第八章 第四幕
このままリングに向かうのは、危険であると……。
「バラクア、何か分かんないけど、今から物凄い風が吹くかもしんないの! なるべくリングから距離を取るようにして頂戴!」
「何だと! 分かった!」
ただ事では無い様子を感じ取ったのか、バラクアは即座にルティカの言葉に従う。12番のリングへと向かって上昇していたバラクアだったが、そのまま12番リングを通過し、周辺にリングの無い遥か上空で周囲に睨みを利かせる。
シャンの鴻鵠レースの際に最も危険なのは、何と言ってもリングや人口風力装置などとの接触事故であろう。鴻鵠同士の接触も確かに危険だが、凄まじい速度で硬質な人工物にぶつかるよりはまだマシと言える。
バラクアがジロリと周囲を一睨みした、正にその瞬間だった。二人のほぼ真正面から、とてつもない勢いの突風が襲い掛かってきたのだ。吹き荒れる風は彼女達の横を掠め、そのまま会場の底を這うように下へと吹き荒れた。そしてU字を描く様な上昇気流となって、今度は二人を下から吹き上げる様に二人を襲ったのだった。
ルティカの指針で言えば、風の強さは9だろう。
フィオーナの会場は、時折海からの風とビル街の風が混じり合い、不思議な気流の強風を生み出す事があった。偶然に生み出されたその現象も、ドラマティックにレースを演出する上での欠かせない要素として、フィオーナの鴻鵠産業を支えている一面もあった。だがしかし、突如として襲い掛かる突風など、レースに参加している選手達にしてみれば、たまったものでは無い。
突風は勢いよく吹き荒れはしたが、その勢いは長くは続かずに、即座に落ち着きをみせた。だが遥か下には、先程まで前を飛んでいた1番選手が、よろよろとした動きで地面へと着地する姿が目に入った。風に煽られ、リングにでもぶつかってしまったのだろうか。レースへの復帰すら困難かもしれない。
ルティカの予想がズバリ的中したお陰で、バラクアはレース場の遥か上空に居た為に見事に難を逃れた。上空では風の勢いも懸念していた程では無く、予め翼を畳んでおいた事でバランスを崩す事も無かった。その為、未だに慌てふためいている他の選手達を尻目に、すぐさま再び12番リングへと向かう事が出来た。
ルティカの類まれなる風読力によって、彼らは誰もが予期し得なかった突風を先読みし、危機を回避した。圧倒的優位な状況に立ち、本日のレースの趨勢は最早決まっただろう。単独で悠々と上空を飛翔するバラクアの姿に、観客の誰もがそう思った。
ところがである。
そんな観客達の予想は、直ぐに覆る事となる。
ライバル不在となったバラクア達が12番リングを通過しようとした、まさにその直前、二人の眼前に緋色の翼が力強く翻った。
見紛う事無き、レベの翼である。
6番選手のパストに飲みこまれた直後から、レース場の地面付近にて再び体制を整えながら、彼らは好機を伺っていた。そして先程の突風の最後、会場の底をさらう様に吹き荒れた上昇気流に見事に乗り、凄まじいスピードのまま上方向へと12番リングを潜り抜けたのだった。危機回避は出来たものの、改めて無風の中を滑空し直したバラクア達と比べ、その速度は雲泥の差と言えた。
ピンチを回避するだけでは無く、逆にチャンスへと変える事で、見事に遅れを挽回し再びトップへと返り咲いたレベとベート。
優勝候補が見せた鮮やかな逆転劇に、会場が色めき立つ。
嘴の先を掠めて、掴んだ筈のトップを銜えて飛び去っていくその後姿に対し、ルティカとバラクアは、まるで示し合わせた様に同時に叫んだ。
「そうこなくっちゃね!」「借りを返させてもらうぞ!」
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