28.逸る気持ちを押さえて、戦闘開始


 公爵領軍が幼子を連れ去るために村までやってくるのは月に一度。



 次に来るのは十日後。さすがにその日がくるまで、待っているという訳にはいかなかった。



 そこで、渋る長老からさらに聞き出したところ、まだ反抗の意思を失っていなかった頃に、村の若者が公爵領軍の後を追ってみたらしい。



 すると彼らの行き先は、公爵の城や領内に点在する砦などではなく、ここから半日もかからない場所にある谷底の洞窟だったとか。



 入り口前には小屋まで建てられ、見張りらしき兵士が数人常駐しているために中の様子を探ることは出来ていないらしいけれど――うん。おそらく、その場所で幼子を使ったよからぬことが進行しているはず。



 よし、すぐにでも乗り込もう。そんな、逸る気持ちはあれど、村に着いた時点で夕暮れ時だったため今夜はここで泊まり、騒ぎを起こすのは明日になった。



 息を潜めていた村人たちも姿を現し、無人になった家を宿代わりに貸し出してくれ、食料も提供してくれた。



 ただし、歓迎ムードへと一変したという感じではない。



 広場の晒し台が傭兵たちによってあっけなく壊されてしまい、村人たちにすればわたしたちに協力するよりほかはなくなったという感じなのだろう。



 希望を得たという明るい表情はどこにも見られず、重苦しい雰囲気のまま人骨を埋葬し、思考を停止して唯々諾々と協力してくれる様子は――ただただ、自分たちよりも強いものに従わざるを得ないという、彼らが置かれつづけてきた状況を物語っているようで胸が痛む。



 当初は村を捨て逃げ出すことも考えたらしいが、それを決行した近くの村はすぐに追手がかかり、全滅したらしい。加えて、安全な逃亡先のあてがないという事情もあって、現状を受け入れるしかなかったのだという。



 こんな状況に追い込んでいるラスタード公爵とやらは本当に許せない。よからぬたくらみは必ずぶっ潰す。



 そのあと、村人たちが逃げ出せる算段もつけてあげなきゃ……きっと、辺境伯が新しい村を用意してくれるよね。開拓村とかあるんじゃないかな。



 鼻息も荒く、戦闘モードへと気持ちを高ぶらせながらそんなことを考えていると、ゲルガー・ヴォイエンにギロリと睨まれた。



「おいお前、何か勘違いしていないか? ここで暴れる第一の目的はエステル王女殿下の安全のためだ。俺らは陽動だぞ。わかっているんだろうな?」

「それはもちろん」



 最初に聞かされたからね。



「いいや、わかってないな。俺らは、もともと公爵軍の注意をこっちに向けさせるために、わざと目立つ行動をとろうと考えていた。そこにたまたま、公爵がよからぬことを画策していた村に出くわしたわけだ。派手に暴れて公爵の邪魔をしてやれば、公爵の目は確実にこっちに引きつけられる。結果として、この村を助けることになったとしても、それはおまけでしかない。火魔法を使えると聞いているから一応連れて行ってやるが、妙な正義感や同情で肩に力が入りすぎて足を引っ張ったりするんじゃねぇぞ」



 そういう事情はちゃんと分かっているつもりだけど……そんなに威嚇するような顔をしなくてもいいのに。



「あの、暴れるのは大賛成なんですけど、村人を放置じゃないですよね? 終わったあとの安全も考えてくれていますか?」

「黙れ。村人が逃げる算段を考えるのは俺であって、お前の仕事じゃない。呪いにかかってひどい顔色をした小娘の考えることなど何の役にも立たん。さっさと寝て火魔法を使える体調だけ維持しろ。もう喋るな」



 くぅぅぅぅ。正論かもしれないけど、言い方! むかつく! 



