蒼き瞳とナガレゆく
秋野ハル
第1章 蒼き少女(少年)とナガレくる
1-1 蒼き月夜と少年→少女
民はそれぞれが属する街の、領の、そして大陸全体の財産である。ゆえに保護されねばならない。狂暴な『獣』の脅威から、そして狡猾な『人』の悪意から。
ゆえに『九都市条約』は定めている――この大陸にある全ての街に、強固な外壁を築くことを。そして街から街への移動には一定の制限を掛けることを。
つまりはある種の自由と引き換えに平穏を与える。それが九都市条約の選んだ道であった。
しかしその一方で、条約はこうも定めている。
――平穏と安住を放棄するならば、代わりに自由と世界を与えよう。
それはすなわち『大陸中を旅する権利』、そして『旅を続けなければならない義務』。その表裏一体を背負う覚悟のある者だけが、この大陸において自由を得る権利を持つのだ。
だが獣の脅威と人の悪意が交錯するこの大陸において、それは間違いなく危険な生き方だった。しかし、それでも……この大陸から旅人が消えることはない。
きっと理由は人の数だけあるのだろう。商売のため。夢を叶えるため。強さを求めて。街に縛られたくないから。元より平穏を得られない身の上だから。あるいは……
◇■◇
今夜の満月は、真昼の空を切り取ったかのように蒼かった。
この世界の月は、ひと月の終わりと始まりの境で蒼く染まる。民間伝承において蒼月はよく”終焉”と結びづけられており、凶兆の象徴として有名である。しかしその一方で地方によっては青空、希望、次のひと月の始まり……”新生”という概念とも強い結びつきがあった。
そんな相反する概念を宿した蒼光が、とある屋敷のバルコニーを照らしていた。周囲を森で囲まれて虫の声だけがりんりんと響くそこに、しかしふと。
カチンッ、と硬い音が鳴った。バルコニーの手すりに鉄製のカギ爪が引っかかったのだ。
カギ爪の尻からはロープがひとつ垂れ下がっていて、それはすぐに1人の客を招いた。小柄な少年が、ロープを伝ってバルコニーまで登ってくる。やがて軽やかな身のこなしで手すりを越えると、小さな足音ひとつだけを立ててバルコニーへと降り立った。
「ここまでは予定通り……」
少年はそう呟いて、その身に羽織っているベストのポケットから小さな薬瓶を取り出した。中に入っている液体は、今宵の月と同じ澄んだ蒼を湛えていた。
(蒼月の夜にしか効果がない霊薬、ね。理屈は分かるんだが……)
少年は知っていた。蒼月には実際にある種の力を高める作用があることを。
(胸が妙にざわつくのは月のせい……だけならいいんだけどな)
少年は警戒心を高めつつも、霊薬をしまい直して顔を上げた。視線の先には屋敷内部へと続く大きな窓がひとつ。向こう側はカーテンに遮られて見えないが、少年はためらわずに歩いていく。
「この場所この時間なら見張りに見つからず部屋まで一直線。そういう手筈だったけど……」
窓の前まで来た少年は、窓の取っ手を握って軽く引っ張ってみることにした。窓は両開きであり、構造上は引けば開くはずだが、とはいえ普通は防犯のために鍵をかけているはずである。もちろん少年としてもその確認のつもりだったが……「ありゃ?」窓は、なんの抵抗もなく開いていった。
「なんつう不用心な……」
少年が呆れるかたわら、開いた窓へと風が吹き込み、カーテンが捲れてその奥の通路が見えた。灯りひとつなくぽっかりと開いた暗闇がはるか遠くまで続いている。だが少年は臆さず歩き出し、屋敷内へと足を踏み入れて――
「動くな!」
左右から、剣と槍を突きつけられた。それぞれ2本ずつ計4本。使い手も1本につき1人ずつ。つまり少年は、待ち伏せていたらしい4人の兵士に取り囲まれたのだった。
「賊が侵入したと聞いていたが、まさかこんな子供だとは……」
兵士の1人が驚き半分といった口調で呟いた。しかし少年の方は一切驚いていない様子で、それどころか。
