06.ファーギーは幸せになりたい、どうしても(後半)※ファーギー視点


 女神と契約したのも、生きる意味も、すべては妹がいたから。わたしは、彼女のためであれば、その他すべてを切り捨てる事が出来る。



 そんな最愛の存在である妹レティは、王都の隣町にある有名な魔道具職人の工房で住み込みの修業をさせてもらっている。



 工房に行けば会うことができるにも関わらず、女神の欠片が役割や契約を持ち出してこき使ってくるせいで、滅多に会いに行くことが出来ていない。



 だから、ついつい時間が空くと魔道具が売られている店に足を運んで、妹の作った品が入荷してはいないかと、探してしまう。



 妹は未だ修行中の身ではあるけれど、万が一にも妹の作った最初の作品が売りに出されていたらと思うと、絶対に見逃がしたくないのだ。




 中央広場まで行ってそこから東に一本入ると商店が立ち並ぶ区画があり、その中の一軒が魔道具屋だ。到着し扉を開けた瞬間、元気一杯の声が響きわたった。



「あぁっファーギーだ! 相変わらず綺麗だね。元気だった? 一か月ぶりぐらいかな。アルも元気?」



 聞こえてきたのは、ティナの声。緑の大きな瞳を真っ直ぐにこちらに向け、愛嬌のある可愛らしい顔立ちを屈託のない笑顔で一杯にして、びっくりするぐらいにテンション高く挨拶されて唖然とする。



 わたし、この子をパーティーから追い出した諸悪の根源で、恨まれていてもおかしくないんじゃないの。なんで、こんな普通に友達に出会ったような挨拶をされているの。



「パーティーを追い出したわたしに、どうしてそんな愛想よく挨拶してるのよ。バカじゃないの」



 呆れながら、そう返してしまう。



「あはは、そうだった。うん。最初はすっごく悲しかったしショックだったし、落ち込んだんだけどでもね、わたしが役に立てていなかったのは本当だし、振り返ると言葉はひどかったけれど、なぜか悪意はあんまり感じなかったような気もしてきて、それに結果的には悪くなかったかなぁって、いまわたし幸せで……あの、紹介するね、サイラスって言うの、すっごく格好いいでしょ! こちらはファーギー、いつか仲直りしたいと思っている元パーティーメンバーの話をしたでしょ」



 頬をみるみる紅潮させ恥ずかしそうに笑いながら、横にいる男の外套を遠慮気味に引っ張ってそんなお人好しなことを言っている。根に持たない朗らかな性根は嫌いじゃないけれど、もう少し物事を深刻に捉えることも必要ではないかと心配になってしまう。



「頼むからその恥ずかしい紹介はやめてくれ……。初めましてサイラスです。話には聞いていましたよ。ティナとこれからも縁があるのなら、是非ともよろしくお願いします」

「……ファーギーです」

「あ、あの、ファーギー。サイラスが格好よくても、と、盗らないでね!」



 少々含むところがあるのを匂わせながら、釘を刺すような挨拶をしている男の様子に一切気づかないところは、らしさ全開で相変わらずだが。おっさんを守るような位置に一歩踏み出して、両手を広げて「盗らないで」なんて言葉を口にするなんて、恋に無関心だと思っていたあのティナが変われば変わるものだ。



 酔いつぶれている情けないアルに見せて、絶望を深めさせてやりたくなる。



 それにしても、格好いい……って。恋は盲目とはよく言ったものだ。



 男の方にあらためて目を向ける。まぁ、顔自体は整っているかもしれない。だけど、ティナに合わせて愛想よく挨拶しながらも、先ほどからまったく笑っていない鋭すぎる碧眼の瞳。くたびれて目立ちはしないが高そうな外套。隙の見えない立ち姿。どこからどう見ても、怪しくて油断できない得体の知れぬおっさんにしか見えないんだけど……。



 コレのどこがいいんだろう。パーティーから追い出して、結果こうなるように手助けする形になってしまったわたしが言うのもなんだけど。この男と一緒にいて本当に大丈夫なのだろうか。



 ティナが不幸になっても、わたしには何の関係もないのだけど。あまりにふわふわした様子を見ているとつい心配になって、その腕を引き、こっそりと耳打ちしてしまう。



「ねぇ、そんなおっさんで本当にいいの?」

「え? もちろん!」



 目をパチパチさせながら、どうしてそんな不可解なことを聞くのだろうかと言わんばかりに首を傾げている。



「どこがいいのよ?」

「えっ。それは、格好よくて、優しくて、面倒見が良くて、褒め上手で、わたしの知らないことをたくさん教えてくれて、笑顔が素敵で、凄く強いから絶対に守ってくれるし、わたしのすることに苛立つんじゃなくて面白がってくれるし、どんな時も冷静だし、渋い声も好きだし、飲み物を飲む時の喉仏の動きもこう――」



