4-4 ここでクイズと勝算と
なんやかんや話しているうちに、飛空戦艦とやらはすっかり見えなくなってしまった。というわけでさっさと出ようとっとと行こう、とレイズはふと思い出す。
「つか外に出る1本道は黒騎士のやつが爆破して塞ぎやがったんだけど、どーすんのさアレ」
「まぁ爆破で塞がれたんなら爆破でどかすのが筋じゃない?」
「は?」
ブロードの爆弾が瓦礫をぶっ飛ばして道を拓いた。
「よし!」
満足げなブロードの後ろで、ナガレ2名がこそこそ話し合う。
「なぁあの人って爆弾魔かなんかなの?」
「そうそう。あやつはどうも、なんでも爆破すれば解決できると思ってる節があるようでな」
「こらそこのナガレたち! 人聞きの悪いことを言うのはやめなさい! そんな好きで使ってるわけじゃないよ。ただ便利ってだけだ。非力でも威力出せるし応用だってかなり効くし……」
((やっぱ好きなんじゃん))
◇■◇
そんなこんなで遺跡近くの林の中。適当な茂みに隠してあった飛空艇を引っ張り出して、一行は戦艦へと向かう準備を始めた。ブロードいわく、
「ここである程度時間を使っても追いつけるから、そこは心配しなくていいよ。それよりも……あの戦艦を飛ばすことがヴァルフレアの真の目的だっていうなら、つまりは戦艦を潰せばようやく決着が着くわけだ。彼もあの戦艦の中にいるだろうし……だからみんな、準備は怠らないようにね」
ということだったが、とはいえアカツキやニルヴェアは元より荷物が少ない。ブロードもさして道具を消耗していない。というわけで、時間は主にレイズの治療と彼の道具類の準備に充てられることとなった。
バイクや
「いいってアカツキ、自分でやるってあだっ!」
「あまり動くな、背中の方まで火傷が回っておるのだぞ。いくらおぬしが火に強いとはいえ……念のために火傷用の薬を持ってきたのは正解だったか」
アカツキがレイズを座らせ、半分ほど焼失した衣服を脱がせて、右半身の火傷部分を塗り薬やら包帯やらで治療している。その傍らで、
「レイズー、予備のベルトってこれのことか?」
「そーそー。それに小さいポーチが付いてるだろ? そこに閃光と煙が2つずつ入るはずだからな」
「分かった。それとナイフや銃のホルスターはどうするんだ? 前のベルトからこっちに付け替えといていいのか?」
「じゃあついでに頼むわ」
「了解!」
ニルヴェアはレイズの指示を受けて、彼のバイクに積まれている荷から予備のベルトや道具を取り出していた。そんな彼女の足下にはレイズが元々身に着けていた衣類やベルトが転がっている。正確には、暴走の際に燃え残った元衣類や元ベルトであるのだが。
「そうだニア。ついでに服の換えも出してくんね? ただの防護用だけど予備のベストも一応入ってるから、それも一緒にさ」
「おっけー。えっと、服類はたしかここら辺に……あ。ついでに僕のも出しとくか。ベストごと兄上に斬られたわけだしな……」
などと呟きながらバイクの荷を解き、衣類を引っ張り出していく。しかしそんなニルヴェアの後ろ姿を、腕を組んでじっと見つめている者がひとりいた。
「……ニルヴェア」
「はい?」
ニルヴェアが何気なく振り返ると、そこにはブロードの真剣な面持ちがあった。
「君が本当はブレイゼル家の遺産であり、しかしその力を抜き取られた今……もう狙われる理由がなくなった今だからこそ、言っておきたいことがある」
「えっと……?」
戸惑うニルヴェアへと、ブロードは単刀直入に告げる。
「僕は君を、飛空艇に乗せるつもりはない」
「え……?」
ニルヴェアはただぽつりと、そう漏らした。一方でレイズはなにも言わず、アカツキもまた治療の手を止めない。
沈黙の中でニルヴェアは少し考えて、それから言う。