「そうだよ、まだか弱い15歳なんだ。だからおじさん、ここは黙って見逃がしてくんない?」
まるで知り合いにでも話しかけるような気さくな口調。
それが気に障ったのか、あるいは得体が知れないと感じたのか、ともかく兵士たちはさらに警戒を強めた。ある者は武器を強く握り、そしてある者は硬い口調で少年へと呼びかける。
「大人しく投降しろ。子供相手に手荒な真似はしたくない」
「したくない、ね」
「きみが抵抗……いや、動いた時点で抗戦の意志ありとみなす」
「仕事熱心なことだ。でもさ……」
その瞬間、少年の表情が変わった。この場にそぐわないような、ニカッと明るい笑みを見せて。
「それじゃ、遅くない?」
言葉と共に、地面から灰色の煙が噴き出した。
「なに!?」「うわぁっ!」
ろくな前触れもなく膨れ上がった煙は、兵士たちが状況を把握する前にその場一帯を飲み込んだ。しかしすぐに煙の中からひとつの影が飛び出した。少年であった。
「手癖の悪さは『ナガレ』の流儀ってな!」
少年は兵士を置き去りに廊下の奥へと駆け抜けていく。真っ直ぐ目的地を目指しながらも、思案顔で呟く。
「バレた気配はなかったんだけどまずったかな……こうなりゃさっさと攫ってさっさと出てくか」
少年の目的はただひとつ。『ブレイゼル家の三男の保護』であった。
(目標の部屋は2階のバルコニーから入って)
その理由は『三男を利用して行われるらしい”前王の儀式”とやらを止めるため』。
(扉がひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……)
注意事項は『三男を保護したとき、霊薬を確実に飲ませるように』そうすれば最悪の場合でも儀式はすぐに行えなくなると、そういう話だった。
(いつつ、むっつ……この角を曲がって右手の部屋!)
前もって教えられた三男の部屋。そこに少年は飛び込んで、
視界の隅から、2本の手が伸びてきた。
「!」
しかし少年は即座に反応。己を捕えようとする手を逆に引き込み、そのまま地面へと引き倒す。その直後、どすんと派手な音を立てて襲撃者が地面へと倒れ込んだ。
「かはっ!」
息を吐き、苦しそうにうめく襲撃者。部屋の窓から差し込む月光のおかげでその姿ははっきりと見えた。
(また兵士かと思ったけど……こいつ、もしや例の三男坊か?)
首元で結われた長髪は金。痛みに細めた瞳の色は蒼――金髪蒼眼。それは正しく話に聞いてた『ブレイゼル家の三男』の特徴だった。
ゆえに少年は早速彼を取り押さえようと近づいたが、
「っ、触るな!」
いきなり足が跳んできた。その蹴りを躱して退けば、三男はその隙に体勢を立て直し始めている。
(ただのお貴族様と思いきや、意外と良い反応と思い切り……)
少年は内心で感心しながらも――すでに、三男の懐へと踏み込んでいた。
「なっ!」
三男は驚いたが、気づいた時にはもう遅い。
「悪いな」
少年の拳が1発、三男の腹にめり込んだ。
「がっ……!」
少年よりも一回り大きい三男の体が、しかしいとも簡単に膝をつく。三男はそのまま無造作に倒れ込み、あえぎ声をあげた。
「はっ、あ……」
なんとか空気を取り入れようとか細い呼吸を繰り返す。だがその口に飛び込んできたのは――気体ではなく、液体だった。
「んぐ!? く、かっ」
少年が三男の鼻をつまみ、霊薬を流し込んでいたのだ。そしてその中身はあっという間になくなった。少年は空になった小瓶を投げ捨ててから一息つく。
「これで用がひとつ済んだ。あとは連れ出すだけ……」
三男が苦しみだしたのは、その時だった。
「がっ……うあああああ!」
「な、なにごと!?」
少年は驚いた。なにせ霊薬になにか副作用があるだなんて聞いていなかったからだ。
(おいおい……! まぁ保護っつってた以上死にはしないんだろうけど、だからってこういうことは事前に――って)
