第五章 第三幕

 ジラザの葉巻の煙が、溜息と共に辺りに広がる。

「なぁ、バラクアよぉ」

「はい」

 ジラザの声がバラクアへ向けられる。

「おめぇもルティカと同じか? あの坊っちゃんをぶっつぶしてぇって思うのは?」

「俺は、相手が誰であろうと関係ありません。ただ、勝利を目指すだけです」

「成程。鴻鵠としては、優等生の意見だな」

「では、優等生じゃない意見も、言わせてもらっていいですか?」

 いつもジラザには一歩引いたところを見せるバラクアが、強気にそう言った。

「ルティカがぶっつぶしたいと思う相手は、俺もぶっつぶしたいと思います。相棒として、至極当然の事です」

「……バラクア」

 ルティカから思わず、感嘆の声が漏れた。

 予期していなかった相棒の決意表明。心の内側にじわりと嬉しさが沁みわたっていく。先程まで、アルバスの子には勝てないのでは無いかと不安になっていた弱気な想いが、払拭されていくようだった。

「へっへっへ、バラクアよぅ。おめぇ、その考え方も充分、ご立派な優等生だぜ」

「そうですかね?」

 満足気に笑みを浮かべるジラザに、バラクアは他人事のように呟いた。

「まぁいいだろう。おうルティカよ。5日後に、今年のC級最後のフレイク杯がある。あの坊っちゃんは今年度で4勝。あと1勝で飛び級だからな、多分出てくるだろうな」

 瞬間的に、ルティカの目がギラリと光る。

「出たい! 私も出る! 絶対出る! おっちゃんお願い! お願い! 出たい出たい出たい出たい出たい出たいでたむぎゅ!」

 一も二も無く叫ぶルティカを、ジラザは再び押さえつける。葉巻の火を消して、押さえていたルティカの頭を解放し、空いた手で両の頬をがっしりと挟んだ。

「いいかルティカ、よーく聞けよ?」

 椅子の上からどっしりとルティカの目を覗き込み、ジラザは続ける。

「何せフレイク杯は、今年度最後のレースだ。あの坊っちゃん以外にも、このレースでポイントを狙ってくる奴らは多いだろう。ここで踏ん張れば、来年度からは直ぐにB級に上がれるって言う奴らが、血眼になって勝利を目指すのがこのレースだ。そんな中でだ、新人一年目、あまつさえ今年度0ポイントのお前が出ること自体、変なやっかみを買うかもしれねぇんだぞ? フレイク杯ってのは、そう言うレースだって事をよくよく考えろ。それでもお前は、このレース出てぇって言うのか?」

「決まってんじゃない! そんなつまんないこと気にしてらんないよ! ベートが出るって言うなら、私は絶対出る! このまんま今年度終われないのはこっちも同じよ! あの腐れボンボンに、目に物見せてやるんだから!」

 目を逸らさずに、強く、そう言い放つルティカの瞳の奥に、ジラザは揺るぎない信念を感じた。

「はっ、仕方ねぇなぁ」

 ジラザは一度大きく笑うと、新しい葉巻を口に銜え直した。

「とりあえずエントリーはしてやる。でもまぁ、希望者が多いだろうから、後は運次第だな」

「って事は……、出ていいんだよね?」

「ああ、気張れよ」

「ありがとう! おっちゃん大好き!」

 ジラザに飛びつこうとするルティカの顔を、ジラザはその大きな掌で真正面から受け止めた。

 壁にぶつかったような衝撃を受けたルティカは、潰れた顔のまま批難めいた声を出す。

「おっちゃん、女の子の顔~」

「うるっせぇ! そのかわり、今日から特訓だからな。それからレース当日までに、こないだ言ってた宿題の答えが出なかったら、出走はキャンセルだからな!」

「うん、分かってる。あいつらに負けた敗因、絶対見つけてやるんだから。必ずベートの奴をコテンパンにしてやる! ね、バラクア!」

 ルティカは隣にいるバラクアにそう笑いかけ、バラクアは一声鳴いた後に、力強く言い放った。

「ああ、ぶっつぶしてやる!」

 気迫の篭った二人様子をそっと眺めていた華瑠が、寂しそうに呟いた。

「うー、バラクア、不良になっちゃやだヨー……」

 その声をこっそり聞きつけたジラザは大いに唇を歪めたが、当の二人には、華瑠の願いの声は届かなかった。

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