「それは僕がここに来たせいで敵の……兄上の目論見が進んでしまったからですか?」
しかしブロードは横に首を振って、否定の意を見せた。
「アカツキたちに協力を仰いだは僕の方だ。そんな彼女らが君をここに連れてきたというのなら、そこは一蓮托生さ。それにそもそもいつだって悪いのは悪事を働く方なんだし、狙われただけの君がそこに責任を感じる必要なんてこれっぽっちもないんだよ」
「だったら!」
「だから、責任を感じて戦う必要もないんだ」
そこには、ただ優しく子供を見守る大人の顔だけがあった。
「戦わなくていいはずの人が、戦わないままでいられる。そのために僕ら越境警護隊はあるんだ。だから……頼む。今度こそ、僕に仕事を全うさせてほしい」
「ブロード、さん……」
ニルヴェアはブロードへと、静かに頭を下げる。
「ありがとうございます。もう何者でもない僕なんかをそんなに心配してくれて」
「何者じゃなくとも君だってこのグラド大陸の住民で、なにより未来ある若者なんだよ」
「はい。でも……だからこそ……」
ニルヴェアは面を上げた。その蒼き瞳は、いつだって前を向いている。
「僕は闘いたいんです。僕自身の、未来のために」
交差する視線と視線……先に目をそらしたのはブロードの方だった。
「はぁ。そういうと思ってたよ……だけど今回ばかりは僕も折れたくない。なにせ相手は剣帝で、しかも逃げ場のない空の上――」
「俺たちはナガレだ」
それは少年の声だった。ブロードが、そしてニルヴェアが振り返ると、レイズが治療を受けながらもまっすぐにブロードを見つめている。
「ブロードさん、アンタはアンタの信念を貫けばいい。だけど俺たちも俺たちの信念を貫く。子供だろうがなんだろうがナガレはナガレだ。だから自分の闘う場所は自分で決める。そうだろ? ニア」
ニア。
それはニルヴェアにナガレとして与えられた、もうひとつの名前である。
「……ああ!」
ニルヴェアは相棒に力強く頷いて、それからブロードへと向き直る。
「貴方の気持ちはすごい嬉しいです。貴方みたいな人が越境警護隊にいるという事実も……だけど、さっきも言った通り今の僕は何者でもない。それなのにここで逃げてしまったら、僕は本当の意味で何者にもなれないと思うんです。だからここだけはなにがなんでも譲れない……僕が僕として、これからを生きるために」
ブロードは言いきられた。だから彼はうつむいて「あぁ、もう……!」なんて嘆きながら頭を掻いて……やがて、ぐっと顔を上げた。
「分かった、こうなったら僕も腹を括る! ただし、さすがにヴァルフレアと直接対決はさせられな」
「あ、それ無理です。兄上はこの手でぶん殴ると決めているので」
「いやぶん殴るって相手は大陸最強の剣」
「俺もそれ手伝うって決めてるから。ニアを連れてかねーなら俺も行かねーぞ」「それじゃあ拙者も~」
「こ、この厄介師弟め……!」
面倒臭いナガレ2人もとい3人に囲まれた三面楚歌。しかしブロードは諦めなかった。
「大体そうは言ってもニルヴェア、君に勝算はあるのか!? たとえその正体が人造偽人という遺産だったとしても、力を抜き取られちゃ一般人も当然だろう!」
その瞬間、ニルヴェアはニヤリと口端を上げた。待ってましたと言わんばかりに。
「ところがどっこい、そうじゃないかもしれません!」
「どころがどっこい!?」
「いや僕もできるか分からないんですけど……ちょっと見ててください」
ニルヴェアはそう言うやいなや、両手のひらを開いて前に突き出した。それから「むむむ……!」となにかを手のひらに込めていく。
すると……ぽっ。ぽぽっ。手のひらに、青白い光が少しずつ灯っていく。それはまるで、レイズが手から炎を放つときのような――ブォン!