直後、少年の驚きが深まる。淡く漂う”光”に気づいて。
「ちょい待ち! なんで体光ってんの!?」
「かっ……あ、ぐぅ……っ!」
三男の体は、いつの間にか淡い蒼色の光を纏っていた。そしてすぐに――彼の体は”変身”を始めた。
そう。それは正しく変身という他なかった。
少年より大きかったはずのその体が、まるで成長を巻き戻すかのように縮んでいく。すると相対的に彼が着ていた寝巻きの丈は余り、ぶかぶかになっていく。
そして端正ながらも男性らしく角のあった顔もまた幼く……というより、柔らかくなっていく。単純な幼さとは似て非なる、綺麗な曲線で縁取られた小顔へと変貌していく。
蒼い月光に照らされて、そして蒼い光に包まれて、人間の体が変わっていく。その光景はあまりにも非現実的で、少年はただ呆然と見つめることしかできなくて。
「……は?」
気づけば少年の目の前には、ひとりの”少女”がぐったりと横たわっていた。
すでに体の発光は収まっていたが、代わりに月明かりがその姿を照らしている。少年の視線はなんとなく、地面を流れる金の長髪へと吸い込まれていった。月光を照り返して、視界の中心できらきらと金色が煌めく。
(なんだ、これ)
金の長髪は首元で束ねられている。首は細く、唇は小さくも肉厚で、そこから呼気が静かに漏れている。
少女は、どこもかしこも曲線でできていた。
例えばぷっくりとした唇もそうだし、滑らかな頬も、そして綺麗な弧を描く瞼も……ぼんやり眺めている内に、少女……あるいは三男の目が開いた。
変身を遂げてもなお蒼い瞳。それが蒼月の光と重なって、宝石のようにちかちかと。
「なにを、した」
その問いは、少女特有の清らかな声音で紡がれた。少年ははっと我に返ると、すぐに上ずった声を出す。
「な、なにをって……なんだろう……」
少年もまた混乱の中にあった。当然だ。なにせこんな現象、彼だって初めて見たのだから。
しかし三男……三男? はそんなことを知るよしもなく、疲労で息を荒げながらも少年へと問いかける。
「毒か、これは……」
少年はしどろもどろに答える。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……」
「なんだそのふわっとした回答は……!?」
三男は怒りながら上半身を起こして――ふと、固まった。
1秒、2秒、3秒……おそるおそる、口を開いて、喉を震わせる。
「なんだ。なんだ。なんだ、この声」
三男はゆっくりと両手を見た……ぶかぶかになった寝巻きの中に隠れていた。慌てて袖をまくった。細くか弱い、少女らしい手が中から出てきた。慌てて胸を触った。なにかある。思わず股をきゅっと閉じた。なにもない。
少女は叫んだ。
「な、な、な……本当になにをしたんだぁ!?」
「むしろ聞きたいのは! 俺!!」
少女と少年。2人の背後から別の怒号が割り込んできたのはその直後だった。
「そこか賊めぇ!」
「今度はなんだクソがーーーーー!」
少年がぶちぎれながら背後を向けば、そこには一人の兵士が立っていた。彼は剣を突き付けながら声を荒げる。
「ニルヴェア様の部屋で何をしているか! この賊……め……?」
と、兵士の視線がおろおろ泳ぎだした。その視界には賊と思わしき少年が1人……と、もう1人。
「ニルヴェア……様……?」
兵士の困惑、その隙を突いて少年が動いた。
「こうなったらヤケだこの野郎! てめぇの主人が人質だぁ!」
少年の行動は早かった。三男もとい、少女もとい、『ニルヴェア様』の首根っこをがっちりとロックして立ち上がったのだ。
「うわぁ!」
突然の拘束にニルヴェアが驚いた一方、少年も実は別の意味で驚いていた。
(うわ、なんか、ふわっと花の香りみたいな、いや坊ちゃんなんだし良い石鹸とか使ってるってだけだろこいつは男!!!)
