3-3 小さな銃と秘密主義

「一瞬の迷いが命取りになる。だったら出し入れに掛かる1秒が、命を左右しないわけがない」

「……!」


 ニルヴェアは息を呑んだ。今、文字通り目と鼻の先にある1本のナイフに。そして、目にも止まらぬ速さでそれを抜いてみせたレイズ本人に。

 だがレイズの方はすぐに表情を緩めると、ナイフもあっさりと引っ込めた。

 レイズのナイフの定位置は、腰の右側に付いているホルスター。そこにナイフを戻してから、再びニルヴェアへと目を向けた。


「お守り、持ってきてるんだろ?」

「へ? ……あ、ああ。もちろん」


 ニルヴェアは言葉を返すとすぐにズボンのポケットからお守りを――彼女が肌身離さず持っている、兄から貰った儀式用の短剣を取り出した。


「これでどうするんだ?」

「そこの棚にあるベルトを使ってお前も一度抜いてみろ。こういうのは実践した方が覚えやすいしな」

「わ、分かった」


 ニルヴェアの脳裏には、突き付けられた刃の煌めきが未だこびりついている。


(僕もあんな風に、できるのだろうか)


 ニルヴェアは少し緊張した面持ちで、レイズに指示された棚のベルトを手に取った。ベルトを腰に巻いて、それからベルトに付いているホルスターへと目を向ければ、確かにちょうどお守りが収まる程度のサイズだったが。


「これって鞘ごと入れるのか? それとも抜き身でいいのか?」

「そのホルスターなら抜き身でいいぞ。それ自体が鞘代わりになるからな」

「なるほど」


 ニルヴェアはその指示通り、鞘から短剣を抜いてそれをホルスターに収めた。これで準備は完了だ。


「それじゃあ……やるぞ」


 ニルヴェアは意を決して、ついに抜剣を始めた。

 まずホルスターの位置は腰の左側。利き手である右手をぐっと伸ばして、ホルスターに差し込まれている短剣の柄を握って引っ張り……


「むっ」


 ちょっと引っかかる。こなくそっ。


「せいっ」


 力任せにぐっと引き抜く。抜けた。目の前に掲げると、よく手入れされた刀身が新品同様の輝きを放っていた。


「…………」


 なんだかやるせない気持ちになりながら、レイズの方を向いた。

 レイズは、苦笑を浮かべていた。


「まぁ、なんつうかあれだな。逆に新鮮かもな」

「うるさいな……僕が下手なのは分かったから、どうすれば改善できるのか早く教えてくれよ」

「向上心が強いのは良いことだ。じゃあまずはホルスターの位置から気をつけてみ?」

「ホルスターの……」


 ニルヴェアはレイズのベルトへと目を向けて、「あっ」すぐに気づいた。レイズのナイフは腰の右側に収められていることに。続いて自らのナイフを見てみれば、それは腰の左側に収められている。

 ニルヴェアはしばらく考えて……やがてひとつの仮定を見いだす。


「僕はホルスターの位置が左側だったから右手を反対側へと伸ばさなきゃいけなかったけど、お前は右手を下げればそのまま右側のホルスターに触れられる……つまり僕は、お前よりも手を伸ばす距離が長かったのか」

「まぁそーいうことだな。刀みたいに長い得物なら話は別だけど、ナイフぐらい短けりゃ単純に距離が近い方が早く抜ける。とはいえ下手に近すぎても腕が変に曲がるから、そこら辺はホルスター自体を調節する。こういうのは位置や向き、あと高さなんかも変えられるようになってるから、そこら辺を自分で調節して”力まずに抜ける位置取り”を見つけるんだ」

「力まずに、力を抜いてか……でもそうすると、引き抜くための勢いが……」

「俺も最初はそう思ってたんだけど、いわく『その本気は剣を抜いたあとにとっておけ』だとさ。もし下手に力んで体が強張ったら、剣を抜いたあとすぐ行動に移せない。だからごく自然な、手足を扱うような抜剣を目指すんだ。そんでその究極系が、アカツキの必殺技『暁ノ一閃』だな」

