24.怪しいのは、公爵邸と孤児院と石切り場?! ※アル視点です。


 当初、同行することにサイラスは難色を示した。命の保証は出来ない。ライリーも守らなければいけないのに足手纏いになるだけだと。もちろん死にたいわけではないし、実力差があるのも分かっている。



 それでも、一人だけ何も出来ずに、蚊帳の外にいるのは絶対に嫌だ。ティナと行動を共にすることも考えたが、作戦内容を聞いた限りでは、向き不向きを考えるとこちらの方が自分に出来ることが多い気がしたのだ。



 自分がここ数か月、とある師匠のもとでどれだけ懸命に訓練を重ねてきたか、さらにはアスメルン王国王城の地下牢に忍び込んでライリーを脱獄させる事が出来た実績を何度もアピールして、ようやく同行を許された。



「わかった。そこまで言うなら戦力として数えよう。だが、後顧の憂いを断っておいてくれ。足らない分の金は用立てるから、母親に薬を送っておくんだ」



 おそらく、お前は命を落とすことになるから、母さんに薬を送ることが出来なくなる前にそうしろと伝えることで、俺に尻込みさせようとしていたのだろう。そうは問屋が卸さない。そんなことぐらいで諦めるわけにはいかない。絶対に。



 サイラスに金を借りるのは悔しくて仕方なかったが、頭を下げた。



 薬を手に入れたあと、冒険者ギルドに故郷の村まで届けてもらうように依頼も出した。そして「俺は必ず生きて戻り、金もいつか利子をつけて全額返す」と言い放ってついてきたのだ。こんなところで死ぬつもりはない。俺は、おっさんであるサイラスより長生きして、ティナの老後も見守るのだから。



 そんな経緯があった以上、旅の行程がどれだけ過酷でも、泣き言など言えるわけがなかった。



 おまけに、ライリーは馬に乗れないので、サイラスがまるで荷物のように毎回馬に括りつけて運んでいる。あれは、普通に乗るよりもきついのではないだろうか。そんな幼女の前で弱音は吐けない。



 もっともライリーは、毎回括り付けられるたびに、切なそうな表情でウルウルした金色の瞳をこちらに向けてくる。休憩になると、サイラスの傍から逃げるようにこちらに走って足元にしがみつく。声が出ないので訴えられないだけで、相当辛くて怖いのかもしれない。胸が痛む。



 それでも、聖バルゴニア王国の聖都オルティノスという都市で、どうやら追っていた連中の動きが止まったようだ。ようやく、追い詰める事が出来る。そんな思いで、意気が揚がっていた聖都に入る直前。



 サイラスがいつも使っているという連絡員が姿を現した。どこといって特徴のない中肉中背の、すれ違っても何の印象も残りそうにない三十代ぐらいの男だ。



「このまま報告してもよろしいのですか?」

「あぁ、二人とも作戦を実行する仲間だ。聞いてもらった方が、都合がいい」



 サイラスが許可を出すと、男が報告を始めた。



「カルメラという女性神官と行動を共にしていた一団は、全員が同じ外套を着てフードを目深に被り、人物を特定できないようにしたうえで、三カ所に分かれて移動したようです。しかも、それ以降は全く動きを見せません」

「中は探ったのか?」

「辺境伯がもともと聖都内の見張りに残していた間諜たちの中から、二名ずつ。三カ所同時に侵入させたのですが、誰一人戻っていません。三カ所同時に潜入させれば手薄な場所とそうでない場所から、居場所の特定が出来ると考えたのですが」

「二人一組で入って、一人も戻れなかったというのか。不味いな……」



 サイラスが苦い表情になった途端、叱責されると感じたのか、連絡員の気配に緊張感が走った。



「申し訳ありません」

「いや、謝る必要はないが。三カ所とはどこだ?」

「一つは、ラスタード公爵の聖都内邸宅。二つ目は公爵家が支援している女神コーデュナとは無縁の私設孤児院です。三つ目もやはり公爵家が保有する聖都近郊の石切り場です」

「ということは、ティナに呪詛をかけるように指示したのはセオドリク・ラスタード公爵か」


「はい。ラスタード公爵が同盟関係を画策しているラバルナ帝国にとって、最も都合が悪いシナリオは『サイラス様の子が王になり、聖バルゴニア王国に未曽有の繁栄がもたらされる』という女神コーデュナが示した四番目の予言が成就することでしょうから。ティナ殿に限りませんが、サイラス殿に近づく女性はすべて邪魔のはずです」

「……聖都にまで、帝国の人間がかなり入っているのか?」

「サイラス様が、女神の代行者として帝国からの間諜を始末しなくなって五年が経ちます。ハーエンドリヒ侯爵などはかなり努力していたようですが、排除しきれていないのが現状です。おまけにハーエンドリヒ侯爵陣営の貴族は、先日の宰相派の画策ですべて役職を解かれ、中央を追放されています。帝国の間諜たちはますます動きやすくなっているでしょう」



 聖バルゴニア王国内の勢力争いなどまるで理解できないから、とても話の内容に口を挟めない。だけど、自分たちの目的を達成するうえで、かなり不都合な状況になっていることぐらいはわかる――辺境伯の間諜なら腕が立つ人員だっただろうに誰も戻らないとは、よほど手強い敵がいるのだろうか。



 そんな場所に潜入し、術者を探し出して倒さないといけないのだ。おまけに、場所が特定できないとなると、三カ所すべてを襲撃しなくてはいけない事になるかもしれない……間に合うのか、そんな不安が胸の中で膨らみ、心臓が締め付けられるような苦しみを感じてしまう。



「それから、これは潜入を試みることに失敗した後で気づいたのですが……聖都の北区、貴族街にあるラスタード公爵の邸宅。南区にある公爵家が支援する私設孤児院。王都近郊東側にある公爵家保有の石切り場を、地図で確認するとそれぞれが正三角形の頂点に位置するのです。しかも、その正三角形の中心に女神コーデュナの大神殿があります」


「それは、ティナに呪詛をかけた術者を隠すだけとは思えんな。何か、秘密の儀式でも行うつもりかもしれん…………。一カ所は俺が単独で襲撃したとして、残り二カ所同時に襲撃できるだけの人数は手配できそうか?」

「無理です。辺境伯陣営についた近衛騎士団の一部がまだ聖都にいた時であれば可能でしたが、エステル第七王女殿下を奪取したあとすでに、聖都を離れています。二人組の間諜が戻る事さえできないような敵の拠点を叩くには、戦力不足です」



 サイラスが黙り込み、普段でも鋭い碧眼をさらに強めて、何かを考える。ピリピリとした空気が肌を刺し、居心地が悪い。ライリーなどは完全に怯えて、俺の外套をギュッと強く握りしめていた。



「…………クラウドがどこにいるか分かるか?」

「クラウド・ランフェルですか。聖都内でハーエンドリヒ侯爵の手の者が潜むための拠点は場所を掴んでいます。クラウド殿がいるかどうかまでは確認しないと分かりません」

「侯爵が役職を解かれた時点で、聖都には戻っているはずだ。すぐに連絡を取ってくれ。奴と手を組むしかない」

「……受けるでしょうか」

「なんとしても受けさせる。時間がない」



 そう言って、サイラスは不敵な笑みを見せた。

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