少年は降ってわいた思春期を全力で抑えつける。その一方でニルヴェアは――ごくりと息を飲んでいた。
「っ……!」
なぜなら彼女の首筋には、いつの間にか銀色の
「いつの、まに」
少年がいつナイフを出して、突きつけてきたのか。ニルヴェアの目にはなにひとつ捉えられていなくて。
「ぼさっとしてんな! 主人を殺されたくなきゃ道を開けろ!」
少年の脅しに、
だがしかし、脅された兵士は……その場でおろおろするばかりだった。
「な、なにを言っている!?」
「はぁ!? だからこいつが人質だって――」
「そんな、わけっ……ないだろう!」
「「なっ……」」
人質を取った方も、そして人質になった方も絶句するという珍事であった。
だが……事の真相を知らぬは兵士のみ。そう、彼だけは何も知らなかったのだ。
「ニルヴェア様は男だぞ! そんなことも知らずこの屋敷に忍び込み、偽の人質で我々を騙そうとは……益々許せんぞこの賊どもめ!」
………………………………。
「「あーーーーーー!!」」
二人はようやく、致命的な誤算に気がついた。
「お前なんなんだよ早く男に戻れよ!」
「お前がやったんだろーーー! ていうか僕まで賊扱いされてるじゃないか早く戻せ馬鹿!」
「戻せるんだったらそうしてるわバーカバーカ!」
いきなり口喧嘩を始めた少年少女。そして1人置いていかれた兵士。
「なんだ……仲間割れか……?」
「「仲間じゃない!!」」
「な、なんなんだ貴様ら……! 子供だからといって甘く見ればつけあがりおって! 少々手荒になるが、力ずくでも……」
そのとき、部屋の外からさらに別の声と影が飛び込んできた。
「何が起きた! 今大きな声が聞こえたが……」
廊下の向こうから現れたのはもう一人の兵士だった。少年はすぐに「ちっ」と舌を打った。
「こんなとこでもたついてるから……!」
そんな悪態を突きつつも、しかし脳裏にふと懸念が過ぎる。
(なんか色々あって忘れてたけど、よく考えりゃこんだけもたついてるのに増援がたった1人って、なんつうか……)
そうこうしてる間にも、兵士たちは勝手に話を進めていく。
「あの賊どもを捕えるぞ。手伝ってくれ!」
「了解した……」
なんて会話を耳に入れながら、少年は考える。
(しゃあない。気は進まないけど力づくでこじ開けて……ん?)
そのときふと目に付いたのは、あとからやってきた方の兵士の動きだった。その直後――少年は咄嗟に叫ぶ。
「あぶない、後ろ!」
その警告は、最初の兵士に向けられたものだった。
「なにを、うわっ!?」
警告は間に合った。兵士はその手に持った剣でなんとか受け止めることができたのだ――あとから来た、仲間だったはずの兵士の剣撃を。
「お前、裏切ったのか……!」
受け止めた兵士の言葉に、しかし裏切った兵士は答えない。代わりに顎をくいっと動かした。ドアの方へと。それはまるで、
「外に出ろってか」
意図を理解し、少年は不快そうに呟いた。そしてすぐに思考を巡らせる。
(内通者がいるなんて聞いてない。同士討ちも予定にない。そうだ。屋敷に忍び込んでいきなり見つかったのだって、霊薬のことだって。予定外が4つもあれば……)
そんな思考を、しかし少女の甲高い声が切り裂く。
「そうか、これもお前の手引きか! 僕だけじゃ飽き足らず屋敷にまで混乱を――」
しかしその瞬間、弾かれるように少年が動き出す。
「こうなったらしゃあねぇな! まずは動いてから考えるのがナガレの流儀だ!」
「ナガレ!? まさか、お前は――うわぁ!」
ニルヴェアの悲鳴と共に、その体がひょいと持ち上げられた。両手で抱えられた、いわゆるお姫様抱っこ……からさらにひょいっと。
「おわー!? おい! 馬鹿! おろせ! 馬鹿!」
よりにもよって尻を前に出す不格好で、少年の左肩へと担がれた。ニルヴェアは耐え難い恥辱に頬を染めて足をバタバタさせるが、そこに少年の一喝が飛ぶ。
「体格的に結構しんどいんだよこれ! 頭から落ちて死にたいならいいけどさ!」
「っ!」
ニルヴェアの口がきゅっと閉じた。それを合図に、少年が走り出した。鍔競り合いを続ける兵士たちの横を一気にすり抜けて廊下へと出る。
するとそこは――すでに、戦場と化していた。
廊下の壁面に灯された明かりはまばらで、視界はやや薄暗い。だがそれでもはっきりと見えた。同じ格好をした兵士たちが、仲間同士だったはずの兵士たちがそこかしこで争い合っている惨状が。