「できた!」
突如、手のひらを中心にして蒼色の光の壁が出現した。
それを見て他の3人も『おおっ』と歓声を上げた。いきなり見せられた不可思議な力……その正体にいち早く気づいたのはレイズであった。
「それ、もしかして人造偽人の力ってやつか!?」
「みたいだ。『揺り籠』に力をむりやり引き出されて、そこで初めて僕の中にある力を感じられるようになったんだよ。大半はもう抜き取られたけど、今でも感じるんだ。少しだけ、お腹の下あたりに残っているのが……」
「ふーん、それじゃああれか? ヴァルフレアに斬られたとこの血が止まってるのもその力のおかげか?」
レイズが指を差した先には、×の字に斬られて赤くこびりついた血の跡があった。痛々しい跡ではあるがしかしすでに干乾びており、新たな出血がないのも明らかであった。
「うん。不幸中の幸いってやつ? 力を引き出されたそのついでに体中に力が巡って治ったみたいなんだ。もう全然痛みもないし……」
「――ニア殿」
「アカツキさん?」
返事を返したときには、すでにアカツキはレイズの治療から離れてニルヴェアの――光の壁の目の前に立っていた。
「その壁、というか盾か。しばらくそのまま掲げてもらってもよいか?」
「え? いいですけど……」
「レイズ。治療中にすまないが、おぬしの『光の槍』でこの盾を焼いてみてはくれぬか? 強度や耐性を見ておきたいのでな」
「そういうことか。ま、俺も遺産の調子を見たかったし……」
そう言ってレイズは立ち上がり、そして地面に転がっていた愛銃を手に取ると、遺産の力を銃へと込める……すると銃口に光が収束し、やがて槍の穂先のように尖った。
「っし、ちゃんと安定してる……」
それからレイズは光の槍の先端を、ニルヴェアが展開している『光の盾』へと近づけた。紅光の槍が蒼光の表面をゆっくりと貫く……と思いきや。
「お。こいつは……」
レイズはさらに銃を押しこんでいく。しかし紅光は蒼光に触れたそばから散っていき、一方で蒼光は傷ひとつ付いていない。アカツキがその様子をまじまじと見ながら感想を述べる。
「なるほど。この手の熱やエネルギーへの耐性は相当なものでござるな……レイズ、もういいぞ。下がっておれ」
レイズは素直に光の槍を消して、その場から退いた。すると入れ替わるようにアカツキが光の盾の前にゆるりと立ち――ガキョッ!!!
硬く異様な音が鳴り、ニルヴェアがぽてっと倒れた。そしてその手のひらから、光の盾がふわりと消えた。
「ふむ。さすが遺産の力だけあって凄まじい強度でござるな」
そう納得したアカツキの右手には、1本のサバイバルナイフ……だった前衛芸術が握られていた。すっかり面白いくらいにひしゃけて曲がった刃をしげしげと眺めているアカツキを他所に、レイズが慌ててニルヴェアへと駆け寄る。
「うわー! ニア大丈夫か!?」
「……びっくりした」
「だろうな!」
そしてブロードは額に手を当て呆れていた。
「アカツキ、君はもうちょっとこうさ、前置きとかをさ……」
「いきなり爆弾のスイッチを押させたやつが言うでない。それよりもだブロード。見ての通り、この盾の強度は申し分ないでござろう? たとえ暁ノ一閃でも断ち切れるかどうか……つまり、だ。この盾はヴァルフレアの斬撃、そして鞘型の琥珀武器から放たれる熱線にも耐えうるはずだ」
「……つまり、それだけでも勝算になり得ると?」
「うむ。まぁ強いて言えば……」
アカツキは未だにびっくりしたままのニルヴェアへと目を向けて。
「あとはニア殿の踏ん張り次第でござるな。物理的衝撃のない熱線はともかく、今のような斬撃では盾こそ破れずとも体勢を崩される可能性はある。まぁそれも今、体で覚えたでござろう。なぁニア殿?」
「…………」
ニルヴェアは、まだびっくり顔のままだった。
「……ニア殿?」
「……あの、いい感じに助言してもらったところ申し訳ないんですけど……」
びっくりしたまま。倒れたまま、告げる。
「これ、使い捨てっぽいです」
「「……は?」」
ナガレ師弟がぽかんとした。
「なんか、光が消えた瞬間、体からすっと”力”が抜けて。たぶん、あと6回? くらいじゃないかな、体感的に……」
直後、ブロードが腕を交差させて×印を掲げた。イキイキと、それはもう無駄にイキイキと。
「はい駄目でーす! どんだけ強くても所詮は使い捨ての盾を勝算とは呼べませーん!」
ブロードが全身で無理駄目絶対を示せば、ナガレたちはニルヴェアに向かってあーだこーだと吹き込み始める。
「バッカお前そういうのは黙っときゃいいんだよ!」
「そうでござるよ一度通ってしまえばこっちのもの!」
