3-4 ブロードとアカツキ(前編)

 5年前、とある事件が起こった。

 桜の都リョウランを治める領主。その実娘である三女が何者かに殺されたのだ。

 その死体の第一発見者は『ユウヒ・ヨイダチ』という女性だった。また彼女は用心棒として三女に仕えていた侍でもあった。

 そのユウヒ・ヨイダチの通報を受けて、捜査はすぐに始まった。それに当たったのは現地の役人及び、当時発足してまだ間もない越境警護隊であった。

 そして程なくして犯人は特定された。

 その名は――ユウヒ・ヨイダチ。

 事件の第一発見者こそが犯人だったのだと、あらゆる証拠と証言が示していたのだ。

 だがしかし……ユウヒ・ヨイダチは逃亡した。

 彼女を連行しようと集まった越境警護隊。その包囲を刀1本で切り崩し、そのまま行方をくらませたのだ。

 ゆえにユウヒ・ヨイダチは、今でもリョウラン領及び大陸全土における指名手配犯として扱われている。まだ幼き主を殺し、領主を裏切った大罪人として。



◇■◇



 ――約束の日まであと10日――


 剣の都の郊外に、1件の豪邸が建っていた。広大な敷地を高い塀が囲い、そして入り口は正門ひとつだがそこには屈強な警備兵が常に詰めている。

 そんな屋敷をブロードは”ほぼ真上から見下ろしつつ”、隣の相方へと声をかける。


「見えるかい、アカツキ。今日の目的はあの屋敷だ。表向きはとある富豪の別邸ってことになってるけど、その実は小規模な犯罪組織の根城だ。そいつらが神威と繋がっている、そんな証拠を上層部が掴んだらしい」

「だから襲撃、もとい強制捜査を仕掛けろということか。なるほど……正面突破はちと時間がかかりそうだが――”空”からなら随分と楽そうだ」


 ブロードとアカツキは、空を飛びながら話し合っていた。

 正確には、空飛ぶ何かに搭乗してそこから屋敷を見下ろしながら話し合っていた。

 それは卵を横に寝かせてその側面に翼を付けたような、奇妙な形をした乗り物であった。

 卵型の上半分は透明なガラスで覆われており、そこから見える内部は前後2つずつの座席が付いた4人乗り。

 ブロードは前側の運転席。そしてアカツキはその隣の助手席に乗り込んでおり、彼女は今そこから眼下の屋敷を見下ろして感心の声を上げている。


「しっかし”飛空艇”とは、越警もとんでもない技術を隠し持っていたものだなぁ。この手の技術はまだ諸々の都合で実用化されていないと聞いたが」


 その言葉に、ブロードは操縦桿を握りながら答える。


「まだ試験運用の段階でしかないよ。なにせこれは僕らにとっても未知の技術なんだから」


 未知の技術。気さくに飛び出た怪しげな単語に、アカツキが眉をひそめた。


「なんだその妙な触れ込みは。まさかとは思うが……遺産でも使っているのか?」

「あっはっは。そんな地に足付いた道具じゃなくて、もっと夢と浪漫に溢れた代物だよ」

「なーにを言っておるのだ。遺産以上に夢と浪漫に溢れた代物など、この大陸には……」


 ふと、アカツキはそこで言葉を止めた。それはなにかしらを察してしまったがゆえに。だが、彼女が口を開く前にブロードが告げる。


「そう。この大陸じゃない、別の大陸の技術を使っているんだ」

「まさか……魔法か? 人が箒に跨って空を飛ぶとか、そういう……」


 魔法。それはグラド大陸から遠き『魔の大陸』より微かに伝わる、おとぎ話のような代物である……はずなのだが、しかしブロードは当たり前のようにあっさりと語っていく。


「琥珀からエネルギーを抽出してなにかしらの現象を起こす。その技術の発端は魔の大陸から伝わってきた……って言われているんだ。だから逆に、今この大陸で独自に発達している琥珀技術に魔の大陸からの技術を掛け合わせれば上手いこといくんじゃないかって」