「マジかよ……」
唖然とする少年の肩の上。ニルヴェアもまた体を捻って顔を向けて、その惨状を目に焼き付けている。
「そんな。なぜ皆が、こんなに裏切り者が。嘘だ。そんな、屋敷の人たちは、皆」
「いや、たぶん直接の裏切り者って意味じゃ精々2、3人ぐらいだろ。ただそいつらに手引きされた”賊”が結構な数入り込んでる、かもな」
「賊って……お前こそが賊じゃないのか! 現にさっきの男だってお前に合図を」
「状況が知りたい」
すっと差し込まれたその一言は、いやに冷たい音をしていた。少なくともニルヴェアはそう感じた。
「俺もお前も、それは一緒だろ?」
ニルヴェアの肌にほんのわずかだが、確かな寒気が走った。彼女は内心で思う。
(なんだ、こいつは)
少年は明らかに”少年”だった。女になったニルヴェアとおよそ同じ体格で、自分が今こうして担がれてるのも不思議なくらいで、それに声変わりだってろくにしていない。なのに彼の声はどこか、なにか、
(まるで刃みたいだ)
首筋に刃を突きつけられたように、脳が一気に冷えていった。
ニルヴェアは結局なにも言えなかった。そしてその無言を肯定と捉えたのか、少年は再び走り出した。
少年は仲間同士で争っている兵士の脇をするりと抜けて、軽やかに廊下を駆け抜けながら再び喋りかけてくる。
「なにがどうなってるのか、真相なら先に進めば分かるだろ。だから先に自己紹介だけしといてやる」
その言葉を聞いて、ニルヴェアの中でひとつの疑問が芽生えた。だから彼女は問いかけることにした。だが声は荒げず、あくまでも少年の走りを邪魔しないようゆっくりと。
「お前は『旅客民』なんだよな。おそらく誰かから依頼を受けて、しかしどうやら騙されたらしい……お前の言い分はそんなところか?」
「……へぇ。やっぱ坊ちゃんのわりに良い度胸してるな。ん? 今は嬢ちゃんか」
「お、お前なぁ! 僕だって分家とは言え武人の名家たるブレイゼル家の男子だぞ! これ以上の侮辱は――」
と、少年の足が止まった。「ふぎゃっ」とニルヴェアの声も途切れた。その原因は、眼前に現れた兵士にあった。
「見かけない顔め、てめぇも侵入者だな! この俺が来たからにはぁ!」
兵士は屋敷1階へと続く下り階段の半ばで待ち受けていた。少年の進路もまた、その階段の先にあった。ならば道はひとつしかない。
少年は左腕でニルヴェアを担いだまま空いている右手を背中へと回し、そしてニルヴェアへと語る。
「ひとつ言っとく。俺は『旅客民』じゃなくて『ナガレ』だ」
「は? ナガレってあくまでも別称だろ!」
少年の右手がその背に背負った”武器”、その取っ手を掴む。ニルヴェアはそれを視線で追い、目を凝らしてじっと見つめる。
(薄暗くてよく見えないけど、まるで長い棒のような……)
その武器は、少年の腰に巻かれているベルトに差さっていた。だが少年はそのベルトから、武器を勢いよく引き抜いて。
「旅客民って呼び方はダサい。かっこいい方が気合入るだろ、なんだってさ!」
叫びと共に振りかざす。壁の明かりに照らされて、武器の姿が露わになった。
複雑な機構を秘めた機関部。そこから真っ直ぐに伸びた銃身。それを見てニルヴェアが声を上げる。
「『琥珀銃』……!?」
瞬間、その銃口に紅色の光がばちばちと収束し、少年の顔を照らし出した。赤銅色の髪が風になびき、大きな口が獰猛な笑みを形作っていた。
「改めて、自己紹介だ」
――旅客民。
それは生粋の旅人を指す総称だ。彼らはこの大陸の住民でありながらも、あらゆる領において部外者とされている。
彼らは壁の内側で暮らす他の民と違い、街や領ではなく大陸そのものに奉仕する。街に籠る民の代わりに獣を狩り、日銭を稼ぎ、その日暮らしで生きる義務と権利を謳歌するのだ。
彼らは浪漫溢れる冒険者か、はたまた卑しい浮浪者か。
とにもかくにも人々は、あるいは彼ら自身もまた、憧れ、感心、嘲笑、侮蔑……様々な意味を込めてこうも呼ぶ。大陸に古来より存在する『流れの民』という概念を受け継いで。
「俺はレイズ――『ナガレ』のレイズだ!」
自己紹介と共に、弾丸が解き放たれた。凝縮された紅い光が一直線に飛んでいく。
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