「こらそこ悪いことを教えない! ともかく、絶対とは言わずともせめて筋が通る勝算のひとつでもない以上はヴァルフレアとなんて戦わせられない! ニルヴェアとレイズ君にはエグニダを、そしてアカツキにヴァルフレアを抑えてもらう。そんで僕はその間に戦艦の制圧だ。そういうのは越警の仕事で慣れてるし、最悪剣帝たちを倒せなくても戦艦さえ奪えれば……」
「敵を知り己を知れば、百戦危うべからず!」
ニルヴェアがなんかいきなり叫びながら、体をばねのように跳ね上げて起き上がってきた。そこにレイズがそっとツッコミを添える。
「またなんか言い出したな」
「この場において、兄上のことを1番知っているのは僕です! つまりこの場の誰よりも、僕は兄上に強い!!」
堂々と胸を張ったニルヴェアに、しかしやはりブロードが立ちはだかる。
「確かに一理ある……あるかな? まぁ百歩譲ってあるとしよう。だけどヴァルフレアに詳しいっていうなら僕の方が詳しいはずだ。なにせ僕はナガレの記者としてヴァルフレアに直接インタビューしたこともあるくらいだからね!」
「兄上に、インタビュー……?」
レイズはこっそり「あっ」なんか察した。しかしなにも察していないブロードは、趣味だと自負する自分の活動について意気揚々と語り始める。
「いやー僕としては隠れ蓑兼趣味のつもりなんだけど、でも意外と仕事があってねぇ。それこそ1か月ぐらい前に発売された週刊誌にもヴァルフレアへのインタビュー記事が載ってるんだよ!」
そこでニルヴェアが、振るえた声で尋ねる。
「もしかして、『ブラク・ワーカ』名義の……?」
「そうそうそれ、読んだのか~! で、どうだった? 中々いいインタビューになったと……」
ニルヴェアの目は、深い憐みと悲しみに満ちていた。
「ここ数年で唯一☆1評価を叩きだした、あの記事の……!?」
「どこの何点評価!?」
「ファンクラブの、会報で、5点中……え、嘘。あんな、インタビューする人へとの予習復習を怠ったどころかただ上っ面をなぞっただけの下賤な質問ばかり並べ立てた、あんな記事で……そんな自信満々に……?」
「ウワーーーー! ごく普通に滅茶苦茶ムカつくーーーー!!」
「ブロード、おぬし……やはり記者の才能ないのでは?」
「うるさいな! だ、大体上っ面をなぞっただけって言うけどな、そもそもヴァルフレアは君を裏切ったんだぞ! もう彼は君の知るヴァルフレアとはちが」
「兄上を舐めないでください!!!」
「ひょえっ」
ブロードは思わず竦み上がってしまった。
(な、なんなんだこの謎の威圧感)
目の前の少女に、威圧感などないはずだ。
きらきらと太陽に輝く羽根飾りを付けた金色のポニーテール。子供らしく可愛らしくも、どこか美人の兆しを感じさせる少女の顔。その印象をさらに明るく魅せる活動的なナガレの衣装は、しかし×の字に裂かれて血がこびりついている。
やはりどこからどう見ても、威圧感の欠片もないはずだ。
だがしかし、その蒼き瞳には確かに宿っていた。おおよそこの場の誰もが理解できないような、得体の知れない情熱が――
「ここでクイズです」
「なんて??」
「第1問!」
「なんで!?」
「兄上は見ての通り僕を1度斬り倒しました。そしてそのとき、あの人はこう呟きました」
――手の震えは本物だった。だがあえて恐怖を飲み込み、それを利用してきたか。なるほど悪くない戦法だが……気力に実力が伴っていないな
「そう。これは知っての通り兄上がよく行う癖です。『戦闘後に自己分析を欠かさず、そしてつい口に出してしまう』これは兄上が幼き頃より続けてきた癖であり、兄上元来の生真面目さと勤勉さ。加えてちょっと天然な気質までもが盛り込まれた素晴らしい癖なことはもはや言うこともありません……が!」
が! もなにも、『知っての通り』のあたりでブロードとレイズは顔を見合わせていたわけだが、そんなの知ったこっちゃない。
「味方にとっては愛すべきこの癖、ならば敵にとってはなんと呼ばれているでしょう!」
ビシッと不躾に指を差されたブロードは、「えぇ……」と心底げんなりしながらも律義に答える。
「えっと……斬られる側からしたら……死神的な、予兆的な……」
「戦闘後ってことはばっさり斬られて死んだあとですよ。予兆もなにもなくないですか?」
「正論だけど釈然としない!」
「重要なのは斬られた敵が、戦闘後に、その分析を聴いていることです。そう、剣帝に斬られてもなおそれを聴いて、生き残っている。つまり……」
ニルヴェアはそう言いながら――なぜか、脱いでいた。
×の字に斬られたベストを脱いで、そこら辺に放り捨てていた。そして脱いだその下には、ベストを貫通して×の字に斬られたシャツがあった。
ニルヴェアはなぜか、その×の隙間に両手の指をかけて――
「正解は……せいっ!」
掛け声と共に、シャツを真ん中から引き裂く! ビリィッ!