「なるほど……つまり”いわく”というのも、アカツキさん直伝ということか」

「まーな……っと、説明は一旦これくらいにしてあとは適当に見て回るか。なにはともあれ今日中に装備一式と、あとは武器の目星なんかも付けておきたいからな」


 その言葉に、ニルヴェアの目がピコッと輝く。


「武器!」

「おう。ナイフは色々使える必需品だからこれは絶対マストとして、それとは別に護身用にもひとつくらいは欲しいだろ。なんかテンションも上がるし」

「上がるな!」

「つっても、まだ思いつかねぇんだよなー。銃系の琥珀武器がいいんじゃねーかってぼんやり思ってるんだけど。とりあえず引き金ひとつで撃てるし。射撃の技能を諦めたとしても、まぁ接近戦なら数撃ちゃ当たったり当たらなかったり……っつっても結構重いんだよなあれ。銃に限らず琥珀武器自体が機構の都合上そうなりがちでさ、扱いが楽でも振り回すのに腕力が要るってなると本末転倒……」

「ちょっと待て。僕とお前は同じくらいの体格だけど、お前は普通に銃を振り回してるよな。だったら僕でもできるんじゃないのか?」

「いやいや、あれこそ技能と工夫の結晶だから。振り回す時の力加減とか立ち位置とかだな……とにかく残り14日で覚えられるもんじゃねーよ。それに俺の銃は特別製だし、俺自身だって腕力にはちょっと自信があるしな」

「……技能や銃はともかく、お前がそんなに筋肉もりもりには見えないけど。お前、僕が女の体だからって侮ってるんじゃないか?」

「そういう話じゃねーよ。あー、まぁ武器もあとで一緒に見て回るとしてだ。それよか先にベルトを選ぼうぜ。それに関しては俺の方でもう条件を考えてあるからさ」

「条件?」

「おう。とりあえずお前の手持ちはベルト1本でなるべく完結させるつもりだからな」

「ベルト1本で……さっき言ってた『多過ぎると判断に迷う』というやつか」

「そういうこった。だからそのベルトに必要な物は、そうだな……」


 レイズは指折り数えながら語っていく。


「まずはナイフのホルスター。あとはまだ見ぬもう1本の武器も収められりゃいいな。それに閃光玉と煙玉の収納ポケット。底が深過ぎると取り出しにくいけど浅過ぎて1個しか入らないのもあれだから、できれば2、3個は入る感じで、ポケットの数も2つ、3つくらい……」

「レイズ、レイズ」

「ん?」


 レイズが気づいたときには、ニルヴェアがすでにじっと見ていた。レイズの、ポケットがたくさん付いたベストを。


「僕もお前と同じベストがいいんだが」

「……うぇっ?」


 レイズが変な声を上げた。だがニルヴェアは気にせずまくし立てる。


「だって早く取り出せるとかっこいいし、その方が戦闘的にも良いんだろ。ベルトのポケットからわざわざ玉を取り出すよりお前のベストの方が早い、ってくらいは僕でも分かるぞ」

「あー。まぁそりゃそうなんだけど、でもこいつはな……」

「――それ、オーダーメイドだろう?」


 ふと、横から声が割り込んできた。

 2人がそちらの方を向くとそこには店のレジのあって、さらにそのレジ越しにふくよかな男性が1人、小さく手を振っていた。

 いきなり話に割り込んできたその人物に、返事を返したのはレイズだった。


「そうだけど、よく分かったな。あんたがこの店の店主さんか?」

「まーねー。そういう商品を扱ってるから分かるんだけど、君のそのベストは既製品とは明らかに違う。蓋の上だけならともかく下まで磁石で留めてるポケットなんて、まず出回るほど需要がないよ。下手すればうっかり中身が落ちかねないからね。あとポケットの数もちょっと多過ぎる。既製品っていうのはまず扱い易さ第一で作られてるものさ」


 その解説はニルヴェアを素直に感心させた。


「なるほど……」

「お嬢ちゃんの方は見たところナガレ初心者なんだろう? だからまずは扱い易さ優先でいいと思うよ。それに……『ベルト1本に持ち物を集中させる』っていうのもその一環かな。『何かあったらとりあえずベルトを触る』って体に覚えさせれば、いざというときの迷いが減るだろう?」

