4-5 突入と激突
グラド大陸に生きる人類の技術を遥かに超越した旧文明の遺産。それを動力に青空を飛ぶ巨大な戦艦……の側面近くを、戦艦から見れば随分とちっぽけな、卵のような飛空艇が飛んでいた。ブロードいわく魔の大陸の技術を応用したという、これはこれで胡散臭い飛空艇の中から。
「戦艦ヴァルフレア、ねぇ……」
後部座席に座っているレイズが、戦艦の側面を眺めて呟いた。彼の視線の先、側面の一部分には金属製のネームプレートが貼られており、そこに彫られている名こそが今しがたレイズが呟いたものであった。
「自分の名前を戦艦に付けるってなぁ、随分と自己主張が激しく見えるけど……」
と、レイズの隣からすぐに返答が飛んでくる。
「確かに自己主張は強いけど、たぶん権威とか自慢とは別物じゃないかな」
もちろん、ニルヴェアであった。
「まぁお前がそういうならいいけどよ……とにかく、追いついたはいいけど側面からこっそり乗り込むのは無理みてーだな」
レイズが声をかけたのは前方の運転席。そこに座る
「だね。こうなったら真っ向から……真上の甲板から突っ込むことになるけど、覚悟はいい?」
するとレイズが、そしてブロードの隣に座っているアカツキも頷く。
「元よりそのつもりでござるよ」「派手に乗り込んでやろうぜ!」
しかしニルヴェアだけは……少し遅れて、軽く挙手をして。
「あの、ひとつ質問があるんですが……この
◇■◇
戦艦の上部のおよそ半分近くを占めるだだっ広い甲板。そこには漆黒の鎧を纏った騎士がひとり、空を見上げて立っていた。
「……む?」
やがて黒騎士エグニダは気がついた。戦艦の頭上を旋回しつつ甲板へと近づいてくる、卵型の飛空艇の存在に。
「あれは……もしや越警の飛空艇というやつか? ふん、三流記者め。大人しくしていれば助かった命を……」
ふと、真っ黒な瞳が大きく開いた……エグニダの視界は捉えていたのだ。飛空艇の中から垣間見える、赤銅色と金色の髪を。
「馬鹿な。あの少年、暴走を抑えたのか……? それに人造偽人も。王に斬られたはずでは……?」
しかしすぐにふっと笑みを作って気を取り直すと、鎧の腰に付けていた布袋からひとつの鉱石を取り出した。まるで宝石のような純黒に宿るは、遺産を律する奇跡の力。
「丁度良い。ここで少年の遺産を暴走させれば、今度こそあの飛空艇もろとも一網打尽というわけだ!」
言っている間にも飛空艇は徐々にその高度を下げてきている。しかしエグニダは動じない。むしろ真っ向から迎え撃つように祈石を左手に掲げた。エグニダの意思を汲み取って、黒色の内から白い光が滲みでる――
「白騎士、いや黒騎士エグニダー!」
突如聞こえたその声は、女のものであった。まだ上空だというのになぜか徐々に開いていく飛空艇の出入口。その向こうから聞こえてきていた。
「……なにをする気だ?」
眉にしわを寄せたエグニダの視線の先で飛空艇のハッチが開ききった。すると姿を現したのは、2本の脚で堂々と立つ金髪蒼眼の――
「どっせぇぇぇぇい!」
少女が突然、上空から飛び蹴りもとい飛び降り蹴りをぶっ放してきた。
「……阿呆か」
ぐんぐん近づいてくる少女の靴底。しかしエグニダは冷静に対処する。祈石を持つ左手を引いて、代わりに右手を伸ばし、鎧に包まれた五指を開いた。
それだけで、少女の蹴りはがつんっと止まった。手のひらを押しこむ蹴り足を、エグニダはそのまま五指でぐわしと掴んだ。
「お元気そうでなによりです、ニルヴェア様。しかしせっかく助かった命をこんな戯れに」
「――使える物はなんでも使うのがナガレの流儀」
エグニダの眼前で、ニルヴェアが鋭く歯を剥いて笑った。
「僕の命も例外じゃないってね」
ニルヴェアの手から、するりとなにかが放り投げられた――エグニダの左手。そこに掴まれている祈石へと向かって。
それはぱっと見では、金属質の丸い球体のようであった。
(爆弾か? だがその程度のサイズで俺の手を吹き飛ばせると思ったか。それに祈石自体の強度も相当な……)
と、球体の表面にいきなり光が走った。ぼわっと浮かび上がった幾何学模様のラインが、エグニダの脳裏に閃きを走らせる。
(琥珀の光!? あれは、まさか)
エグニダの思考はそこで止まった。なぜならニルヴェアの放り投げた球体に、いきなり上空から飛来してきた紅い光弾が着弾したからだ――瞬間、光が瞬き爆発が生まれた。エグニダの左手を、祈石ごと呑み込んで。
「うおぉぉぉぉ!?」
インパクト・ボム。
レイズが秘密兵器として用意していた最後の1発が炎を風を、そして砕けた祈石の欠片をあちらこちらに撒き散らした。
「まさか、旅の目的を、自分から……っ!?」
エグニダはそこでようやく気がついた。インパクト・ボムに釣られて右手による拘束を緩めていたことに。捕えていたはずの少女に、銃口を向けられていたことに。
少女の声が、そして銃口が吠える。
「顔なんて出してるから!」
パンパンパンッ! ハンドガンが3度音を鳴らし、豆鉄砲のような弾丸を飛ばした。当たってもちょっと火傷するだけ。それが鎧なら当たっていないのと同じであろう。だけど、当たり所が悪ければ?
