第4章 蒼き魂と誓いの刃
4-×× 百の祈りと――
7年前のあくる日。『鋼の都ダマスティ』を首都に置く『ダマスティ領』が突如、ブレイゼル領に戦争を仕掛けてきた。
すでに十都市条約によって領間での戦争が禁止とされていた中で勃発したこの戦争。ブレイゼル領はもちろんのこと、周辺諸領も条約の下に団結し、『条約連合軍』としてダマスティ軍の侵略に対抗した。
しかし『鋼の都』の名は伊達ではなくダマスティ領は鉄鋼産業、とりわけ軍事方面での技術力に優れ、その軍もまた強力な武装で固めた手強いものであった……が。
結局は複数の領から集まった連合軍との物量差。そして当時の剣帝ゼルネイア・ブレイゼルとその息子ヴァルフレア・ブレイゼルの一騎当千の活躍によって、ダマスティ軍は瞬く間に最後の防衛線である鋼の都へと追い詰められたのであった。
やがてダマスティ軍は首都から一般市民を全て追い出し、都全体を使って籠城を始めた。しかしそれが最後の抵抗であり、ダマスティ軍に余力など残っていないことは誰の目から見ても明らかであった。
ゆえに当然、連合軍は間髪入れずに都攻めを敢行。
その中で都の中心地であり核とも言えるダマスティ城を落とし、この戦争の首謀者であるダマスティ領主を捕縛する大役を任せられたのが、他ならぬヴァルフレア……そして彼が自ら選りすぐった百人の兵団であった。
きっと、誰もが安心しきっていた。
当時18歳。グラド大陸においては成人したばかりの齢であるヴァルフレアは、しかしすでに実の父親にすら迫る戦闘力と指揮能力を持っていた。ブレイゼル家の血が与えた天賦の才と、それに驕らず鍛錬を続ける高潔な精神。加えて幼き頃から父に連れられ戦場というものを肌身で学び続けた日々……ヴァルフレア・ブレイゼルは、単なる貴族などではなく誇り高き、そして圧倒的に強き武人として誰からも認められていた。
だからこそ、彼に付き従う百人の兵もまた、彼を次代の剣帝だと信じて疑わず忠義あるいは友誼を誓っていた。それは己が命を託すほどの――
「隊長! 俺たちが囮になります。だから一刻も早く城の最奥へ!」
そう叫んだのは片手剣使い。将来有望な若き部下であった。
「ふざけるな! 俺に仲間を見捨てろと――」
「貴方は俺たちの未来なんだ!!」
「み、らい」
呆然と立ち尽くす
「領主を捕えればこの戦争は終わる! そしてそれを成せるのは次代の剣帝である貴方しかない! だから、」
ぐしゃり。人ひとりのなにもかもが、一瞬で潰れた。
潰したのは合成獣であった。継ぎ接ぎだらけの巨躯を持ち、もはや元がなんの生き物なのか。その原型すら分からないような化け物。
「っ……あああああ!」
ヴァルフレアは激昂した。
しかしそれを制する者もそこにいた。
「やつの遺志を無駄にする気か!」
そう叫んだ初老の男は、ヴァルフレアの師匠であった。立場こそ部下でありながらもヴァルフレアの幼き頃より二刀流を教え続けてきた師は今、ヴァルフレアの前にその背を向けて立ちはだかり双剣を構えている。
「将が立ち止まるということは、将が率いる全てが立ち止まるということ! ならばこそ、お前が前に進む限り我々は生き続ける! だから迷うな、まっすぐ進め!」
ヴァルフレアは前に進んだ。合成獣へと立ち向かう師と、それに供する仲間たちを置いて。
――結論から言えば、ダマスティ領はとうの昔に巨大犯罪組織『神威』の傀儡と化していた。
その中心地である鋼の都も連合軍が突撃したときにはすでに神威の実験場と成り果てており……その中でももっとも被害が酷かったのは、都の核であるダマスティ城。その内部だったという。
「生き残ってください」「未来を託す」「お願いだ」「護ってくれ」「子供たちに」「頼む、ヴァルフレア」「次代の主よ」
「――俺たちは、最初から誘い込まれていたというのか!」
気づいたときには遅かった。無秩序に解き放たれた合成獣の群れによって退路は断たれ、『領主を討てば全てが終わる』と信じて前に進む他なくなった地獄の進軍。
果たしてヴァルフレアは、百の兵に託された遺志の通りに領主を討った……首から上だけ辛うじて人の形を残していた、合成獣の親玉を討った。
「俺が死んでも」「お前と共に」「貴方がいれば」「信じられる」「希望なんだ」「託したぜ」
戦争は終わった。敵味方合わせて数千人規模の死傷者という凄惨な犠牲と、領ひとつが犯罪組織の手に落ちていたという恐ろしき事実を残して。
特に後者の影響力は凄まじかった。ダマスティ領を失い『九都市条約』として新生した条約はその根本的な内容から見直すことを余儀なくされ、大陸全体の治安維持を行う『越境警護隊』が設立される直接的な要因にもなったのだ。
しかし現在。その『鋼の都攻略戦』の詳細な経緯は公の記録には残されておらず、人同士の単なる凄惨な戦争として公表されている。なぜならばそのあまりにも恐ろしい事実は、間違いなくグラド大陸を激震させてしまうからだ。大陸全土の民へともたらされるであろう恐怖を始めとした様々な影響……それらを防ぐため、九都市の領主はその全員が事実の隠ぺいに同意した。
ゆえに今、この戦争の真実を知るものはごく少数……あるいは真実を知る者など、本当はもういないのかもしれない――その災禍の中心から生き延びてしまった、たった1人を除いては。
「僕らの分まで」「君ならば」「お前しか」「貴方様なら」「貴方だけが」「君だけが」「お前だけが」「貴方だけが」「未来を」
「俺が……俺だけが」
男の耳には今もなお焼き付いている。己に未来を託して逝った、百の祈りがいつまでも。
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