「それは……確かにそうですね……」


 ニルヴェアが神妙な表情で納得した。その横でレイズもまたうんうんと頷いた……が。


「大体そんな感じなんだけどさ……ところで店主さん。俺たちになんか用でもあんの?」


 レイズにそう問われると、店主はその丸い顔に軽い苦笑を浮かべた。


「いやぁ。用というか、噂通りの面白い子たちだなと思ってつい声をかけちゃったんだ。申し訳ない」

「それはべつにいいんだけど……噂?」


 レイズは思わずニルヴェアの方を見たが、ニルヴェアもまたきょとんとレイズを見返していた。お互い”噂”とやらに心当たりがないせいで、なんとなく顔を見合わせるしかなかったのだが……店主いわく、


「そうそう。ナガレの少年が街を騒がせていた荒くれ者や化物を倒した、って話が最近広まってきてね。しかも彼は金の髪に蒼い眼をした少女を”お姫様抱っこ”して街を駆け抜けていったらしいじゃないか」

「「!?」」


 少年少女はびっくらこいた。そしてそんな露骨な反応が、店主の表情を明るくする。


「やっぱり君たちか! するとあれだろ? そっちのお嬢ちゃんが記憶喪失で、君はその記憶を取り戻すのに協力してるんだろ? いいねぇそういうの、おじさん素敵だと思うよ!」


 少年少女はまたもやびっくらこいた。


「はぁ……はぁ?」

「どうすんだよレイズ! お前が変な抱え方したせいで話に変な尾びれが付いたじゃないか!」

「いやいやこれ俺のせいじゃねーだろ! あんときゃ色々切羽詰まってたんだし!」

「おや、もしかして噂は間違ってたのかい?」


 店主の疑問とそのきょとんとした表情に、少年少女は2人揃ってウッと唸ってしまった。そしてまた顔を見合わせて……やがて、レイズが一言でまとめる。


「まぁなんつうか、好きに想像してくれ」


 ニルヴェアもただ頷くのみであった。

 露骨に訳あり。そんな2人の様子を見て、店主はふむと顎に手を当てる……結論は、すぐに出た。


「それなら噂は本当だったということで。むしろその方が野暮な詮索も入らなくていいだろう?」

「話の分かる店主さんで何よりだ」

「君たちナガレとは良い関係でいたいからねー。と、話がそれちゃったけど……きみたち、琥珀武器を探してるんだろう?」


 その言葉に少年少女はまた顔を見合わせて、それから今度はニルヴェアが尋ねる。


「えっと、はい。僕みたいな体格かつ武器の経験がなくても扱える。そんな物を探してるんですが……もしかして心当たりがあるんですか?」

「どうだろう。お目かねに適うかは分からないけど……こないだ知り合いの、琥珀工房をやってる親方から話を聞いたんだ――女子供にも扱える護身用の銃が最近出回ってきたからそのテスターを募集している、ってね」



◇■◇



 旅客屋の店主に教えてもらった琥珀工房は、レイズが琥珀銃を預けた工房でもあった。

 だから2人は一旦旅客屋をあとにして工房へと足を運んだ。そしてレイズの銃を引き取るついでに例の武器について尋ねてみれば、工房の親方はひとつの武器をニルヴェアへと手渡したのだった。


「ハンドガン……?」


 ニルヴェアがその手に”小さな銃”を握りながら首を傾げれば、親方がすぐに説明してくれる。


「おう。最近小型化に成功したってんで、試験的にいくつか出回ってるんだよ。もちろん普通の銃より威力と射程はかなり弱いんだが、逆に重量も反動も軽いってわけだ」


 その説明に対して、今度はレイズが問いかける。


「親方。それって照準の精度なんかはどうなんだ?」

「可もなく不可もなくだな。しかしどのみち射程がくそ短いから接近戦以外じゃ使えねぇし、下手なやつでも目の前の人間を撃てばまぁどこかには当たるだろ。そんで当たれば火傷ぐらいは負わせられる。もちろん、誰が引き金を引こうと関係なくな」

「下手でも非力でもとりあえずは使える。だから女子供の護身用に丁度いいってわけか」

「そういうこった。だから嬢ちゃんがテスターになってくれるなら俺としても都合がいい。ま、実際買うかどうかはともかくさ。とりあえず適当に触ってみちゃくれねぇか。あっちの試射場も使ってくれて構わねぇからよ」

