第三章 第二幕

 アシスタントの鴻鵠と鴻鵠士達によって、レース場に、本日使用するリングが次々と浮かべられていく。通常ナーゼルのレースは、平均でもリングの数は5個程度なのだが、世界戦のみ難易度を上げる為、10個のリングが設置される。

「皆様お待たせしております。只今より、シャン=ナーゼル世界戦を華やかに彩る前哨戦。カースのパフォーマンスをお楽しみ下さい!」

 リングの準備がされる中、女性アナウンサーの声が会場に鳴り響いた。

 S級レースの直前にだけ特別に、レースを盛り上げる為に直前に、『カース』と呼ばれるデモンストレーションが行われる。

 『カース』とは、レースで行う様なスピードや駆け引きでは無く、パフォーマンスの難易度や芸術性を競う鴻鵠の競技である。鴻鵠レースに比べればまだまだ歴史は浅いものの、近年になって少しずつ世間にも浸透してきた、華やかなスポーツだ。

 アシスタントの鴻鵠達が退場した後に、上空に浮かべられた10個のリングの隙間を縫うようにして颯爽と登場したのは、淡い水色の羽根を持った鴻鵠と、白のタキシードに身を包み、右手にはステッキを、頭にはシルクハットを小粋に被った、女性鴻鵠士だった。

 レース場の中心近くに用意された5番リングに乗った鴻鵠の上で立ち上がった鴻鵠士は、くるくると回りながら全方位に向かい深々とお辞儀をした。

 水色の羽と白い服が、太陽光を反射して眩く光る。

 そして次の瞬間には、鴻鵠は大きく翼を開いたかと思うと、天高く飛び上がった。そのまま勢い良く急滑空してきたかと思えば、レース場の中心でヒラリと宙返りをする。その勢いのまま何度も宙返りを続けようとする鴻鵠から、あろうことか鴻鵠士は、シルクハットを深く被り、両手にステッキを掴んだまま命綱も付けずに飛び降りた。

「い?! ウソでしょ!」

 思わず悲鳴にも似た声がルティカから漏れる。

 彼女は余裕の表情のまま、地面への自由落下を楽しんでいるようだが、会場中から固唾を飲む音が聞こえる様だった。

 鴻鵠はそのまま一回転した後、彼女の後を追いかけ猛スピードで滑空した。そして、鴻鵠士が両手に掴んでいた杖の中心を、彼女が地面に落ちる直前に嘴で掴み、そのまま彼女を上空へと投げ飛ばしたのだ。中空を彷徨う鴻鵠士は、笑顔のまま最高地点に到達。先程の鴻鵠宛らにくるくると回転し、上昇して来た鴻鵠の首元の鞍へと、見事に着地をした。

 鴻鵠士は深く被っていたシルクハットを脱ぐと、華麗にお辞儀をした。

 一瞬の静寂の後、観客席からは万雷の拍手と、割れんばかりの歓声が鳴り響く。

「す、っげぇ……」

 目の前で起こったパフォーマンスに頭が追いつかないのか、開いた口が塞がらないままのルティカの隣で、華瑠はスゴイスゴイと大喜び手を叩いている。

 鴻鵠士は、首元から鴻鵠の頭頂部に移動し、全方向に順番に挨拶をして、会場全体の拍手と歓声に応えた。

「お楽しみ頂けましたでしょうか?」

 先程とは違う男性の声で、アナウンスが響き渡った。

「ご覧頂きましたのは、先日行われました、今年度のカース大会におきまして、見事アクロバット部門の世界チャンピオンに輝きました、鴻鵠ビヨルタと鴻鵠士リアン=セレンの華麗なるアクロバットでした。皆様、もう一度盛大な拍手をお願いいたします」

 アナウンサーが振った指揮棒の元、会場が再び拍手の協奏曲を響かせる。

 リアン達は、大きく手を振りながら会場を去って行く。

 彼女達のお陰で、会場のボルテージは見事に最高潮となった。

「いやぁ、カースなんて全く興味無かったけど、あんだけ凄いもん見せられたら、ちょっと考えちゃうわね……」

「おー、ルーちゃんレースやめて、カースやるのカ? 華瑠、応援するヨ?」

「まさか、私あんなの無理よ。それに、もしやるとしても、とりあえずシャン=ルーゼンでてっぺん獲ってからね」

 ――まぁ、バラクアがやるって言うわけ無いだろうけどね。

 ルティカが得意気に嘯いた直後、レース場の地面が開いた。地下から一斉に、本日の主役の鴻鵠達が列を連なって旋回し始める。

「さぁ、いよいよね」

 目を皿の様にして、ゆっくりと旋回する鴻鵠達の中に、黒と茶色の翼を発見した。無事にミリビネの姿を見つけたルティカは、その首元に跨る鴻鵠士に向けて、

「アレツさーん、頑張って~」

 と、周囲に憚る事無く大声を出した。

「皆様、大変長らくお待たせいたしました。それでは只今より、今年度のシャン=ナーゼルの世界チャンピオンを決定いたします、シャン=ナーゼル世界一決定戦を行います! 世界中のS級レースを勝ち抜いてきた精鋭達。今年は、どのようなドラマが生まれるのか。そして、今年度のチャンピオンに輝くのは、一体どの選手なのか! それでは選手の皆様、ゲートインをお願いします」

 客席の唸り声がより一層の熱を帯びる。その声に呼応するように、S級の名鴻鵠達が、次々と出走ゲートを潜って行く。

 黒と茶色の羽根も、颯爽とゲートの籠へと舞い降りる。ミリビネとアレツは、ディフェンディングチャンピオンなので、当てられた番号は1番だ。

「それでは、いよいよでございます! S級、シャン=ナーゼル世界一決定戦! スタートです!」

 アナウンサーの声を合図に、出走直前のファンファーレが荘厳に鳴り響いた。

 ファンファーレが鳴り止み、満を持したアナウンサーの合図が会場を一つにする。

「それでは皆様、御唱和下さい!」

 ピンと張りつめられた空気が、うねる。

「3! 2! 1!」

 会場中がまるで一つの生き物になったかの様に、巨大な轟音がカウントを刻んでいく。

「レディー! フライト!!」

 いよいよ、今年のシャン=ナーゼル世界一決定戦が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る