「ふむ。ということはなんだ? 越警は魔の技術を解析しているということなのか?」

「いやまさか。微かに伝わったそれをなんかそれっぽく組み込んでみただけさ。最初の5回はうんともすんとも言わなくて、次の3回は起動した瞬間に爆発して、あと2回は制御が効かず遥か彼方に飛んで行って、そんでよく分からないけどなんか安定してるのが今乗ってるこれね」


 要するに、爆弾に乗って空を飛んでいるようなものだった。

 そんな現状にさすがのアカツキもぽかんと口を開けていた……が、彼女も彼女で次の瞬間にはすぐ落ち着きを取り戻していて、


「よくもまぁ、そんなものに平然と乗れるな」


 そんなことを平然と言った。しかしそれに対してブロードもまた平然と返事を返す。


「しょうがないよ。いつだって今有る物でどうにかするしかないんだからさ。そりゃ僕だってリスクリターンぐらい天秤に掛けたけど……多少のリスクを考慮してでも、飛空艇これがもたらすリターンは大きいだろ? ほら、今みたいにね」


 ブロードは会話している間も飛空艇の操作を続けていた。ゆっくりと旋回しつつ、屋敷の屋上へと近づいていたのだ。未知の技術によって飛ぶ飛空艇はほぼ無音で、屋敷の誰にも気づかれないまま屋上へと近づいていく。

 やがて飛空艇は屋上の開けたスペースに接近。そして着陸を試みた。まずは卵型の本体底部に格納されていた4足のホイールをにゅっと出して、それから地面に降り立った。

 接地の瞬間、一度だけ機体がぐわんと揺れたがそれによる騒音はほとんどなかった。あとは最後に本体側面の出入口ハッチを開くだけ。

 こうしてブロードとアカツキは堂々と、しかし誰に気づかれることもなく飛空艇から出てこれたのだった。

 屋敷の屋上、敵地のど真ん中でアカツキは伸びをぐーっとひとつ。それから気さくに尋ねる。


「さて、今回はどうする。また片っ端から捕まえるか?」

「いや。上層部からの指令はかしらと幹部の捕縛だ。そして僕らの目的は……」

「神威と剣の都との繫がりに近づく手掛かりを掴むこと、だな。ならば”質”の違う動きをするやつがいたらヤクザ共とは別に捕縛。あるいはそれっぽい資料があれば適当に掻っ攫う。そんな感じで行くか」


 ブロードはそれに頷いた。その左手に何やら奇妙な武器を、大きなハサミを連想させる機械仕掛けの武器を握りながら。


「……また妙な武器を使うのだな」


 アカツキはブロードが持っているそれに疑問を抱き、それから自身の所感を述べていく。


「機械仕掛けの大バサミ……というには、断ち切るための刃が付いてないな。ならばどちらかと言えばレンチか?」


「そう。君の言う通り、これは断ち切るためじゃなくて挟んで捕獲するための武器だよ。飛空艇と同じくウチの技術部が試作した、捕縛特化の琥珀武器。『ワイヤーアーム』ってとりあえず呼んでるんだけど、変な見た目のくせして融通は利くんだよね」

「……飛空艇もそうだが、その技術部とやらは珍妙な物ばかり作るな。そしてそれを好んで使うおぬしも大概物好きだ」

「珍妙なのは同意だけど、これも飛空艇と同じで使えるから使ってるだけさ。と、立ち話もなんだし早速行こうか。時間は大切にしなきゃね」


 ブロードのそんな言葉に対して、アカツキは同調するように溜息をひとつ吐いた。


「確かに、剣の都に着いてからもう三日だ。ぼちぼち”当たり”のひとつも引かねばいい加減つまらぬな」

「つまるつまらないの問題じゃないんだけどね……」


 なんて呆れたブロードだったが……しかし狙い通り、あるいは図らずしも、このあとすぐにアカツキの言う”当たり”を引き当ててしまうのであった。



◇■◇



 屋敷の制圧は、瞬く間に完了した。

 屋上から侵入。不意打ちに次ぐ不意打ち。最後は乱闘になったが、それもアカツキが手ごろな火掻き棒1本(もちろん屋敷からかっぱらった)を振り回し、ちぎっては投げちぎっては投げの大立ち回り。ついでにそのちぎ投げされた敵をブロードが片っ端から気絶させたり手錠かけたり縄で縛ったり。