「はい。それなら遠慮なく」

「よし、ならこいつが説明書だ。つってもこれ一枚で収まるくらいに使い方は簡単なんだけどな」


 親方が用意した1枚の用紙。それをニルヴェアが受け取ると、親方は次にレイズへと声をかける。


「おい坊主。お前さんから預かった銃は注文通りに直してやったが、いくつか確認したいこともある。ちょっと付き合え」

「ほいほい。俺も追加で頼みたい仕事が1個あるしな」

「なんだぁ? ってことは坊主、お前まだこの街に残るのか」

「もうしばらくね。だからその間にさ――」


 2人が長話を始めた。その一方で、1人とり残されたニルヴェアは親方に言われた通りに小さな銃ハンドガンを触ってみることにした。


(しかし本当に小さいな……)


 普通、銃といえばレイズの愛銃のように結構な長物であるはずだが、しかしニルヴェアの持つハンドガンは女子ニルヴェアの手のひらでもそのグリップが握りこめるくらいに小さい代物であった。


(なんだか頼りないけど……ある意味、今の僕には丁度いいのかもな)


 そんなことを考えながらもハンドガンの観察を続ける。

 そのボディは黒一色で、凹凸おうとつも少なかった。これが道端に転がっていても、10人中9人ぐらいが単なる鉄の塊としか思わないであろうその見た目。


(なんかこれでぶん殴った方が強そうだな)


 そう思いながら説明書を見てみれば、『グリップ部分が特に丈夫なので、打撃武器としても使用可能』的なことが書いてあった。


「銃っぽさはともかく、いざとなればぶん殴れるのは分かりやすくていいな」


 そう呟きながら説明書を読みこんでいると、ひとつ気になる項目を発見した。


「ふむ。グリップを握ったまま上の方のボタンを押せば、グリップから弾倉が出てくると……」


 説明書の一文を読み上げながら、その通りにグリップを右手で握り、そのまま右手の親指でグリップの上の方に付いているボタンを押した。すると、カシャッ。


「うわっ」


 排出音と共に、グリップの底から弾倉マガジンが出てきた。すぐにグリップから滑り落ちそうになったそれを、説明書を持ったままの左手で慌てて受け止めた。

 今はまだ自分の物ではない。商品を落とさなかったことに一息ついて、それからマガジンをじっくりと眺める。


「なるほど。銃を握ったままリロードができるようになってるんだな……」


 マガジンは長方形の琥珀と、その角を覆う金属質の外装で構成されていた。とはいえ中の琥珀は現在、暴発防止のためからの物が入っているのだが。

 エネルギーが尽きて色のなくなった水晶体をぼんやりと眺めながら、考えに耽る。


(どっかのうろ覚えだけど……琥珀武器の原則として『戦闘中のリロードを容易く行えるような設計にする』というのがあった気がする。そうだ、たしかあの黒騎士の大剣だって……)


 ニルヴェアはいつか見た黒騎士の大剣を脳裏に思い描いた。たしかあれは鍔に琥珀が付いていて、それが1発打ち切りで勝手に排出されていたはずだ……と、そこでふと疑問が浮かぶ。


(そういえば、レイズの銃ってそこら辺どうなってるんだ?)


 思い立ったらすぐ行動。ニルヴェアは横目でちらりと、レイズと親方の話し合いを覗いてみた。すると丁度、2人は机の上にレイズの銃を置いて話し合っているところだった。


「やっぱすげー気になるんだけどよお、ここが」


 親方はレイズの銃、その持ち手の辺りを指差しながらそんなことを言っていた。だからニルヴェアもまたそこに目を向けて……


「ん?」


 奇妙なことに気づいた。

 親方が指差すその持ち手にはグリップ……ではなく、琥珀が取り付けられていたのだ。それも中身がなく、硝子のように透き通った透明な琥珀が。ゆえにニルヴェアの疑問が一段階深まる。


(戦闘中はあそこに新品の琥珀を入れて、持ち手として使うのか? でもあんなところに琥珀を入れてたらリロードするときに一々持ち手を離さなきゃいけないような……)


 そんなニルヴェアの胸中に同調するように、親方もまたレイズにその真意を尋ねている。


「わざわざ空の琥珀を持ち手に加工して、お前さんはどうしたいってんだ。単なるデザインとかならとやかく言わないが、こいつの動力はここしかねぇだろ。これを本当に武器として振るうんなら、まぁ坊主なりの理屈もあるんだろうが……」

