第七章 第二幕

 スタートゲートが開き、飛び出した瞬間の事だった。バラクアは謎の気流に巻き込まれ、ぐらりとバランスを崩してしまった。

 ――くそっ、一体何だ?!

 突然の事に状況が把握出来ず、バラクアは焦った。

 だがその直後、冷静なルティカの声が耳元に聞こえて来る。

「バラクア落ち着いて。誰かは分からないけど、ゲートが開いてすぐに、私達のゲートにパストをぶつけていった選手がいたみたい。気流の乱れは、その所為よ」

「何だと?」

 ルティカの言葉で気を持ち直したバラクアは、すぐに体勢を立て直し、ゲートを飛び出して1番リングを目指す。不本意にも、いきなり集団の最後尾からのスタートとなってしまったバラクアは、群れになってリングを潜りぬけていく集団の中にいるであろう、誰とも知らぬ犯人に強い憤りを覚えた。その鋭い眼光で、集団ごと睨みつける。

「やっぱり、0ポイントの私達が出るのが気に食わない奴がいるんだと思う。でも大丈夫。まだレースは始まったばかりだし、寧ろ最初に集団全体を把握出来た事を、プラスだと考えましょ」

 いつになく落ち着いたルティカの声に、逆立っていた心が徐々に凪いでいくのを感じたバラクアだった。

「それよりも、2番リングの前の人口風、かなり強いから気をつけて」

「分かった」

 怒りを力に変えたバラクアは、猛スピードで1番リングを潜り、更に上昇する。

 ルティカはと言えば、一足先に5番リングを潜り抜けようとする一群を観察し、現在の状況理解に努めた。

 レベとベートの姿を探すと、トップから三番目につけている緋色の翼が目に飛び込んできた。

 ――レース開始直後の順位なんて関係ない。レースが終わった時に、一番でいればいいのよ。

 ルティカはそのまま一群の後方に目線を動かし、すぐに一つの事に気が付いた。一群の最後尾、現在九位につけている6番の選手が、恐らくルティカ達に無意味なパストを放っていった選手だろう。わざわざバラクアに言う事はしないが、実はルティカは先程のスタート位置でのパストを受けた際、こちらにパストを放ち飛んでいく、黒色の尾羽が刹那見えていたのだ。今日の選手達の中で、黒い尾羽を持つ鴻鵠は6番だけだ。パストを放ったため、他の選手に後れを取ったのだろう。

 自信があるのか、単に器が小さいのか……。

 そうこうしている内に、前方の一群は6番リングを潜りぬけ、更に下降していく。ようやく5番リングを潜ったバラクアは、そんな彼らの後ろ姿に、更に焦りを募らせた。

 5番リング直後にある、真下へ吹く人口風にバラクアは見事に乗り、急加速で集団を追いかける。

 そんな時、

「くふっ、ふふふふふふ」

 突如ルティカが、笑いを堪え切れずに噴出した。

「どうしたルティカ?」

 前方集団を指差しながら、喜色満面に応える。

「ねぇねぇ、見てよバラクア。前にいるあの人達はみ~んな、昇級やポイントを目指して、今年度最後のチャンスだって言って、必死に争ってるのよ。そんな人達にさぁ、昇級争いにも何にも関わらない、今期0ポイントの私達が、今一番後ろにいるじゃない?」

 6番リングを潜りぬけ、更に急下降で地面に突進していく最中、ルティカは穏やかに囁く。

「でも、私達は、0ポイントだろうと何だろうと、今日のレースに全てを賭けてる。もしかしたら、今集団の中にいる誰よりも、重たいものを賭けてるかもしれないでしょ。だから寧ろ、今のこの状況が、私達にはお誂え向きだと思わない?」

「さっきから、一体何の話だ?」

 地面スレスレに位置する7番リングを通過し、バラクアは8番リングに向かって上昇する。

「決まってるじゃない!」

 ルティカが、大仰に吼えた。

「そんな底辺の私達が、最下位から全員を抜いて、見事に優勝するのよ。とんでもなく痛快で、最っ高に盛り上がるわよ!」

 一群に大きく引き離され、まだスタート直後とは言え、集団から一羽遅れを取ると言う絶望的なレース展開。そんな中で、ルティカの不敵なまでに自信に満ちたその声は、バラクアを不思議と楽な気持ちにさせた。

 闇色の羽に覆われた胸の内に、一つの決意が灯る。

 ――ここで、こんな所で、こいつを終わらせてたまるか!

 集団に追いつこうとずっと焦れていたバラクアの頭が、漸く普段の冷静さを取り戻した。

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