 そんなこんなで極めて作業的にかつスムーズに終わった”上層部からの任務”であったが、”2人の目的”としてはここからが本番であった。

 というのも、乱闘の最中にてアカツキが不審な動きをする少年を1人見つけて、それをブロードがすかさず捕えたのだ。それも例のワイヤーアームを使って。

 ワイヤーアームとは要するに、機械仕掛けのナックルから巨大なレンチを飛ばす琥珀武器である。ナックルとレンチは1本のワイヤーで繋がっており、ナックル側の操作でレンチを飛ばしたり掴んだりできるのだ。その上、琥珀を動力としてレンチから電撃を流すこともできる。

 つまりブロードはそのワイヤーアームを飛ばして不審な少年を掴み、電撃を流して行動不能にしたのであった。


 そして現在、屋敷の制圧が終わったあとも少年は拘束されたままだった。感電したその四肢はぐったりと投げ出されており、そうでなくとも巨大なレンチがその胴をがっちりと押さえている。

 それでも少年はブロードのことを強く睨みつけていて抵抗の意志を見せていた。しかしブロードはブロードでその敵意に動ずることなく、それどころか少年のそばへと歩み寄りながら優しい口調で尋ねる。


「僕が聞きたいのはひとつだけだ。君は、本当に神威と繋がっているのかい?」

「……」

「そう警戒しないでくれ。僕らは神威の情報が少しでも欲しいだけなんだ。もし情報を提供してくれるというなら、君の身柄の安全は越境警護隊の名に懸けて保証するからさ。もちろん、神威からも護ってみせるさ」

「……」


 少年は、なにも答えなかった。しかしその代わりに、侍が横から茶々を入れる。


「こやつは神威と繋がっている。そこは間違いないはずだ」


 アカツキが、少年へと歩を進めながら淡々と語っていく。


「潜入か派遣かは知らんが、いずれにせよただのヤクザの小間使いなら襲撃の際に冷静に周囲を観察し、人混みに紛れて窓から脱出しようだなんて器用なこと、考えられぬだろう?」


 やがて少年のそばへと辿り着いたアカツキは、歩みを止めて愛刀に手を掛ける――次の瞬間、少年の首元にはすでに白刃が突きつけられていた。


「……!」


 少年の表情が変わった。彼は息を飲み、恐れ混じりに白刃へと視線を向ける。対してそれを突き付けたアカツキは眉ひとつ動かさず、冷淡な声音で宣告する。


「潔く死ぬか、それとも全て吐くか、この場で選べ」


 少年の目がありありと開かれた。その瞳に映る感情は明らかだったが、しかしアカツキは動じない。


「拷問など侍には相応しくないからな。このまま黙秘を貫くというのなら、一太刀でその首を落としてやろうぞ」


 少年は何も答えない。しかしその顔は確かに蒼ざめていった。

 なにせ少年は知っていたのだ――この屋敷にいたヤクザの大半を打ち倒したのがこの女侍だという事実を。しかも彼女は今の今まで手持ちの刀すら使わず、適当な火掻き棒1本でそれを行ったのだという事実を。

 少年の心臓が、命の危機にドクドクと警報を鳴らした。少年の目が泳ぎ、その口がぱくぱくと開いては閉じた。

 しかし……少年の目も口も、やがてはきゅっと閉じて頑なに結ばれた。

 そんな彼の心境は如何なるものなのか、いずれにせよ少年は吐いて助かる道を選ばなかった。

 つまり彼は選んだのだ。女侍に首を落とされるその瞬間まで、ただ黙って耐える道を――


「いいよ。もう行って」


 青年の優しい声が、少年の耳へと届いた。


「……!?」


 少年がおそるおそる目を開くと、女侍はいつの間にか退いていて、代わりに少年を捕まえた青年が立っていた。


「電撃を流した上での捕縛。実力差を見せつけた上での脅し。それでもなにも言わないんなら、大した情報を持っていないんだろう。万が一そうじゃなくても、僕だって拷問とか嫌いだしね。子供相手ならなおさらだ」


