12.絶望の聖女と、同じ匂いをさせる神官(前半) ※サイラス視点です
今日は悪手を打ち過ぎたかもしれない。
助ける必要もなかったし、過去話など聞くべきではなかった。だが、悪手だと思いながらも、身体が動いてしまった理由ははっきり自覚している。
ファーギーには「女神に人生を弄ばれている者同士だから――」と言ったが、もっと正確に言うなら「聖女を思い出すから」だ。
五年前まで、聖女は俺にとって絶対的な存在だった。その聖女のことを、ファーギーという女はあまりにも鮮明に思い起こさせる。
コーデュナ教の神官服を着た、スタイルのいい美女と魔道具屋で初めて出会った時、女神の匂いを感じて総毛だった。
神殿にいたころ、周りは加護を受けた人間ばかりだったが、あいつらは皆一様に同じ雰囲気を醸し出している。どいつもこいつもうっすらと女神の気配を漂わせているのだ。
だが、ファーギーという名の神官に感じたのはそんな生易しいモノではなかった。まさに、女神そのものの気配。
そしてそれは、かつての俺にとって一番近い存在であった……聖女が纏っていたのとまったく同じものだった。
だからこそ、気の強そうな榛色の瞳を覗き込んで、探りを入れてみたのだが、その反応は、怯えや動揺といったあまりにも人間的なもので、いささか拍子抜けしたのも束の間「(ティナに危害を加える気が)わたし自身には、ない」との返答を聞いて悟った。
この女も女神に弄ばれて、いずれは不幸な結末にいたる一人だと。
その最たるものであった聖女の瞳に宿っていた、絶望的なまでに虚ろな瞳を思い出し、どうしてやることも出来なかった遣る瀬無さが蘇る。
それでもファーギーという女に抱いた感情とはまったく別に、冷静に備えをしておくべきだと考える自分もいて、自然と身体は動いていた。
大事そうに手に持っていた魔道具を、動揺している間に掠め取るかのようにして自分のものにし、すぐさま何故その魔道具を大事そうに手にしていたのか、定期的にやってくる辺境伯との連絡員を務める男に探らせた。
そうして出てきたのは妹の存在で、姉と同じ栗色の髪と榛色の瞳を持つ、標準よりかなり小柄な、笑顔の可愛い姉想いの純朴そうな女の子だったらしい。
最大の弱点。すぐさまそんな考えが浮かぶ自分を自嘲しながらも、敵になった時のために、使い道がありそうな存在として、記憶にとどめた。
そして、得た情報から新たに思いついた指示を連絡員に課す。その妹を騙して、姉の為だからと魔道具に一つだけ手を加えさせておくようにと。
「君のお姉ちゃんを喜ばせるプレゼントにしたい。本来の使い方とは違うけど、きっと喜ぶから頼むよ。それと、びっくりさせたいからこのことはお姉ちゃんには黙っておいてくれるかな……とでも言えば、喜んで改良してくれるだろう」
連絡員は露骨に嫌そうな顔をして、あんな姉想いの子を騙すのは気が引けると言いながらも、後日しっかりと魔道具に手を加えさせて戻ってきた。願わくは使わずにすめばいい。そうは思うものの、必ず使う時がくるだろうという予感がある。
嫌というほど女神と聖女を見てきた自分の予感は、ほぼ確信にも近い。
なにせ、女神とのかかわりは生まれた時にまで遡るのだから。
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