「「ウワーーーーーーーー!?」」
男子ひとりと青年ひとりが、絹を裂くような悲鳴と共に目を覆った。
「なにしてんだ馬鹿!」「なにしてるの頭大丈夫!?」
異口同音に文句を言われて、しかしニルヴェアはその一切を気にすることなく半裸のまま胸を張り、乳を揺らした。ちなみに
そして残ったアカツキ1人だけが、ニルヴェアの胸に平然と目を向けていた。
「ふむ、なるほど……」
ヴァルフレアが×の字に放った二閃。その痕跡は出血跡として、柔らかな双丘から小さい臍のあたりまでくっきりとこびりついている。しかしニルヴェアが自分の親指につばを付けて血の跡を軽く拭いてみれば、血の下の傷はすでに塞がっており、治りかけのかさぶた程度にしか残っていなかった。
「おお。本当に傷が治っておるな」
アカツキが感心した直後、ニルヴェアは血を拭いた親指でぐっと傷跡を指差して、はっきりと言い放つ。
「これは、
「「は?」」
男どもが(目を隠しながら)疑問の声を上げた。アカツキだけが「ほう!」と妙に感心していた。
「いいですか。そんじょそこらの雑魚相手なら自己分析するほどでもありません。つまりこの分析が入った時点でそれは分析に値する戦いをしたということになります。そしてこの分析を拝聴するには戦いに決着がついた上で生き残らなければいけない……もちろん死闘に生き残ってしまうことそれ自体が恥という考えもあるでしょう……しかし!」
ニルヴェアは惜しげもなく半裸を見せびらかして断言する。
「誇りと命、共にあってこその武人。それが兄上のお考え! かつて兄上と斬り合い、分析を拝聴し、その上で生き残ったナガレの剣士を兄上は高く評価して自分の部下に誘ったという、そんなエピソードがありました。そしてそこから産まれたものこそが、『ヴァルフレア・ブレイゼルの自己分析を聴けることは武人としての誉である』という風評なんですよ!」
ニルヴェアは照れくさそうに鼻をこすって、最後にこう締めくくる。
「つまりこれで僕も、ちょっとは一人前の武人に近づけた。ということになりますね、えへへ……」
「中々愉快な語りでござったが、とりあえず着替え直した方がよいな。下着も含めて」
アカツキがそう言って替えのシャツとベスト、それにブラを渡すと、ニルヴェアは「ありがとうございます」と素直に受け取ってもぞもぞと着直した……やがて布擦れの音が消えたあたりで、ブロードが目を隠したまま尋ねる。
「ねぇ、服着た?」
「あ、はい」
するとブロードは目を開けて、そして同じく目を開けたレイズに向かって言う。
「レイズ君、元男とか関係なくこの子だけは止めておいた方がいい。いつか絶対なんかやらかすから」
「もうだいぶやらかしてると思うけど、でもやばくないニアなんてニアじゃないしなぁ」
「拙者は良いと思うぞ。割れ鍋に綴じ蓋と言うではないか」
「まさかと思うけどみんな僕のこと馬鹿にしてる? いや違うそんなことはどうでもいいんだ。とにかくブロードさん、僕が言いたいことはですね……」
その声にブロードが振り向いた直後、ニルヴェアが言う。
「兄上は確かに度し難い凶行に及んでいます、が……今言った通りあの人の癖は昔のままでした。それに詳しく話すと長くなりますが、その在り方や立ち振る舞いだって以前の兄上のままです。よって兄上は僕の知っている兄上に間違いありません!」
「分かった、分かった。君がヴァルフレアのことを滅茶苦茶に好きなのも、僕より詳しいのも十分に分かったから」
「それじゃあ!」
「だけど、それでもだ――もし凶行に及ぶ明確な理由が、彼の人格を清く正しい領主から狂気の王へと変えるに足る理由があるとしたら?」
「兄上が、変わる理由……?」
