第五章 第四幕

 遠く草原の向こうでは、ルティカがジラザに対し、何やらワーワーと叫び声を上げていた。距離がある為に何を叫んでいるのかはまるで分からないが、何やら激しく興奮している様子だけは伝わってくる。バラクアはその光景を遠巻きに眺めながら、物思いに耽っていた。

 ――さっきはルティカの勢いにつられてあんな事を口走ってしまったが、そもそも、そんな一朝一夕の特訓程度で、あの二人に勝つ事なんて可能なのだろうか?

 目線を落せば、汗だくになりながら、訓練用の人口風力装置を厩舎から一つ一つ、台車に乗せて運んでいる華瑠の姿が映る。大きくて重いそれを、華瑠が必死に運んでいるのは、紛れもなく自分達の為である。

 ふと、バラクアは華瑠に言葉を掛けた。

「華瑠、ありがとうな。それと、手伝えなくてすまんな」

 いくら巨大だとは言っても、鴻鵠は鳥の仲間である。雄大に飛翔する姿に目を奪われがちだが、その代償として骨組織は存外脆い。レース直前の大事な身体で、重たい物を運搬し、万が一があっては元も子も無い。

 実の所ジラザでさえも、バラクアに大しては大事の無い様に、痛みは与えるが怪我はさせないと言う絶妙な具合に手加減をしているのだ。その事実を、ルティカは未だに知らぬままである。朝のたんこぶも、まだ薄く膨らんだままであろう。

 申し訳なさそうなバラクアの言葉に、華瑠は笑顔で返す。

「いいのヨいいのヨ~、気にしないでヨ~。これは私のお仕事ネ」

 拭った汗がキラキラと輝く華瑠が、随分と眩しく見えるのは、恐らく汗のせいだけではないのだろう。

 バラクアの周囲には、まるで彼を取り囲む様に、既に七台もの人口風力装置が並べられていた。レースで使うような新型とは違い、特訓の為に倉庫の奥から掘り起こされてきた、何ともレトロな代物達だった。旧型ではあるが、多少整備をすればその能力は現役の頃と遜色無く、強力な風を巻き起こす事が出来るだろう。バラクアがまだ卵の中にいたであろう遥か昔から、セオクク厩舎の屋台骨を支えて来た古強者達だ。

 人口風力装置は、本来は好きな高さを設定し空中で使う物だが、本日は大砲宛らに、須らく地上に鎮座し、バラクアへと狙いを定めている。

 華瑠が厩舎から八台目を運んで来て、バラクアの真正面にセットする。これにてバラクアは、まさに見事な八方塞がりと相成った。

「フゥ、これで全部ネ。流石に疲れたヨ」

「お疲れ様。華瑠は本当によく働くな」

「ヘヘヘヘヘ~、バラクアの為だったら、華瑠頑張っちゃうヨ!」

 タオルで汗を拭き拭き笑う華瑠に、バラクアは思わず尋ねてみた。

「なぁ、華瑠はどうして、調教士になりたいと思ったんだ?」

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