第一章 第四幕


「うーっし、ルティカ、もうちょっとで10周だぞ。頑張れ頑張れ!」

 ジラザが快調なペースで、ルティカの少し前を走りながら激励を飛ばす。当のルティカは、それに対し返事を返す事もままならない。はぁはぁと荒い息を辛そうに吐き、必死に足を前へと進める。

「よーっし、10周終了。ちょっと休憩だな。もうちょっとペースが上がるといいんだが、まぁこんなもんだろ」

 いい汗をかいた、程度の爽やかなジラザと違い、息も絶え絶えなルティカは、同じ様についさっき高速飛行100本を終えて、ヘロヘロと横たわっているバラクアの傍の、木陰の草むらに倒れこんだ。

「おい、ルティカ、生きてるか?」

 バラクアからルティカへ、生死の有無が問い掛けられる。

「……はぁ、はぁ……、し、死ぬ……、ヤバイ、ほんとに、死ぬ……」

 誰の耳にも聞こえないくらいのか細い声で、ルティカは静かに断末魔の声を上げた。だが、まだ微かに生きている。確かに生きている。

「おい華瑠。俺ぁちょっと厩舎に戻るから、後頼んだぞ」

「はいシショー! お疲れ様ネ!」

 振り向く気力も無いが、どこか遠くで交わされる華瑠とジラザの会話が、ルティカの耳に聞こえて来た。その後すぐに、駆け足で草を踏む足音が近づいて来る。

「ほい、ルーちゃん! お疲れ様ネ。グーッといくネ!」

 倒れこんでいるルティカの顔を、華瑠が覗き込む。その手には、大きめのヤカンが握られていた。華瑠はルティカの身体を少し起こし、ルティカの口元に、ヤカンの水をゆっくり流し込んだ。中身は砂糖と塩を少し混ぜてある、華瑠特性の水分補給用のドリンクだ。

 少し飲んだ所でルティカが覚醒し、まるで鯨飲するかの様にヤカンの口を吸い続けた。

 暫くして、激しい呼吸音と共に、ルティカがヤカンの口を解放した。

「ぷはぁああああああ!! ああ、死ぬかと思ったわマジで。生きてるって素晴らしいわ、マジでマジで。走るってのは素晴らしくないわ。あのクソジジイは何であんなに元気なのかしら。体力の化け物だわ」

 ドリンクのお陰で多少復活したのか、ルティカは身体を起こして、隣に寝転がっているバラクアを覗き見た。

 ルティカの視線に気付き、バラクアもそちらを見るが、身体を起こす事はしない。

「そっちはどうだったのよ? 100本の高速飛行は?」

「ああ、しんどかった。最初は余裕かと思ってたんだが、自分の羽があんなに重く感じるとは思わなかった」

「結構訓練積んでるつもりなのに、まだまだなのね~、私達って」

「そうだ、お前らはまだプロになってから一勝もしていない新人も新人、ド新人だ。だから当然ながらまだまだまだまだだ」

 倒れ込んでいた二人の元へジラザが、厩舎から一枚の封筒を持ってやって来た。

「おっちゃん、そこまでまだまだ言わなくても良くない? 充分分かってるから」

「おう、悪ぃな。だけどなルティカ、そんなまだまだなお前らに、今日はいい報告があるぞ。しかも二つもだ」

「何よおっちゃん、いい報告って」

 身体は起こすが立ち上がる元気はまだ無いのか、ルティカはぐったりとしたまま力無く言葉を返す。隣に寝転がっていたバラクアは、ルティカよりも一足先に訓練を終わらせていた為、ある程度回復をしたのか、ゆっくりと身体を起こした。

「そうさな~。とりあえず、お前らにとっては、かな~りいい知らせとちょっとだけいい知らせがある。どっちから聞きたい?」

「かな~りいい知らせと、ちょっとだけいい知らせ?」

「ああ、ヒントは、これと関係があるぞ~」

 ジラザは手に持っている封筒をヒラヒラと目の前で振ってみせた。ルティカとバラクアは、チラチラと視界に入るその封筒が気になって仕方がない。

「……おい、ルティカ、どうする?」

 バラクアが小声で聞いてくる。ルティカはおもちゃに狙いを定める猫の様に一心に封筒を目で追いかけていたが、意を決した様に声を出した。

「……一先ず、ちょっとだけいい知らせから聞いてみましょう」

「……よし、分かった」

 ルティカは悲鳴を上げる身体に鞭打ち、何とか立ち上がった。一度倒れそうになったのを、バラクアがそっと支える。

「おっちゃん、そんじゃ、ちょっとだけいい方から教えて」

「ちょっとだけいい方だな。ほれ、これだ」

 ちょっとだけいい方、と言われて、ルティカは封筒をジラザに手渡された。

「開けてみな」

 口元に笑みを浮かべるジラザの言葉通りに、ルティカは封筒を開き、中の書面に目を通した。そして、一読した後、目を見開き、バラクアに向けて親指を立てた。その目には、再びギラギラとした闘志が浮かんでいた。

 バラクアも文面を読み取る。

「何々、ルティカ様・バラクア様の、『C級エラリアル杯』への出場を歓迎いたします!」

 状況を把握すると同時にバラクアの声が大きくなっていく。

 ジラザはにやりと笑った。

「クレイゾ杯のリベンジが、思ったより早く決まったな。来週のエラリアル杯、当たって砕けて来い」

 意識せずに、ルティカとバラクアの目線がかち合う。

 先日のレースの様な無様な結果は見せない。今度こそ優勝だと、言葉を発さずとも、両者とも目で語りかけた。

 同じタイミングで頷く。

「二人とも、よかったネ! エラリアル杯、頑張ってネ!」

「うん、ありがとうね華瑠。絶対優勝するわ! ね、バラクア!」

「ああ、当然だ!」

「それでシショー、かな~りいい知らせってのは何ヨ?」

「かなりいい知らせってのはな、このエラリアル杯で勝利する為に、非常な重要な知らせだ。なぁ華瑠、クレイゾ杯でのリベンジの為に必要なのは何だと思う?」

「そうネ、一杯一杯特訓する事かナ?」

「そうだ! つまりかな~りいい知らせってのは、エラリアル杯に向けて頑張る為に、休憩時間はもう終わりだーって言う知らせだな」

 ガハハハと豪快に笑うジラザに、そうネそうネと頷きを返す華瑠。そして、上がったテンションが一気に冷めていくのを感じる、バラクアとルティカであった。

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