「……本当は越警の中でもかなりの機密事項だし、話すつもりもなかったんだけどね」
ブロードは表情に影を落とし、重苦しい声音で告げる。
「それは7年も前のことだ。かつて起きたブレイゼルとダマスティの戦争……そして『鋼の都攻略戦』の真実を、九都市条約は隠蔽してるんだよ」
◇■◇
――鋼の都がすでに神威の手に堕ちていたこと。それをきっかけに越境警護隊が設立されるほどに『鋼の都攻略戦』が悲惨なものであったこと。そしてヴァルフレアがただ1人生き残ったダマスティ城こそ、その災禍の中心であったこと……全てを語り、ブロードは最後にこう付け加える。
「僕はこの戦争の当事者じゃないからあくまで伝聞なんだけど、戦争が終わった直後の城内はもう表現しようのないくらいに酷い有様だったんだって。ろくに死体の判別もつかず、最終的にはなにもかもを燃やした上に墓標を立てるしかなかったくらいだったって……だから、そんな災禍の中心にいた人間が正気を失い、仇であるはずの神威と手を組んででも世界を相手どろうとしても、それは決しておかしくないことじゃ……」
「逆、なのかもしれません」
ニルヴェアがぽつりと言った。ブロードが、そしてレイズやアカツキまでもが目を丸くした。その中で、ニルヴェアだけが考察を深めていく。
「狂ったから凶行に走ったんじゃなくて、狂えなかったからこそっていうか……なぁレイズ。エグニダは自分のことを『二重スパイ』だって言っていたんだよな。兄上が最終的に神威を潰す、とも」
「おう。そんでそれを餌にして、俺を性懲りもなく勧誘してきたわけだな」
「……うん。やっぱり道理には合うと思うんです」
ニルヴェアは立てていく。この場の誰にも見えていない、自分だけの道筋を。
「あの人は不器用だから、自分が背負うべきだと思ったらとことん背負ってしまう……のかも。神威への仇討ち。条約への反旗。たぶん他にも……いや、そこら辺は結局兄上にしか分からないんですけど。でも、もし”全部”を本気で成そうと決意したのなら、あの人はそれがどんな道であろうとも進むことしか選べないと思うんです。憎き神威を利用しようとも、誰を殺そうとも……」
ニルヴェアはそこで面を上げた。すると他の3人はただ黙ってニルヴェアを見つめ、言葉の続きを待っていた。6つの瞳が見つめる中、ニルヴェアは臆さずに言う。
「だからこそ、兄上には付け入る隙があると思うんです。実際それが本当にあるのか、あったとして引き出せるのかはもう戦ってみないと分かりませんが……」
そこでニルヴェアは1度、レイズへと目を向けた。レイズもまたニルヴェアを見つめ返して堂々と言い放つ。
「言ったろ、手伝ってやるって」
ニルヴェアは力強く頷いた。
「僕の『光』とレイズの『炎』という2つの遺産。そこに僕らの経験やできることを全部つぎ込めば……勝算は、あります」
◇■◇
ニルヴェアが”勝算”の全てを語り終えたあと、初めに口を開いたのはブロードであった。
「しょ……」
その口はなにかを堪えるように震え、しかし堪えきれないようにまた震えて、やがて。
「勝算んん~~~~???」
それはもう渋々に渋い声と顔色であった。しかしその隣では「あっはっはっはっ!」と実に愉快そうに大口を開けた侍が1人。
「確かに策と呼ぶにはアドリブに頼り過ぎだが、だからこそナガレらしくもあるか? おいレイズ、おぬしはどうなのだ。拙者の目から見てもだいぶ無茶ぶりされておると思うが?」
名前を呼ばれた少年は、迷うことなく断言する。
「まかり通せたらきっと最高に気持ちいいぞ。命を懸ける価値なんてそれだけで十分だ」
そんな、全くもってブレないナガレ師弟に。
「こ、これだから……これだからナガレってろくでもないんだよ……!」
