第五章 第九幕
バツが悪そうに一つ咳払いをしたルティカは、首元からバラクアの顔を覗き込んだ。
「それでバラクア、私の指示の意味が分からないって、どう言う事よ?」
いつもと違い、すぐに怒りの矛を収めたルティカに対し、バラクアは表には出さないがかなり驚いた。
――こいつも、聞く耳を持てるようになったのか? それだけ、今度のレースに注力をしていると言う事か?
一瞬の思考の後、バラクアは一つ深呼吸をした。そして先程までの訓練の様子を頭の中で反芻しながら、ゆっくりと声を紡ぐ。
「んー、そうだな。正確に言うと、お前の指示の意味が分からないと言うよりは、俺の頭と身体が追いついていないのかもしれない。ちょっと、ゆっくりと整理をさせて欲しい。なぁルティカ。お前は風が吹き始めた時、俺にどんな指示を出していた?」
「え? バラクア、ちゃんと聞いて無かったの?」
「違う、そうじゃない。ちゃんと聞いてはいたが、吹いてくる風に対し、お前が俺をどう言う風に動かしたくて、その指示を出したのかが、俺にはまるで伝わって来なかったんだ。だから、指示に対しての解説が欲しい」
「そう言う事ね~。ん~っとね……、だから、それは、あれよ! 風が来るってのが分かるじゃない? その風を、バラクアがひらりとかわすように……」
そこまで言うと、ルティカは考え込むように止まってしまった。
「……えーっと、かわすような指示を、したはず。うん、そう。たしか、翼を動かしてって言ったのよね……」
バラクアが呆れ半分に、ルティカの頭の中を代弁する。
「つまりは、よく覚えてないんだろ?」
「はぁ? そ、そんなこと無いわよ! だから、あれよ……。翼立てて! とか、言ってたわよね?」
自信無さげに呟くルティカへ、憤る訳でもなく、バラクアは淡々と告げた。
「ルティカ、お前の弱点が何となく分かったぞ。普段のお前の行動から気づくべきだった。お前は確かに、風読力に関してはかなり優れているんだろう。人が気づくよりも早く、吹くであろう風の方向と強さが分かると言うのは本当なのだろう。だけどお前は、そこで終わりなんだ。感覚で捉えた風の動きを、感覚のまま俺に伝えようとしているんだ。だけどその指示は、あまりに感覚に頼りすぎている為、曖昧なものになってしまっている。出した指示が俺に明確に伝わって来ないのはそのせいだろう。要は、勢いだけで物を言ってしまっているんだ。お前自身、自分がどんな指示を出したのか覚えていないいのが、そのいい証拠だ。思い当たる節は、あるんじゃないか?」
「ち、ちょっと待ってよバラクア。確かに勢いで物を言ってる自覚はちょっとはあるわよ? でも、でもよ、指示がちゃんと伝わらないってのは、私だけのせいじゃないんじゃない? 勢いだろうと感覚だろうと、私はちゃんと指示を出してるんだもの。それって、バラクアの理解力も足りてないって事になるんじゃないの?」
「その通りだな。勿論それもあるだろう。俺が理解出来ればそれで終わる筈の問題なんだ」
てっきり憎まれ口を言い返して来るだろうと想定していたルティカは、バラクアが自分の悔しさ交じりの八つ当たりを素直に受け入れた事に驚いた。
「何よ、随分素直じゃない? 変な物でも食べた?」
「俺は別に、お前と喧嘩がしたい訳じゃない。今は次のレースで勝つ為に、自分達の事を分析しているんだ。そこに余計な感情が入る程、無駄な事は無い。そうだろ?」
バラクアの真っ当な言い分に対しルティカも、
――まぁ、確かにそうよね。そんなつまんない事気にしてる場合じゃなかったわ……。
と、いつに無く冷静な心持ちを保つ事が出来た。冷静沈着ルティカちゃんは、今日だけは詭弁では無いかもしれない。
「分かったわ。今回の事に関しては、確かにあんたの言ってる事が正しいみたいね。だけど、だったとしたら、その答えは超簡単よ。詰まる所、今までの敗因は、私の指示とバラクアの動きが、上手く噛み合って無かった事が原因って事よね?」
「それだけでは無いだろうが、大きな要因ではあるだろうな。俺達がレースで勝てなかった理由は、本当にシンプルで、だからこそ難しいとも言えるものだって事だ」
そうして、二人まるで計ったかのように、同時に声を出した。
「「チームワーク」」
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