 ファーギーもきっとこの苛立ちに同調してくれるよね。そう思って振り返ってみると、彼女は壁にもたれかかり、こめかみを押さえて顔を伏せていた。



 一瞬でゲルガー・ヴォイエンに対する苛立ちが冷める。そういえば最近、彼女がこめかみを押さえる様子をやたら見るようになった気がする……。



「ファーギーどうしたの? 頭が痛い? 大丈夫?」

「少し疲れただけよ。おやすみ」



 そう言って、毛皮にくるまり顔を背けて横になってしまった。



 もっと、弱音を吐いてくれてもいいのに……。



 もし、苦しんでいるなら何かの力になりたいのに……。



 離れて横になったファーギーの近くに、わざわざもぞもぞと這って行き、背中にぴったりくっついて眠りについた。




 翌日、アスメルン王国の王都を発ってから数えると十一日目のお昼すぎ。



 わたしたちは谷底の岩陰に身を潜めていた。



 聞いていたとおり、洞窟の前には小さな小屋が建てられ、見張りと思われる二人の領主軍の男が外にいるのを確認する。



 残り何人が小屋の中にいるのだろうか。



 わたしたちの戦力は――ゲルガー・ヴォイエンが巨大な両手剣。残りの元近衛騎士一人が大盾と片手剣で、もう一人が槍持ち。傭兵のうち二人が弓使いで、残り二人が片手剣。最後の一人が植物を操る魔法の使い手らしい。



「見張りの二人はフレディとギャリーが弓で射抜いてくれ。一発で仕留めろよ」



 ふむふむ。弓の二人はフレディとギャリーというのか、初めて知った。自己紹介すらしてくれなかったから、あまり覚える気にはなれないけど。



「斥候の報告では、小屋の中に三人。俺が突撃する。その時に一人だけ逃がす。そいつが離れていくまで魔法は誰も使うな。公爵に報告はさせたいが、あまり手の内を明かしたくはねぇからな。イーサンは傍までつめておけ」

「「「了解」」」



 槍持ちの騎士がイーサンというらしい。



 合図のサインと同時、風を切って矢が放たれ、一人の男の眉間に突き刺さる。もう一人は、寸前のところ、手甲で弾かれた。引きつった顔の男が声を張り上げようとした瞬間。



 矢が放たれると同時に飛びこんでいたゲルガー・ヴォイエンの両手剣が、首を斬り飛ばす。



 それでも瞬時に気配を察したのか。小屋から二人が飛び出してきた。さらに、裏手から出てきたもう一人。彼はこちらを見もせずに洞窟内へと駆けだした。



「糞ッたれが!」



 一人が片手剣でゲルガー・ヴォイエンに激しく斬りかかる。それをかいくぐり圧倒的な膂力で両手剣を横に薙いだ。



 激しい血飛沫と共に胴が分かれて飛んでいく。



 その横では、槍を持ってつめていたイーサンという騎士が、もう一人の男の肩付近を貫いた。横からすぐさまゲルガー・ヴォイエンが男の胸を蹴り飛ばし、槍の拘束から外れた男が血飛沫をあげながら後方へ転がった。



 片手剣を持った傭兵二人が潜んでいた場所から走り出てくる。それを見て、勝ち目はないと判断したのだろう。傷ついた男が谷底を流れる川の方へと一目散に逃げ始め、水の中へ飛び込んで消えた。



「おいおい、深手を負わせ過ぎたんじゃねぇか。一人は逃がすと言っただろうが」

「悪い。裏から出た奴が洞窟内に逃げ込みやがったんで、目の前の奴を倒すのか、逃がすのかで若干手元が狂っちまった」

「まぁまぁ、分隊長。そう気にしなくても、あの動きなら、なんとか泳ぎきって公爵の手の者に報告ぐらいはしてくれるだろうよ」

「……そうだな」



 三人のそんな会話を耳に入れながら、当初の作戦と若干のズレが生じたといえ、さすがに元近衛兵。相手だって公爵領軍の騎士だから弱くはなかったはずなのに、強いし、まだまだ余裕がありそうだったな……などと、考えていたところ。



「悠長に話している場合じゃなさそうよ、見て」



 ファーギーの緊張を孕んだ声で、思考を中断し洞窟の方へと目を向ける。



 ぽっかりと空いた洞窟の奥の方から、青白い霧のようなものが漂い出てきていた。その霧に触れると、地に生えていた草がたちまち色を変えて朽ち果てていく。



 しかも、いかにも有毒そうな霧を撒き散らす大元の原因と思わしき存在が、暗闇の奥の方から地を揺らせながら、近づいてくる。



「全員、距離をとれ!!!」



 ゲルガー・ヴォイエンの声が響き渡った――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る