ブロードがその温和な顔をひくひくと引きつらせた。
誰がどう見ても荒事に向いていない雰囲気。睨んでも凄味なんて出ない垂れ目。ゆえに少しでも威を出そうと(出せてないが)日々整えている鈍色のオールバック……そんな顔を上から下までめいいっぱい歪めて、ブロードは地面へと愚痴を垂れ流し始める。
「どいつもこいつも毎回毎回こんなんばっかだ、仮にも世界の危機かもしれないってのに自分のことしか考えないし、これでどいつもこいつも毎回どうにかしちゃうから余計たち悪いし、そもそもウチがもっとまともな組織で人員もあればわざわざ他所に頼まなくたって済むのに……」
ぶくつさぶつくさ恨み言をBGMに、ナガレ2人+1人はこそこそと。
「噂には聞いてましたけど、やっぱり越境警護隊って労働環境悪いんですかね」
「あやつに関しては単独行動が多過ぎる気もするが、ろくな環境でないのは間違いなかろう。そもそも逐一現地のナガレひっ捕まえなきゃ人手足りないって組織としてどーなのだ色々」
「俺も実は越警勲章貰ったときにスカウトされたんだけどさ、まぁ秒で断るわな。絶対いやだぜ大陸なんか護るためにあちこち飛び回るなんて。やっぱ自分の人生なんだから自分のために生きなきゃな」
「こらーーーー君たちーーーー!! 僕だってねーー! 怒るときは怒るんだぞーーーー!?」
ブロードが怒るときに怒ったので、3人は解散。しかしすぐにアカツキが口を開く。
「しかしなブロード。勝算の”中身”はともかく、”配置”についてはむしろ理にかなっておるだろう?」
「配置って……」
「この策で行く場合、必然的におぬしの配置案とは逆になる。つまり拙者がヴァルフレアと当たるはずなのをレイズとニア殿に譲り、代わりに拙者がエグニダを抑えるわけだな。確かにおぬしの懸念する通り、剣帝にたかだか齢15の少年少女をぶつけることは無謀にも思える。だがはっきり言ってな、拙者にはろくな策すらないのだ。所詮は刀を振ることしか知らぬ侍だぞ?」
「それは……そうだけど……」
「おぬしの信頼は嬉しいが、しかし噂に名高い剣帝とどこまで打ち合えるかは実際のところ未知数。良くて五分五分の賭けだ。それならば明確な策があり、剣帝を知り尽くしているニア殿たちに任せた方が可能性は高いかもしれぬ」
「むぅ……」
「それに、だ。レイズの最大火力である光の槍はかつてエグニダに防がれたと聞いた。ならばもうあやつを斬れるのは拙者しかあるまい。『三度目の正直』と言ったろう? 次は逃がさんよ……それに、拙者がエグニダをさっさと斬れば少年少女やおぬしの援護にだって回れるのだ。まぁまた人形遊びのような時間稼ぎを仕掛けてこないとは限らぬし、これも未知数ではあるがな」
「…………」
「とまぁ慣れぬ講釈を長々と語ってしまったわけだが、ブロード。おぬしとて本当はそこら辺も分かっておるのだろう? そうでなければ拙者の目が曇っていたということになるが」
「…………はぁ。分かった、分かってるよ」
ブロードはしかめ面のまま、しかし両手をぶらりと上げた。それは降参の証であった。
「ほんっと、ナガレってろくでもない……けど、僕らはそのろくでもなさにいつも助けられてるんだ。越境勲章を持つレイズ君に。あるいは僕が知る中で一番かっこいいナガレのアカツキに。そして……」
ブロードがしかめ面をふにゃりと緩めて、ニルヴェアへと向けた。
「ニルヴェア。君のそのむちゃくちゃ意固地なところにもきっと助けられるって、僕も信じることにしたよ」
「ブロードさん……もちろん、絶対に貫いてみせます!」
「あー、ごめん。そこまで気張らなくてもいいよ正直」
「はえ?」