たとえば兜を着けていない素顔の騎士、その右目の中に入りこんだりでもしたら?
「うがぁっ!」
エグニダが悲鳴を上げて右目を押さえた。それと同時にニルヴェアが跳び、甲板へと着地した。
さらにその後ろでは飛空艇が甲板に降り立ち、すぐに中からレイズが飛びだしてくる。
「『そこをどけ』って言ったろ黒騎士! 行くぞニア!」
そしてブロードもまた、レイズと共に。
「内部への扉を爆破する! そのまま一気に突入だ!」
ブロードとレイズがエグニダの脇を通り抜け、さらにニルヴェアもそれについていく。生意気な捨て台詞を吐きながら。
「黒騎士なんてセンス悪い。白騎士の方がかっこよかったぞ!」
「ちぃっ! 貴様ら、逃がすか……!」
エグニダはすぐに追いかけようとした。インパクト・ボムによりひしゃけて原型を失った左手をぶんと振りかざして、右手は背中に背負った大剣を握りしめる。しかし、
「少々付き合ってもらうぞ、人外の騎士よ」
立ちはだかるはぼろ布纏った女侍。その姿勢は一刀の届く全てを両断する居合の構え。
騎士は見えなくとも引かれた一線に思わず足を止められながら、それでも毎度のごとく大胆不敵な笑みを見せる。
「全くもって都合がいい。俺もお前と遊びたかったところだ!」
対峙する騎士と侍。試合を告げる合図を鳴らすかのように、甲板の奥から大きな爆破音が響いた。
◇■◇
ブロードの爆弾で扉を吹き飛ばして階段を少し降りれば、あとは1本道が続くばかりであった。先が見えないほどに長いその通路を観察しながらブロードが言う。
「空を飛んでるからインパクトこそあるけど、普通の戦艦としてみれば小規模な方かな。シンプルに考えれば奥の方に指令室的なものがあるはずだ」
「これは直感ですけど、こういうとき兄上は1番奥で待ち構えていると思います」
「だったら突っ切るしかねーな。ブロードさんもそれでいいか?」
「こうなったら直感でもなんでも信じさせてもらうよ。だからさ……」
がしゃんっ!
