09.アルに謝られ、エマには謎アイテムを貰った
本日わたしは暇を持て余していた。
護衛依頼で移動した街から王都に戻ってきた翌日。サイラスが野暮用を片付けたいと言って、朝早くから一人で外出したからだ。
謎の男との会話を聞いてしまった後だから、野暮用とか、いかにも怪しく感じてしまう。わたしの知らないところで、何をしているのか気になる。
そのくせ、自分のことは棚に上げて「一人だからと言って、悪いおっさんについて行くなよ。好みのおっさんを見かけてもお持ち帰りするなよ」などと笑いながら出かけて行った。ものすごく誤解されているような気がする。わたし、いつでもそんなことをしているわけじゃないからね。あんなことをしたのはサイラスが初めてだからね。
そうやって、すっきりしない心持ちでぷらぷらと歩いていた時だ。
見覚えのある顔を見つけてしまった。四か月ぶりだろうか。なんとなく懐かしさすら覚える。だけど、久しぶりの再会を喜ぼうとしたのも束の間。
わたしは笑顔ではなく、思いっきり怪訝そうな表情になってしまった。
そりゃそうだよ。冒険者だったはずの幼馴染が、中央広場の露店が並ぶ片隅、たくさんの店が並ぶ一番端に布を敷いて装飾具を並べ、その前に座っているのだから。
あれって、売り手側だよね――あっ、目が合ってしまった。途端に、アルの表情がひどく決まりの悪そうな顔になる。そんな顔をされても近づくよ。
「アル……まさか転職したの? ファーギーはどこにいるの?」
「…………」
つかの間、居心地の悪い空気が流れたかと思った直後、急に立ち上がったアルが深々と頭を下げて「悪かった」と声を張り上げた。思い掛けない言動にギョッとして思わず後退ってしまうほどの勢い。
「あの時のことだけど、ひどいことをしたと思う。ファーギーとは付き合っているフリをしていただけなんだ。それから、本気で追い出すつもりもなかったし、ティナが必要ないなんて思ったことは一度だってない。だから許して欲しい。虫のいい話だけど」
「なんで、そんなことを……」
わたしの問いかけに、一瞬だけ彼の瞳が揺れて、辛そうな顔になる。
「理由は……ごめん、言いたくない。だけど、許して欲しい」
そう言って、もう一度深々と頭を下げた。
なんだかよくわからないけれど、これだけ真剣に頭を下げているのを見て、それでも許さないと言えるほどアルとの関係は短くないし、浅いものでもなかった。
「う、うん。もう、いいよ。それに以前、ファーギーに会った時点で怒ってなかったから、アルにもよろしく伝えてって言っておいたんだけど?」
「アイツからは……どれだけ、ティナがおっさんに惚れきっていて、仲睦まじかったかを延々聞かされただけだぞ……くそっ、あの性悪女、アイツいつかぎゃふんと言わせてやりたい。あぁ、ごめん。あんな奴のことより、許してくれてありがとう」
そう言って笑顔を見せるけれど、アルの言葉遣いが以前より少しだけ乱暴になっていることや、一人称が「僕」から「俺」になっていることに、呆気に取られてしまい、改めて久しぶりに再会した幼馴染の姿を見つめ直してしまう。
さっきは気づかなかったけれど、四か月前よりも一回り身体が大きくなって、顔つきもどこか精悍になっているような気がする。決まり切ったことだけど、アルもわたしの知らない時間を過ごしているんだ。いつまでも何も変わらないってことはないんだなって思うと、少し寂しい気分になってしまった。
「答えたくないならいいけど、冒険者はやめたの?」
「あぁ、なんか誤解しているみたいだけど冒険者はやめてない。ここは、師匠に頼まれて店番をしていただけなんだ」
「師匠?」
「昔どこかの国で、偵察部隊を育てていた人らしい。そんなことよりも、おっさんとの調子はどうなんだ?」
うっ。そんなことを聞かれても、タイミングが少し悪い。
良心の呵責を感じていた嘘をようやく告白出来て、サイラスからは「これから恋人になっていけばいいだけだろ」なんて嬉しすぎる言葉まで貰えた時には、これでサイラスとの関係に何の問題もなくなったと喜んでいたのに。
すぐに新たな問題が出来てしまったからだ。
サイラスのことは大好きなままだけど、クラウドと呼ばれていた男の人との会話がどうしても心の奥に引っかかっていて、これから先の関係に不安を抱く自分がいる。だからつい笑顔が引き攣ってしまった。
「うん、順調だよ」
「嘘だな、生まれた時から傍にいたんだぞ、これからも俺は……違うな、これからは、おっさんとのことも相談に乗ってやるから、いつでも頼ればいい。何か問題が起きているのか?」
「ありがとう……でも、具体的に問題が起きているわけではなくて……あっ、そうだ! 聖バルゴニア王国の人で、生真面目な感じの話し方をする人を見かけたりしていない?」
「ここは王都だぞ、故郷の村なら余所者がきたら一発でわかるけど、聖バルゴニア王国からの人間なんて一体どれぐらいいると思うんだよ」
「そっか、そうだよね」
「まぁ、一応気にはしておくけどさ」
そんな話をしていると、会話に割って入ってくる人物がいた。
「やあやあ、お二人さん。復縁したのかニャ?」
現われたのは、アルと二人で利用していた最初の宿屋で給仕をしている猫獣人のエマだ。以前、ファーギーについての悪い評判を教えてくれたうちの一人でもある。
「もともとそんな関係ではなくて、ただの幼馴染ですってば」
「えー。そうなのかニャ。今日はあの尻軽神官女がティナの相棒になったおじさんにお姫様抱っこされて歩いているのを見かけたあとだったから、てっきり相棒を交換でもしたのかと勘違いしてしまったニャ」
「「え? お姫様抱っこ?」」
まさかの、浮気疑惑? 野暮用ってそれ? サイラスとの恋が、問題だらけになってきたわけじゃないよね?!
