじゃねぇか」



 ゲルガー・ヴォイエンがそう言って、勢いよく立ち上がったので呼応する。



「わたしも賛成です!! 火魔法をぶっ放します!」

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