突如地面を鳴らして3人の前に現れたのは、またもや機械兵であった。どうやら天井に張り付いていて、侵入者に反応する形で現れたらしい、が。
「殴る蹴るは、あまり趣味じゃないんだけどねっ!」
機械兵の顔面にはすかさず蹴りが撃ち込まれ、鋼鉄の体が音を立てて通路を転がっていく。
綺麗なハイキックを撃ち込んた直後、その姿勢のままでブロードが叫ぶ。
「僕はこのまま船内の雑魚を片付ける、だから2人とも!」
「了解!」「サンキュー!」
よたよたと起き上がろうとする機械兵。その横を少年少女はあっという間に通り過ぎて、一気に通路を駆け抜けていく。だがそれに反応するように、次々と機械兵が通路に落ちてきて。
「せいっ!」「どけっ!」
ニルヴェアの蹴りが、レイズの光弾が、次々と機械兵をなぎ倒していった。だが騒動は騒動を、敵は新たな敵を呼び寄せるものだ。通路の側面にいくつもある扉が開いて、今度は人間が次々と姿を現した。ある者は騎士のような鎧姿と剣を持ち、ある者は黒ずくめの装束に琥珀銃を構えて。
「なにがあった!?」「侵入者だと! こんな上空で!?」
1本道にぞろぞろと現れた騎士と神威の混成軍らしき面々は、床に転がった機械兵を見て、次に奥へと走っていく少年少女を見て、すぐさま彼らを追いかけようとするが……その背後から、巨大なレンチが飛んできた。越警印の試作武装ことワイヤーアームは騎士の1人に喰らいつくと、その鎧にバチバチと激しく電流を流し込んだ。
「おぎゃっ!」
痛々しい悲鳴&どさりと人が倒れた音=その場の全員の視線がブロードの方へと大集中。
ブロードはすっかり注目の的となりながらも、あえて目立つよう大振りな動作でワイヤーアームを引き戻し、堂々と恰好をつけようとする。
「悪いけどそっちは通行禁止だ。通りたくばこの僕を――」
「エグニダ様が甲板で戦っているようだぞ!」
「なにっ、我々はそちらの援護に向かうぞ!」
ブロードの背後から、つまり甲板側からもなんか色々聞こえてきた。
「ああもう、前も後ろもぞろぞろと!」
ブロードは素早く手持ちのポーチを漁ると、先ほど扉をぶっ飛ばしたときにも使用した爆弾を2個ほど適当に取り出して放り投げた。今にも甲板へ向かおうとする兵士たちの道を塞ぐように……そしてそのまま愛用の
「インパクト・ボムほどの威力はないけどね!」
連射連射連射! 無数の弾丸が爆弾を叩いた。本来は無線でスイッチを入れるのだが、今回は熱と衝撃で強引に――爆破!
瞬間、通路に壁を作るように炎が膨れ上がり、兵士たちを堰き止めあるいは薙ぎ払った。さらに爆風が狭い通路を激しく叩き「こっち来るな……ぎゃっ!」通路内の兵士が転んで、絡み合い、混乱が広がっていく。
それでも優男1人だけはしっかりと踏ん張っていた。鈍色のオールバックも決して崩れることはない。
「悪いけど、そっちも通行禁止なんだ」
◇■◇
最奥の扉は、まるで少年少女の到着を出迎えるかのように勝手に開いた。
天井から降ってきた機械兵と同じようになんらかの方法で人間を感知したのか、それとも別の技術なのかは少年少女には見当もつかないが、しかし今更それをつける必要もないだろう。
なぜならば最奥の部屋に入り込んだ2人を出迎えたのは、他でもない剣帝ヴァルフレア・ブレイゼルなのだから。
ヴァルフレアが立つその室内は、ただシンプルに広々とした空間であった。小さな操作盤らしき設備こそヴァルフレアの背に置いてあるものの、他に特筆すべきものはなく、あとは青空を一望できる広々とした天窓がヴァルフレアの背後の壁を中心に広がっているばかり。
ヴァルフレアが、口を開く。
「やはりと言うべきか、まさかと言うべきか……」
その言葉と共に、レイズとニルヴェアの背後でぱしゅんっ、と扉が勝手に閉まる音がした。しかし2人はそちらには見向きもせず、ヴァルフレアへと視線を集中させる。
「はっ。マジで馬鹿正直に待ち構えてるたあな」
「兄上……」
「生きていたか、旅客民のレイズ。それに……」
剣のように鋭い瞳が、無感情にニルヴェアを刺し貫いた。
「
しかし蒼の瞳もまた1歩も引かない。
「おかげさまで元気いっぱいですよ。それよりも兄上、ひとつお聞きします」
むしろ1歩踏み込んでから問いかける。
「父を殺し、屋敷を襲い、僕から人造偽人の力を奪い取って……それでなにを為さるおつもりなのですか!」
レイズはこっそりツッコミを入れる。
「いや直球で聞くなお前」
「この大陸を統べ、唯一無二の王となる」
「いや答えんのかよ……」
レイズはこっそりツッコミを入れた。
「兄上はこういうお方だ」
「お前はなんでちょっとドヤ顔してんだよ」
レイズは律義にツッコミきってから、ヴァルフレアへと向き直る。
「王になるってどーいうこった。この大陸じゃもう”国”って概念すらねーだろ。少なくとも、条約に属してる領においてはな」
「ならば簡単な話だ。条約そのものを破壊すればいい」
「随分とご大層な目標だ。じゃあこの戦艦は大陸を統べるための力ってか?」
「そういうことだ。どうやら途中で抽出を阻止されたがゆえに想定の8割程度の出力となったようだが、それでも計画に支障はない。俺はこの戦艦の力を持って――今から首都ひとつを消し飛ばしに行く。この戦艦の主砲には、それが行えるだけの威力がある」
「――っ!?」
ヴァルフレアの言葉ひとつが、レイズの背筋に悪寒を走らせた。
(マジでそんなことやろうってのか、こいつは)
ナガレの直感が理屈を超えて、レイズになにかを訴えかけてくる。謎の焦燥に急かされて、レイズはつい問いかけてしまう。
「アンタなに言ってんだ。都市ひとつって……」
いつか、黒騎士が語っていた。
――数千、いや数万を越える大陸最大の災厄と化す!