 茹でた蟹のように赤い顔で、おっさん賛辞が止まることなくいつまでも漏れ出てきてうんざりする。この子、浮かれすぎじゃないだろうか。聞いたのはわたしだけど、聞いていられない。げんなりして、話を遮った。



「あーもういいわ。十分よ。疑問を挟みたい意見もあったけど。そんなに好きなら何の問題もないわ。もともと口を挟める関係じゃないしね。わたしあっちの商品見るから」

「あ、うん! 会えてよかった。また、色々話を聞いてね! あ、それからアルにもよろしくね!」

「だから、どうしてそんなに友好的なのよ」

「だって、今もわたしのこと心配してくれたんだよね。わたしは、ファーギーと友達になれると思ってるから!」

「……バカじゃないの」



 あっちこっち毛先がハネたままの赤い髪を揺らしながら、能天気なことを言ってくるティナの言動に毒気を抜かれてしまう。二人から離れ、ここを訪れた本来の目的である新入荷した品が置かれた棚の方へと移動した。




 それは、製作者名に妹の名前が載った音の鳴る警報用の小型魔道具を見つけて、手に取って興奮しながら眺めていた時だった。



「あんた、ただの神官じゃないな。嫌な匂いがする」



 突然耳元で囁かれた低い声に跳びあがりそうになる。いつの間に背後に。耳に触れそうなほど近づかれていたのにまったく気づかなかったなんて、あり得ない。自分の油断に冷汗をかきながら慌てて向き直ると、おっさんが立っていた。



 鋭すぎる碧眼の瞳に射抜かれ。息ができない。先ほど挨拶していた時には感じなかった、気圧されるような感覚。



 時間にすれば刹那の睨み合いだったのだろうが、瞳に浮かぶ暗すぎる気配に吸い込まれそうになった。一体何を見て、どんな体験をしてくればこんなにもゾッとするような陰鬱な瞳ができるのか。



「この先、ティナを害するつもりは?」



 底冷えのする低い声。まるで暗闇そのものが囁くような微かな囁き声なのに、心の奥底まで届いて、身体が震えた。何をしても、死に直結しそうな不安。



 事実しか答えられそうにない。



「わたし自身には、ない」

「あぁ、なるほど、あんたも弄ばれているだけか……」



 一瞬だけ、おっさんの口元が微かに歪んだ。どこか自嘲するような笑み。見た瞬間に惹きつけられそうになり、そんな自分の心の動きに驚き、動揺する。



「ところで、その手に持っている魔道具を買いたいんだが、譲って貰えないだろうか」



 全く予期していなかった意外なことを言われ、何も考えられず手渡してしまう。



 受け取った後は、わたしへの関心をあっさり失ったようで――無防備に背を向けティナの方へと戻って行った。



 背中を見せた瞬間。圧力は消え去り、ようやく息を吸い込め、座り込みそうになる自分の心を叱咤し、何とか腰砕けにならずに踏み留まって大きく息を吐いた。




 二人が店を出ていった後で、脳内に甲高い笑い声が響いた。



《とても愉快だわ。あの男は、まだ生きているのが不思議なぐらいたくさんの刺客を送られているはずなのだけど、隠れることもなく、ああして平然と、しかも相当強かに生きている。面白いでしょう》



 女神コーデュナの欠片がそんなことを言うが、これっぽっちも面白くない。



 あの男と敵対すれば、わたし程度では勝ち目がない。あの底なしの暗い目で見つめられ、微塵も容赦せずに殺される瞬間が容易に想像できた。



(ねぇ、あんな男に近づきたくないんだけど)

《ダメよ、使い勝手は悪いけれど、私の目的のために必要なの。どうあっても関わって貰うわ》



 笑う女の声にそれ以上の反応を返す気には到底なれなかった。あんなのと関わりを持たないといけないなんて。わたしの命運はもう尽きているんじゃないのか。



 暗澹たる気分に落ちそうになりながら、わたしの原動力である妹の笑顔を思い出して、なんとか気持ちを奮い立たせる。関わることが避けられないのなら、細心の注意を払って対応しなければいけないと思い定める。



 不必要に敵対することはもちろん、うっかり地雷を踏んでしまわないように、気づいたら殺されていたなんてことになったら今までの努力がすべて水の泡だ。



 そんなことは断じて許容できない。



 わたしは最愛の妹を守るためだけに生きてきた。そして、これからも何としても生き続け、妹のために幸せにならなければいけないのだから。



 そこで思い出した。も、もしかして妹の記念すべき最初の品だったかもしれない魔道具を、あの男に渡してしまったんじゃないだろうか。どうして。わたしにとっては価値のある物でも、あの男には必要な物じゃないだろうに。もしや嫌がらせだろうか。がっくりと肩を落としてしまう。



 心が折れた。落胆し、しばらく腑抜けになってしまったために、傷心中のアルにまで心配されてしまうという屈辱的な気分まで味わうことになってしまったのだった。

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