「い、いつですか? どこで見かけましたか?」
「あー、今どこにいるかはわからないニャ……それよりも、ぴったりのプレゼントがあったからティナにあげようと思って探していたのニャ」
なんだそれ、わたしは、お姫様抱っこの件が詳しく知りたい――。
「恋する乙女の必需品なのニャ。いいから掌を上に向けるニャ」
ニコニコしながら、尻尾を勢いよくご機嫌に振っているエマを見て、渋々掌を出して見せる。
「えっと、こうかな」
開いた手の上にエマが置いたのは、小さな箱。
なんだろう――。
「ふふん、念じてみて欲しいニャ【幸せになりたい】って。効果抜群、恋が叶う、大人気のアイテムらしいから、ティナとおじさんの恋も絶対にうまくいくようになるニャ」
サイラスとの関係に少しだけ不安を感じていたタイミングでなかったら、エマがご飯を一緒に食べに行くような親しい関係の相手でなかったら、もう少し警戒していたかもしれない。だけど、このときのわたしは、それほど深く考えずに唱えてしまっていた【幸せになりたい】って。
唱えた瞬間、心臓が大きくドクンと一度だけ妙な打ち方をした。箱が勝手に開いて、中から赤黒い玉が浮き上がり、固形物だったはずの玉が、あっという間に液体に変化して流れ出す。
「え、え、え、なにこれ」
溶けきって赤い液体になったソレは、不思議なことに地に落ちることなく、にょろにょろと生き物のような蠢き方をしながら、体内へと吸収され、跡形もなく消え去ってしまった。
「おい、なんだそれっ!」
アルが、慌てて箱をわたしから取り上げたけれど、中身はもう空っぽだ。
「ちょっと、エマ! 説明しろ」
「え? だから言ったニャ。効果抜群、恋が叶う、大人気のアイテムなのニャ。身体に溶け込んで、恋の障害となりそうなものを取り除いてくれる効果があるらしいニャ。これで神官女もきっと排除できるニャ。感謝して欲しいニャ。エマは断然ティナを応援しているからあんな尻軽神官女に負けちゃダメニャ」
言いたいことをマイペースに言い終えて満足したのか、両耳をピコピコさせながら手と尻尾を振りつつ「また美味しいモノでも奢って欲しいニャ」と、去っていく。
溶けだした瞬間は不気味だったけれど、そのあとは、とりたてて不具合はなさそうだし、あれだけ自信を持って勧めてくれたのだから、大丈夫――だよね。
「あ、ありがとうねエマ。また今度一緒に美味しいモノでも食べようね」
さらに激しくなった揺れる尻尾を見ながら、こちらも手をブンブン振っておく。
「アル、わたし宿屋に帰るね」
「大丈夫か? 身体に異変は? それに、浮気とか……」
「大丈夫だよ。あはは。身体は元気だし、サイラスのことも信じてるから」
アルには強がって見せたけれど、内心では少しモヤモヤしていた。ファーギーと比べたら、断然向こうの方が色っぽいし、美人だし、有能だし……。
か、勝てる要素が思いつかない。なんだろうこれ。なぜか奥歯がギリギリしてくる。こんな感情は初めてで、どうしていいのか戸惑ってしまう。
帰ってきたらすぐに直接聞いて確かめよう。きっとそうすればすぐにスッキリする筈だと思っていたのに、疲れていたのか宿屋に着いた途端に、ご飯も食べずに眠ってしまった。
そうして眠ったその夜、わたしはとんでもなく嫌な夢を見たのだった――。
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