第七章 第八幕
「なぁんですって! 何なのよその言い方! 納得なんか出来る訳……」
「8番リング後の風!」
ルティカの言葉を遮るように、バラクアが叫ぶ。
「1よ! 殆ど無風だわ! 大体ね、あんたのそういう偉そうな言い方が気に食わないのよ! 何よ、そう言う事にしといてやろうって! ねぇちょっと、バラクア、聞いてるの!!」
レース中にも関わらず、ぎゃあぎゃあと喚き散らすルティカを首元に携え、バラクアは8番リングを潜り抜けていく。先程リング一つ分まで開いていた5番選手を、もう嘴の先まで追いつめていた。
「ルティカ、13番リング後の風、どうだ?」
「ちょっと待ちなさいよ! そんなポンポン言わないでよ! 分かんなくなるでしょ!」
「ああ、お前のペースでいい。分かったらすぐに教えてくれ」
強く、だが暖かいその言葉に、ルティカは思わず押し黙る。
「俺達は未熟だ。だから、お互いが力を出し切れる方法を必死で考えたんだろ。未熟で結構。お前が目で、俺が翼だ。俺達には、俺達の戦い方がある。今はそれ以上は必要無い。俺はそれでいい。お前は違うのか?」
先程の5番選手へのルティカの思いを、バラクアは優しく汲んでくれていた。
9番リングから11番リングを連続で潜り抜け、12番リングへ向けて上昇していく相棒へ、ルティカは先程の質問を大声で答えた。
「13番リングの後の風は弱いわ! スルーで行けるわよ!」
「了解!」
これまた威勢のいい返答が返ってくる。
心の内まで見透かされているような、優しく不躾な心遣いに複雑な思いを抱きつつ、ルティカはバラクアの頭を一度もしゃもしゃと撫でまわした。
「そうよ! こんな所で負けてらんないのよ! 実力だとか未熟だとか関係無いわ! どんな戦い方したって、勝てばいいのよ勝てば!!」
悪役が言い放ちそうな言葉を思いっきり喚き散らす。そんなルティカが首元に居るにも関わらず、バラクアは意にも介さずに12番リングを潜り抜けていく。
そのまま13番リングへと向かおうと上昇を続けるバラクアへ向けて、本能的に何かを察知したルティカが、咄嗟に声を上げた。
「バラクア止まって!」
「何だ急に!」
ルティカの突然の声に驚いたバラクアは、止まるまでしないながらも、翼を開きスピードを緩めた。
目の前では、5番選手が何事も無く13番リングを潜り抜け、また差が広がってしまう、そう思われた刹那、13番直後の人口風が、先程までのそよ風から一変、とてつもない強風を噴出し始めた。
咄嗟の事に全く対応が出来ずに、5番選手はそのまま強風に吹き飛ばされ、13番リングに激しく激突してしまった。先程の9番選手と同様、よろよろと痛々しく、地面へと降りていく5番選手を見ながら、バラクアは呟いた。
「一体、何が起こったんだ?」
「そうか、丁度ベートが四周目に入ったんだ……。だから、風力がリセットされた……」
ルティカは自身の言葉を確認するように前方を見据えた。
緋色の翼が、再び1番リングへと向かっていくのを視認する。そこには、二位の1番選手を更に大きく引き離しトップをひた走る、純然たる姿があった。
「こんな事もあるんだな……」
バラクアは、つい先程までデッドヒートを繰り広げていたライバルが、一瞬の不運でリタイアしていく姿を見送りながら、そう呟いた。
「バラクア、13番リングの後の風、一周目と同じ9だわ。同じように潜り抜けられる?」
「それなら任せろ」
そう力強く宣言したバラクアは、一周目と同様に、強い斜め下へと吹きつける風に乗り、八の字で宙返りを繰り返し、14番リングを上方向に潜り抜けた後、地面スレスレの15番リングへ急下降を始める。
15番から18番までのリングを連続で鮮やかに潜り抜け、バラクアが19番リングへ向けて上昇を始めた、その時だった。
「……来た」
ルティカから、ぼそりと、歓喜の声が漏れる。
「……来たよバラクア」
「何だ? 何がだ?」
「決まってるじゃない! 風よ、風!」
ルティカが色めき立った瞬間、バラクアの目の前まで迫っていた19番リングが、自然風によって小刻みに震えた。
「よっしゃあ! ここからよ! ここからが、鴻鵠士ルティカちゃんの本領発揮よ!」
吹き始めた風に弱気を吹き飛ばされたのか、先程までの臆病風を吹かしたルティカは、それこそどこ吹く風だった。
「うっしバラクア、このまま一気に行くわよ! ちょっと情報量増えるけど、どうにかしてね!」
19番リングを潜り抜け、そのまま20番リングへと上昇しながら、バラクアはやれやれと言った風に小さく鳴いた。
「お前の無茶苦茶には慣れてる。どんと来い」
「頼もしいじゃない!」
新たに吹き始めた自然風に乗るように、バラクアはその勢いのまま、20番リングを潜り抜けた。
残り二周。
現在、四位。
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