「そう。俺には俺なりの合理性があってこいつを組んでる。だからいいんだよこれで」

「……んじゃ折角だから、試し撃ちぐらいしてけ」

「うーん……そんなに気になる?」

「そりゃあな。俺だって商売人である前に一人の技師だぞ。それに、ちゃんと動かなかったら商売人としても傷かついちまう」

「あはは。まぁでもそこら辺は企業秘密ってことで、な? それにこいつがちゃんと直ってることは一目見りゃ十分わかる。親方、本当に良い腕してるんだな」

「けっ、若いくせに口が回るやつだ……」


 どうしても気になるらしい親方と、それをのらりくらりと流していくレイズ。

 そんな2人の煮え切らない会話は、ニルヴェアの興味を否応なしに煽りたてていた。


(企業秘密、企業秘密なぁ……)


 ――でもお前は手とか足から炎を出したりしてたよな。あれも琥珀を用いているんじゃないのか?

 ――俺にしか使えないんだ。仕組みは企業秘密ってことで


 思い出したのは以前この工房に来たときに交わした会話。


(そういえばあのときも同じこと言ってたな。まぁなにもないところから炎を出すなんて、琥珀武器には違いないんだろうけど……僕にもああいうことができれば、格闘術と組み合わせてこう、良い感じに……)

「よっ。待たせたな」


 ニルヴェアが顔を上げれば、レイズは琥珀銃を背中に携えて戻ってきたところだった。だからニルヴェアは今考えていた疑問を素直にぶつけてみる。


「なぁレイズ。こないだも言ったけど、やっぱり僕もお前みたいに炎を出す琥珀武器? みたいなのを使えれば……」

「それも企業秘密っつったろ」

「むっ。だから企業秘密ってなんだよ」

「素人に説明すんのは面倒臭い、複雑な事情ってやつがあるんだよ」


 有無を言わさず突っぱねられて、ニルヴェアの眉間にむむむとしわが寄った。だがレイズは間髪入れずに言葉を続ける。


「つーか人のことより自分のことだろ。試し撃ちぐらいしてみろよ、武器は使ってなんぼだぜ?」

「あっ」


 レイズはニルヴェアの手からひょいっとハンドガンを取り上げた。それから親方に向かって声をかける。


「親方、やっぱ試射場借りるわ。こいつの試し撃ちだけどな」

「ったく……好きにしろよ」

「さんきゅ。ほら行くぞニア」

「こら、勝手に……!」


 ニルヴェアの制止も聞かず、レイズはさっさと店の奥へと向かって行ってしまった。その後ろ姿に対し、ニルヴェアはむっと睨みつけて唇を尖らせる。


「なんだよあいつ……」

「おい、嬢ちゃん」

「そういえばアカツキさんもなんか言ってたっけ。秘密主義とか……」

「おうい、嬢ちゃんってば」


 肩を軽く叩かれた。とんとん、と。


「は、はい!?」


 慌てて振り返ると、親方が苦笑していた。


「おっさんだからって無視はひどいぜ。そりゃ娘にはしょっちゅう嫌われてるけどよ……」

「す、すみません。そんなつもりはなかったんですが……ところで、どうされたんですか?」


 ニルヴェアが尋ねると、親方はいきなりニヤリと笑みを浮かべた。


「嬢ちゃん。あの坊主の鼻を明かしたくはねぇか?」

「へ? それはどういう……」


 言い切る前に、親方から1冊の本が差し出された。


「工房おススメの、初心者向け指南書ってやつだ」


 『獣でも分かる! 10歳から始める琥珀学』それが本のタイトルだった。


「この本、前にもここで立ち読みさせてもらった……」

「俺とて商売人の端くれだ。商売としちゃあこれ以上客の事情に突っ込む野暮もできねぇわけだが……嬢ちゃんなら、話は別だろ?」

「!」


 ――飄々としているようで実は純粋。そのくせして微妙に秘密主義。それがレイズという男だ。ガツンと一発かまさねば、ガードのひとつも破れんぞ?


 それが脳裏を過ぎった瞬間、親方の笑みが深まった。


「小生意気なやつを驚かすのはいつだって楽しいもんだ。だからこいつで勉強して、おっさんの代わりにあの坊主をびっくりさせてやれよ」

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