「前にも言ったけど、なによりも大事なのは命だから。誇りのために命を懸けるのはいいけど、誇りと引き換えに命を捨てるのはよしてくれ。君たちがナガレだからって、何者でもなくたって、その命は君たちだけのものじゃないんだ。それを、忘れないでほしい」
その言葉には、間違いなく真摯な想いが籠っていた。だから少年少女は顔を見合わせて……それからブロードの方を向いて、2人一緒に頷く。
「はい!」「ああ!」
「よしっ。それじゃあ話もまとまったことだし、最終決戦に向けて急いで準備しようか!」
「ですね。敵も待ってくれないし……と、レイズ。お前その火傷で動けるのか?」
「あ? 余裕余裕。アカツキの薬も効いてるし、あとは包帯巻いときゃそのうち治るだろ」
そう言ったレイズの右肩から腕にかけては、すでに包帯がびっしりと巻かれている……のだが、しかしその右手だけはなぜか剥き出しになっていた。
「なぁ、手には巻かなくていいのか?」
「ま、どーせ燃えるしな……もう出し惜しみはなしだ」
レイズはそう言ってから、火傷の跡が残る右手から炎をぼぅっと出して、それをすぐ握り潰した。
それからレイズはすぐに着替え始めた。ニルヴェアの用意した予備のシャツを着て、その上からポケットがひとつもない予備のベストを羽織って、予備の腰ベルトを巻いて……と、そこまでしてふと気がついた。ニルヴェアが、彼女自身の手に持ったなにかをじっと見つめていることに。
よく見てみればそれは彼女が常日頃からお守りにしている――そしてヴァルフレアから貰った――短剣であった。
「どーすんだよ、それ」
「ん? どうするって、そりゃ決まってるだろ」
さりげなくも緻密な装飾が施された鞘。その中から少しだけ引き抜かれた刀身は、よく磨かれており美しい光を放っている。その光を瞳に刻んで、ニルヴェアは刀身を鞘に納めた。
「お守りなんだから、一緒に持っていくよ」
「出し惜しみはなしなんだろ? だったら、持っていける物はありったけ持っていくさ」
「いいな、それ。そんじゃ……ありったけ使いきるために、対剣帝の作戦会議といくか!」
「ああ!」
少年少女が盛り上がり、最終決戦へと作戦を練り始めた。
しかしその一方で。
「アカツキ、ちょっと」
少し離れた位置からブロードがアカツキを呼びつけた。
「なんだブロード、拙者は今眼福だというのに……」
なんて小言と共にアカツキはブロードのそばへと寄った。するとブロードは小さな声でぽつりと言う。
「実はさ、僕は君をエグニダと戦わせるのが怖かったんだ」
「なに……?」
「君は三度目の正直と言ったけど、二度あることは三度ある……エグニダは暁ノ一閃を二回受けて、そして生き残った。だからなんだと言われると困るけど、でも……」
「一度目は単なる脅しだ。二度目はやつが想定外の人外だった。だがもうその技量も能力も見切っておる。だから下手な心配はせんでよい」
「でもあいつは、根本的なところでは自分の技量にも能力にも頼ってないように見えるんだよ……これは越境警護隊としての単なる経験則でしかないけどさ、もしかしたらああいう手合いが一番恐ろしいのかもしれない……」
ブロードがアカツキをじっと見つめる。少年少女への心配とも、ナガレの無法に対する気苦労とも違う目で。
「僕は君にも生きてて欲しい。だから呑まれるなよ、アカツキ」
しかし対するアカツキは、いつも通りに不敵に笑った。その表情だけでも『心配無用だ』と語るように。
「むしろ呑まれてやれる理由がないさ。なにせ拙者には宵断流と、我らが両親と、そして姫様がついておるのだからな」
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