「マジで災厄を起こそうってのか! そんなことしたら王になるどころか大悪党――」
「目標は『アズラム領』が首都、『波の都アズラム』」
「っ!」
ヴァルフレアは有無も言わさず、淡々と語っていく。
「グラド大陸最大の港湾都市。海上、河川といった水上における運輸の要にして、大陸有数の観光地としても知られている」
まるで辞書の内容でも読み上げるように、己の計画をすらすらと述べていく。
「波の都上空に到達後、避難勧告。3時間の猶予をもって、残存者の有無を問わず波の都を消滅させる――これは報復だ。我が父、ゼルネイア・ブレイゼルを……そして我が弟、ニルヴェア・レプリ・ブレイゼルを殺した波の都への、な」
レイズは一瞬、その言葉の意図を理解できなかった……しかしすぐその真意に気づく。
「まさか、全部の濡れ衣を押し付けようっていうのか」
「”証拠”は都ごと消し飛んでいる。ならば大陸中に蔓延る神威のネットワークを使えば裏工作など容易い。そうして罪を明らかにすることに重ねて、父と弟の死を使いブレイゼル領の世論を先導させ、領一丸となって条約に、大陸全土に反旗を翻す」
「馬鹿か、アンタは馬鹿だ」
そう言ったレイズの声は、しかし震えていた。
「それにすげー大雑把だ。マジでそんな計画が通るとでも……」
「まかり通す」
ヴァルフレアの断言が、レイズの疑問を断ち切った。
「元より我が領は国である時代から剣を、ひいては武を貴んできた。その武を縛る条約に不満を持つ貴族や騎士たちは数多く存在し、そして彼らとはすでに密命を結んでいる。あるいは、領外のそれともな。ゆえに領の民全てが覆らなくとも構わない。最低限でも密命を結んでいる戦力と、神威と、俺自身と、なによりこの戦艦の力があれば大陸の制圧を成せる算段だ」
「……本気で、本気で全部に喧嘩を売るつもりなのかよ、アンタは」
レイズの頬につぅ……と一筋の冷や汗が流れる。雫に頬を撫でられて、レイズはようやく気がついた。いつのまにか自らの息が詰まっていたことに。
(会話ひとつで気圧されてんの、か? はっ、らしくねぇな……)
すぅ、はぁ、と一度息を吸って、吐いて、平静を取り戻し――ガラララララララ! けたたましい音と共に、視界が一瞬で暗闇に落ちた。
「!?」
意識が落ちた、わけではない。手は動く。足も動く。と、いきなり天井の明かりがバッと点いて視界が眩しく点滅した。
「っ!」
レイズは急いで瞬きを数回、視界の調子を取り戻す。するとようやく目の前の光景がはっきりと見えてきた。
「知ったからには……というわけではないが」
ヴァルフレアは押していた。背後の壁から出っ張っている小さな操作盤。そこの表面に有るガラスで覆われたスイッチを、ガラスごと叩いて押していた。
そして間違いなくそのスイッチのせいだろう。先ほどまで青空を映していた天窓も、そして背後の自動扉も、全てが鉄製のシャッターに覆われていた。
「お前たちを逃がす気はない」
「だろうな……」
「俺も逃げる気はない」
「!?」
「言うなれば
濃い鼠色。剣の鋼にも似た色。鈍色の瞳が、レイズをぎらりと睨みつけた。その途端、レイズの全身にぶわりと激しい怖気が走った。
(冗談じゃ、ねぇ!)
