04.サイラスとの冒険者稼業が楽しくて、浮かれています
一方的に一目惚れをして、感情の赴くままにお持ち帰りしたけれど、これからどうすればいいのかな。
二人はその後ずっと幸せに暮らしました。めでたし、めでたし……どころか、わたしたちはまだ何も始まってすらいない。
恋人同士だと嘘を吐いたけれど、本当のところは付き合ってもいなければ、好かれてもいないのだから。
自然と本物の恋人関係に移るには圧倒的に経験不足だし。
どうしよう。何をしたらいいの。そもそも恋人ってなんだ。脳内に疑問符ばかりが浮かびながら、ギルドでサイラスと初の依頼を受けていた。
二人で依頼書を選びながら、もしやこれが巷で噂の初めての共同作業では! などと一瞬思ってすぐに否定する。いや、違う。これ、アルともファーギーとも一緒にしてきた、ただのルーチンだ。
ギルドに来るより、恋人らしくなるためにはデートスポットに行くのが先ではないだろうか――なんて案も勝手に思いついてはみたのだけれど、日々働かなければ生きていけないし、高額な薬代も貯めなければいけない。
仕方がないので、わたしの得意魔法ファイヤーボールを見てもらうことにした。サイラスに好かれるためにもいいところを見せたい。見てよこの威力! 四メートルはある鈍足オオトカゲが一瞬で丸焦げ……どころか、ほぼ骨と灰になっちゃった。恐るべき恋のパワー。
「恋のパワーはやめろ、魔力の制御が雑過ぎる」
あれ、声に出ていたのか。適当過ぎる魔法の使い方を叱られ、拳で軽く頭をぐりぐりされてしまった。
ううう。いままでも巨大な火の玉を作ってぶつける。それしかやってこなかったし、できないんだよ。仕方ないじゃないか。
でも、頭グリグリはあまり痛くなかったし、もっとやってくれてもいい。むしろどんどんやって欲しい。なんだろうこの、二人でじゃれ合っているみたいな感じがたまらなく楽しい、これこそ恋人っぽい。
あ、残念なものを見るような目をしないで。
「鈍足オオトカゲは毒を吐いてくるから、のんびりしているより、見つけた時点で即倒す方がいいと思って」
釈然としない気分でそう反論すると、意地悪そうな笑みを浮かべて両頬をムニムニ引っ張られた。ひどい。でも、ニヤニヤしてしまう。
「毒に過剰反応する気持ちは分かるが、灰にするのはどう考えてもやりすぎだ」
「毒はこわいよ。サイラスもわたしも回復魔法は使えないし」
「コイツは動きが遅い。毒を吐くときも前段階で決まった動作がある。それさえ覚えていれば焦らなくても大丈夫だ」
呆れたような顔をしながらも、落ち着いた声でそんなアドバイスをして、前段階の動作も教えてくれた。経験豊富で知識もあるし、頼れる大人だ。
実際にサイラスはわたしやアルよりもずっと強い。それは魔物たちにも察知できるのか、あれだけ襲ってきていたゴブリンやコボルトやシャドウウルフといった群れで行動する魔物たちが姿すら現さない。
だから、焦る必要なんて微塵もないのは分かるんだけど。わたしだって戦闘面で役に立ちたい。得意の火魔法で活躍したい。そうじゃなきゃただついて行くだけになっちゃう。アルやファーギーたちに愛想を尽かされたように、サイラスにまで見放されたら……考えるだけで、不安になる。
もっと制御できるようにならなきゃ。
それから連日依頼をこなしていくなかで、サイラスは魔法の練り方を一から教えてくれた。加えて、魔物の特徴や探し方といった「ためになる」細かいアドバイスもあたえてくれる。
「危なっかしくてな」
なんて言っているけど、強面なのに面倒見がいいよね。優しい。ますます好きになってもいいですか。
ただし、火魔法の制御自体は一向に上達しなくて……ついにサイラスが、骨ばった指でくすんだ金髪をかき上げながら「一体どうやったら加減ってものを教えてやれるんだ。いやむしろ当てさせないで脅しにだけ使わせるのが正解なのか、それともファイヤーウォールでも教えてみるか」などと考え込んでしまう。
あぁ、ポンコツでごめんなさい。だけど、考え込む姿までかっこいいなんて反則だ、胸がキュンキュンしてしまう。
いやいや、わたしばかり幸せを満喫していては申し訳ない。何をすればサイラスに喜んで貰えるかなんてよくわからないけれど、迷惑をかけてしまっている分、名誉挽回できる機会には張り切らなければいけない。
依頼を達成するために遠出が必要で、二人にとって初めての野営をする日がやってきたのだ。普段は朝夕の食事は宿屋の食堂ですますことが多いため、手料理を振る舞う機会がなかったのだけど、ようやく巡ってきた。
