第三章 シャン=ナーゼル世界戦

第三章 第一幕

 ――第三章 シャン=ナーゼル世界戦


 ベ=ディルス大陸の北側に位置する国、フィロルの首都、フィオーナ。

 世界の鴻鵠レースの実に約五割が、この都市のレース場で行われる。そして多分に漏れず、シャン=ナーゼルの世界戦も、毎年この都市で開催されていた。

 世界中の強豪レースを勝ち抜いた精鋭達と、世紀の一戦を生で観る為に駆けつけた鴻鵠レースファンの観光客が密集し、フィオーナはその時分、まさにお祭り騒ぎとなる。その為フィロルでは、ベ=ディルス大陸だけで通じる『ディラル語』の他に、世界で最も広く使われている『セント語』も、今では公用語として広まりつつあった。

 レース場内での速度を競うショートレース、『シャン』は、先述の通り、ナーゼルとルーゼンと言う、二種類に分けられる。

 名称にもルールにも然程の違いは無く、大きな違いはレース場内に浮かぶリングの数の違いだけに思われがちだが、いざレースが始まると、その内容は随分と異なる。

 潜り抜けるリングの総数が圧倒的に少ない『ナーゼル』。

 ルーゼンと比べると、リング同様に人口送風装置が少ないのもナーゼルの特徴だ。

 偶発的なまぐれが起こりずらく、ナーゼルはルーゼンと違い、鴻鵠と鴻鵠士の真の実力が顕著に現れるレースとも言われている。だがそれ故に、レースが単調に成りやすいと言う側面も持ち合わせてしまっている。そこで、ルーゼンのレースではそれ程見かけないが、ナーゼルではほぼ必須と呼ばれる技があった。

 それが『パスト』である。

 パストとは、鴻鵠が瞬間的に羽ばたき方を変える事で、後方の気流を乱し、後続の鴻鵠をその気流に巻き込んでしまう技だ。巻き込まれた鴻鵠は気流に翼を取られ、失速は免れず、下手をすればそのまま落下する事もある危険な技でもある。

 自然界の鳥は使わない、レースの為だけに編み出された、鴻鵠の攻めの技術である。

 勿論、使いこなすにはそれ相応の技術も必要であり、パストを使う際には羽ばたき方を変えるため、減速せざるを得ないのも特徴だ。

 相手の飛ぶ速度、方向、自分の飛んでいる速度、気流の流れ、風の強さ、レース中の鴻鵠士の頭の計算機は、常にカタカタと音を鳴らす。まぐれが少ない分、たった一つのミスが命取りになる事が多々あるからだ。

 だからこそ、ここぞと言う時に決まったパストによって状況が一変し、会場全体の空気が変わる。レース前の評判はそれ程では無かった選手が、そうして観客の空気を味方に付けた事で勝利したレースも決して少なくない。

 ルーゼンは、多数あるリングを次々と潜り抜けて行く圧倒的なスピード感に、人口風の多いレース場であっと言う間に変化していく順位。そして、最後の一瞬まで目が離せないスリルと、大番狂わせの盛り上がりを共に味わうもの。

 ナーゼルは、観客が鴻鵠士と共に状況や空気を予測し、一つのミスが命取りとなる緊張感を味わう事で、手に汗を握りながらどっしりと腰を据えて楽しむもの。

 これがシャンにおける、二つのレースの違いだと言われている。


 ***


「ウワァ、凄いヒトの数ネ~」

 応援席に着いた華瑠は、観客席一杯の人を眺めながら楽しそうに叫んだ。

「ちょっと華瑠、行儀良くしてなきゃ駄目なんだからね。なんたって、シャン=ナーゼルの世界戦だよ」

 ルティカが大人ぶった言い方で華瑠を窘めるが、ルティカ自身もそわそわワクワクと言った心持ちを全く隠しきれていない貯め、説得力の欠片も無い。

「それにしてもおっちゃん、よくこんな人気の席取れたわね。何かコネでも使ったの?」

「あ? 俺がそんなしちめんどくせぇ事するわけねぇだろ。アレツの奴が手配してくれたんだよ、後で礼言っとけ」

「そうなの? 流石アレツさんねぇ。席のお礼も込めて、今日は精一杯応援しちゃうもんね! ね、華瑠!」

「オウ! アレツさん、絶対負けないネ!」

 レース前から勝鬨を上げる二人を尻目に、ジラザは腰を上げた。

「ちょっとおっちゃん、どこ行くのよ? もうすぐレース始まっちゃうわよ?」

「こう人が多いのはたまんねぇからな。俺は下のモニター室から見るわ」

「えー? 折角アレツさんが席取ってくれたのに?」

「あいつはおめぇらの応援なんか無くったって、ちゃんと勝つから心配すんな。バラクアんとこ行って葉巻でも吸ってくらぁ」

 そう言ってジラザは、大混雑の人混みにその巨躯を器用に滑らせて、階段の向こうへと消えて行った。その階段の下には、人間用の会場に入れない鴻鵠達用の、モニター鑑賞スペースが存在しており、鴻鵠達には迷惑な話でもあるが、そこは人間達の喫煙所も兼ねていた。

「全く、おっちゃんも冷たいわねぇ」

「冷タイ? シショーは、あったかいヨ?」

「あー、んーと、そういう事じゃ無くてね……」

 その時、ルティカの愚痴を遮るように、会場中にファンファーレが鳴り響いた。

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