レイズは怖気を振り払うように、あえてニヒルな笑みを形作って生意気な態度を見せる。
「はっ、なんだよ。こんな戦艦の最奥なんだし指令室みたいな場所じゃねーのここって? いいのかよ、そんな遠慮なく戦って。ほんとに壊しちまうぞ?」
「構わない。ここに航行を司る機能は一切ないからな。無論、罠も存在しない」
「はぁ? ここはアンタの本拠地だろ。一体なにを……」
「ずっと考えていたんだ。数多の死線を潜り抜け、この戦艦まで追いつき、俺の目の前に立ちはだかる。そんな敵がもし存在したのなら……それを真っ向から断ち切らねば、きっと俺に王になる資格はないのだと」
鈍色の瞳は、レイズをじっと見つめている。
(なんだ、これは)
レイズは違和感を感じた……違う、本当はずっと感じていた。ヴァルフレアと対面したその瞬間から。
(息が苦しい)
そんな気がする。
(全身が重い)
そんな気がする。
(まるで風邪でも引いたみてーな……)
それは、熱に浮かされたような倦怠感にも似ていた。
(まさか……そこまで剣帝の野望とやらに気圧されてるのか? 馬鹿言えよ。条約とか王になるとかなんて、俺には知ったこっちゃない。いずれにせよこいつをぶっ倒せばそれで終わりなんだ。しかもなんだ、この部屋には罠がないだって? そんなの好都合じゃねーか。そうだ、元々逃げるつもりもなかったんだ。べつになにも変わらない、のになんだ……)
レイズが違和感の正体を探り続ける最中、今度はヴァルフレアから問いが飛んでくる。
「質問はもう終わりか? それとももう問答は飽きたか……お互いに」
その瞬間、レイズは感じる。全身がまた一段と重くなるのを。
(また、だ。こいつ、なにを――)
しかし不意に耳に届く。凛とした少女の声が。
「――どうでもいい」
それだけで、レイズの全身から倦怠感がかき消えた。
「ニア……」
レイズの相棒には、そもそも倦怠感など微塵もなかった。彼女は四肢に力を漲らせて、ヴァルフレアを強く睨みつけていた。
「貴方がなにを企んでいようと、僕らのやるべきことは変わらない」
「質問したのはお前だろう、人造偽人」
「あれは義理です。事件に巻き込まれた屋敷のみんなと殺されたアイーナに、僕はその全てを明らかにすると誓った。だけど……それだけだ」
敵は大陸最強の剣士。ここは逃げ場のない闘技場。だとしても、ニルヴェアは前に踏み込み拳を掲げる。
「僕が僕としてやるべきことは、なにがあろうとも変わらない!」
全てを貫きまかり通す、ただそのためだけに。
「ニルヴェア・レプリ・ブレイゼルの名に懸けて、剣帝ヴァルフレア・ブレイゼル! 貴方を一発、ぶん殴る!!」
その宣言に呼応して、レイズが獰猛な笑みを見せる。
「……ふはっ!」
少年の顔には、完全に活力が戻っていた。
しかしヴァルフレアだけはただ無言で、なにも変わらない無表情で……己が武器に手をかける。二対の鞘型の琥珀武器。そこに収まった二対の双剣の柄に。
「あまりにも中途半端だ」
二対の剣が鞘から抜かれ、刀身を露わにする。天井の光をぎらりと返し、薄く鋭い刃が姿を現した。
「『殺す』の一言すら言えない者に、ここへ来る資格はない」
ヴァルフレアは双剣をその場で一度振った。空を断ち斬る音がぶんと、脅すように一鳴りしたが、しかしニルヴェアは動じない。
「資格なんて知ったことか」
その断言にレイズも続く。
「アンタ、話聞いてなかったのかよ」
ヴァルフレアはすでに戦闘態勢へと移行していた。抜き放った双剣を浅く握り、両腕をだらりと垂らして、静かな1歩を踏み出した。
しかしレイズもまた両の手に炎を纏い、その両手を突き出しながら吠え猛る。
「俺の相棒は『ぶん殴る』って言ったんだ!」
紅き炎が迸り、開戦の合図を告げた。
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