頑張って食事を作って、サイラスを喜ばせたい。その為の食材もちゃんと用意してある。勿論、実家で作っていたような手の込んだ料理は作れないけれど、そこは我慢するしかない。いつか時間をかけて作る料理を食べさせてあげられる機会もあるだろう。
メイン食材は前日サイラスが仕留めた鳥型の魔物。脂がのったモモ肉に切り込みを入れ、前の晩から味をしみこませて下準備をしてきたそれを、火力を調節しながら、ゆっくりじっくり焼いて旨味を閉じ込め、中はジューシーに外の皮はカリっと香ばしくなるように焼いていく。うん、食欲を刺激されるいい匂い。
「くぎゅるるるるる」
お腹が鳴ってしまった。必死に平静を装って、チラリとサイラスを窺うと、やっぱり聞かれていたみたいで、クツクツと笑っている。うぅ。恥ずかしい。
もう一品はスープ。本日狩った、抜群の旨味がある火吹きトカゲの肉をナイフで叩いてミンチ状にし、塩、コショウ、しょうが、ハーブ等を混ぜ合わせてふわふわの肉団子に仕上げる。栄養のバランスを考えて持参してきたカブと人参と玉ねぎを一緒に鍋に入れ、味を調え煮込んでいく。これに硬いライ麦パンを浸して柔らかくしながら食べてもらう。
最後に、サイラスがワインを手荷物の中に入れているのを知っていたので、つまみになればとチーズもとり出しておく。故郷の村にいた時に母と保存用に作った我が家の味ともいえるものだ。羊の乳で作った脂肪分が多くてねっとりとしたチーズで少しクセはあるが自慢の一品なので気に入ってもらえると嬉しい。
たっぷり愛情をこめて作った料理。
どんな反応をしてくれるかな、期待と不安でドキドキしながら見つめる。
サイラスはわたしの「料理が得意」という話を信じていなかったのか、普段が失敗ばかりしているので信用がないのか、恐る恐る料理に口をつけて。
「うまい……やるな。やばいなこれは」と呟いた。
そんなことを言われたらもう有頂天だ。思わず漏れたような飾り気のない言葉がすごく嬉しい。勢いよく食べてくれているサイラスを見つめながら、顔がにやけて蕩けて形が戻ってこない。
その夜は調子に乗って、食後に音楽を披露することにした。故郷の村で慣れ親しんだ、跳ねて踊って足踏みしながら歌う非常にノリのいい歌と踊り。サイラスは持ってきていたワインとチーズを静かに口に運びながら見てくれて、終わると「かわいいな」と言って拍手をくれた。
踊りを「かわいい」と褒めてくれたのだ。それは、わかっている。なのに、たったそれだけで、身体全体が熱を帯びてしまう。
恋の話は故郷の村でも身近にあった。年齢の近い女の子同士でよく誰が好きだとか、誰に告白されたとかそんな話が話題に上っては盛り上がる。だけど、わたしにとってはどこか他人事でピンとこなかったし、決まった相手がいない者同士をすぐに結びつけようとする年配の大人たちにはいつもうんざりしていたものだ。そんなわたしが、おじさんと出会ってからは自分で感情を制御しきれないほどにおじさんのことが大好きで仕方なくなっている。本当に不思議だ。
「サイラス大好き!」ついつい言葉が自然とあふれ出して、口にせずにはいられなくなってしまう。
サイラスは、何も言葉を返してはくれず、少しだけ困ったような表情を浮かべたけれど、今はそれでもいいんだ。
夜が深まり、サイラスと身を寄せ合ったまま交代で眠ることにした。せっかくだから彼の胸に頬をすり寄せ、思い切り近くでサイラスのぬくもりを堪能する。細身なのに筋肉質な身体がたまらない。思わずお触りしてしまう。
寝入りばなに「おっさんを煽ってんじゃねぇよ……」という呟きが聞こえたけれど知らん振りを決め込む。心臓は早鐘のように脈打ち続けているのに、くっついて眠るのは実に心地良い。
アルとも野営をしたことはあったけれど、そのときはいつも魔物の襲撃があってもすぐに対応できるようにと浅い眠りだったのに、サイラスといると魔物に対する不安は全く感じなくて、安心感が段違いで、いつのまにか寝入って爆睡してしまった。
朝の目覚めも快適。くっついたままだったサイラスの胸元に顔をスリスリこすりつけながら、くんくん匂いを嗅いで。
あれ――なんだろう。サイラスの匂いに混じって、微かに血の臭いがする。わたしが寝ている間に魔物でも出たんだろうか。
「サイラス? 血の臭いがするけど、夜のうちに何か魔物が出た? 起きなくてごめんなさい」
「鼻が利きすぎだろ、大した奴らじゃなかったから気にしないでいい」
「それならよかったけど」
表情一つ変えず、何でもないことのように告げるサイラス。
だけど、サイラスから滲み出す気配が、ほんの少しだけ剣呑な空気を漂わせているような。気のせいだろうか――。
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