第一章 第二幕

 厩舎の外に出たルティカは、手で庇を作りながら太陽へと顔を向け、快晴に感謝をするように微笑んだ。

 風は時折冷たいものも吹いているが、雲は少なく、空はとても青い。絶好の飛行日和だった。

 ルティカは一度天に向かって両手を伸ばして、大きく伸びをした。陽の光を全身で感じていた彼女は、そこに突如として現れた大きな影に包まれる。

 見上げたルティカの瞳に、太陽に反発するような闇色の羽を纏い、悠々と空を舞う一匹の鴻鵠が映った。その首元には、鴻鵠士が跨る為の専用の鞍が、既に備え付けてあった。

 準備は万端である。

 バラクアはルティカの2メートル程先に降り立ち、優雅に翼を畳むと、のっしりとした動きで振り向いてルティカと対峙した。そのまま軽く睨み合うが、自分の方が大人である事を互いに主張し合うかのように、ほぼ同時に、やれやれ全く仕方がない、と言う顔をして頷きあった。

「う~っし、やるぞー! おめぇら、準備は出来てんだろうな~」

 口髭が蓄えられた部分をポリポリと掻きながら、ジラザが厩舎から出て来た。

 そのやや後方から、ブラシやホースなどが入ったバケツを手にした、一人の女の子が付いて来ていた。

 栗色の長い髪を頭の後ろで一つに結び、ポニーテールにしている。ネズミ色のオーバーオールに身を包み、パッチリとした黒い大きな瞳には、隠しきれないワクワクが垣間見える。肌の色はどちらかと言えば白に近いルティカよりも、若干黄色味がかっており、鼻の頭に少しだけ広がるそばかすは、寧ろ彼女のチャームポイントの様に思えた。

 彼女の名前は華瑠(かる)。

 鴻鵠の世話をする為の職人。一人前の『調教士』になる為、見習いをしている、ジラザの弟子である。

「ルーちゃん、おはヨー」

「ういっす華瑠」

「バラクアも、おはヨ! へへ、今日も綺麗な羽の色ネ~」

 華瑠はバラクアの横に来て、その羽を軽くブラッシングをしながら、うっとりと呟いた。

 華瑠にとってバラクアは、自分が始めて担当を任され、世話をする事になった鴻鵠であった。それ故に、毎日のブラッシングや世話の一つ一つが、嬉しくて溜まらなかった。

「そうか、ありがとう華瑠。今日もよろしく頼む」

「はいヨ! 任せてネ!」

 大切に世話をしてくれる華瑠の存在を、バラクアも憎からず思っていた。

 この星の世界地図には、東西南北に浮かぶ4つの巨大な大陸が記されており、星の人々はそれらを『四大大陸』と総称した。

 北に広がるは氷の大地、リクスト大陸。

 東には山岳地帯の多い、風全大陸。

 西には肥沃で温和な気候と、世界一の広大さを有す、センティアナ大陸。

 そして南側には、世界中で最も鴻鵠産業の盛んな、ルティカ達の住む、ベ=ディルス大陸が存在している。

 ベ=ディルス大陸には、北側のフィロル、西側のゼイラヌ、南側のカルツ、そして東側に位置するルーテジド、これらの4つの国で形成されている。

 特に北側に位置するフィロルの首都、フィオーナでは、数々の名勝負が行われて来たレース場が存在し、世界一を決める決定戦も、この地で行われていた。世界の鴻鵠レースの六割が、このベ=ディルス大陸で行われている事もあり、レースを見る為に観光客が世界中から押し寄せる。

 鴻鵠レースはベ=ディルス大陸にとって、経済を支える大きな資源の一つなのである。

 因みに華瑠の出身地は、ベ=ディルス大陸の東側に位置するこのルーテジドの地より、海を渡った遥か北東にある山全大陸の国、涯門(がいもん)の出身である。その為に彼女は、ルーテジドで公用語として使用されている『ディラル語』の扱いが未だに甘く、特に語尾が子供っぽくなってしまうと言う、本人だけが気付いていない弱点を抱えていた。

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