 そんな言葉と共に、ワイヤーアームによる拘束が解かれた。ブロードの操作によってレンチ部分が開き、そして彼の手元へと巻き戻っていったのだ。

 一方の少年はといえば、突然戻った自由にしばらくぽかんとしていた。が、状況に気づくと慌てて立ち上がり、それから一目散に逃げだした。

 やがて少年が視界から消えて、屋敷内が静かになった。そしてその頃合いを見計らったかのように、アカツキが溜息を漏らす。


「やれやれ、電撃を喰らったばかりだというのに元気なことでござるな。それはつまり拷問への耐性があるということで、つまりは”そういうこと”ではないのか?」

「だろうね。死ぬまでなにも吐かないように、きっちり”訓練”されてるみたいだ」

「ならばなぜ逃がした?」

「大人は子供を護るもんでしょ」

「随分と甘いな……大陸における犯罪の撲滅が越境警護隊の存在意義。そうでなくとも『条約』としては犯罪者を殺してしまったとしても大抵の場合、正当防衛で成り立つと聞いたが?」

「おいおい……そりゃこの大陸は物騒だし確かにそういう法もあるけどさ。だからといって殺し合いなんて普通に嫌だし、正当防衛だって時と場合による……って、無駄話なんてしてる場合じゃないな。ここにはじきに越警の別働隊が来るはずだ。後処理は彼らに任せて、僕らはさっさと飛空艇であの少年を追うよ!」


 ブロードの言葉にアカツキは目を丸くした。が、その意図を理解するとすぐに鋭い笑みを浮かべて。


「くくっ。なるほど、あの少年を囮に他の構成員を炙り出すわけか。ある意味では拷問よりも鬼畜だな?」

「いーや。確かに囮には使うけど、だからといってあの少年に危害が及ぶ前にはきっちり保護するよ。僕の見立てじゃ”喋らない”というよりも”喋れない”って感じだったしね。やっぱ放っておけないだろ」


 ブロードはそう言いつつも、その足はすでに飛空艇へと向けて早足で歩き始めていた。ゆえにアカツキもそれを追いつつ、そして再び声をかける。


「上層部からの任務に独自の調査、それに子供の保護か。時間がないくせして、余裕は随分とあるようだな?」

「余裕の有無なんて関係ないだろこういうのは。越境警護隊はグラド大陸を、ひいてはそこに住む人々を護るためにある。こんな危ない仕事早く辞めたいけどさ、でもそこに籍を置いている間くらいは役目を果たさないとね」

「なんというか、ありきたりな所感でござるな」

「ふんっ。どーせ君と違って僕は凡人ですよーだ」


 前を歩くブロードの肩が少しだけ大げさに揺れた。それを見て、アカツキはくすりと笑う。それからそっと、小さな声で。


「……そうだな。それがおぬしの美徳なのだろう」


 ――おぬしはなぜ拙者を信じられる? おぬしの命を救ったとはいえ、拙者が冤罪である根拠も証拠もないのだぞ?

 ――理由なく命を救ってくれた人がいる。なら理由なく信じたっていいだろ? でもそうだな……強いて言うなら君の刀捌きってすごいかっこいいし、男子はみんな居合切りとか好きなんだよ


 アカツキが静かにほほ笑む。しかしブロードは振り返ることなく、アカツキの表情を見ることもなく。


「今なんか言ったー?」

「いいや。おぬしはまっこと珍妙なやつだと思ってな」

「なんだよいきなり! てか君にだけは言われたくないしこのエセ侍!」

「随分な言い草だなぁ。前は刀捌きがかっこいいとか言ってくれたではないか」

「それはそれとしてその茶化し癖はなんとかしろとも前から言ってるよね! まったく、こんな切羽詰まったときにどうしてこう真面目にできないかな……」


 ブロードが呆れながら振り返ると、そこには堂々とした笑みだけがあった。真面目と不真面目の間ぐらいの、妙に自慢げな表情だった。


「そう焦らなくても大丈夫だ、ブロード。なにせおぬしの背にはこの拙者が、ユウヒ・ヨイダチがついているのだからな!」

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