3-5 ブロードとアカツキ(後編)
――約束の日まであと8日――
そこは剣の都の市街でも有数の、とある高級ホテルであった。そして今夜、とある男女2人がそこの部屋を1室だけ借りていた。
つまりホテルの1室に2人の男女。ならばすることなどひとつしかない。
「例の少年を追って、彼と合流した神威の構成員たちを捕まえて、そこからようやく見えてきた物があるわけだ」
「つまり、ようやく当たりを引いたのだな?」
そう、会議である。
片や鈍色の髪をオールバックに整えた青年。片やぼさぼさ髪を適当に纏めた女侍。
見るからに対照的な2人はしかし今、いくつかの資料が乗った机を挟んで向き合い、2人でひとつの議題に取り組んでいる真っ最中であった。
「当たり……とは言い難いけど、少なくともハズレではないかな」
「回りくどいな。あれか、手掛かりの手掛かりみたいなやつか?」
アカツキの問いにブロードは頷いた。
「僕らの最終目的は剣の都と神威との繫がりを明白にすること。そうすれば逮捕に踏み込めるし、上層部だって動かせる。もちろん、まだそこまでには至ってないんだけど……それでも今回の件で見つかった手掛かりは相当大きな物のはずだ。なにせ、剣帝ヴァルフレア直属の護衛騎士である『白騎士エグニダ』に繋がってるんだから」
ブロードが出したその名に、アカツキは顎に手を当てて考え込む。
「護衛騎士……主君専用の用心棒みたいなものか。懐かしい響きではあるが……しかし、そのエグニダとやらがどうしたというのだ?」
「そうだな……君はその口ぶりから察するにエグニダのことを知らないんだろ? だったらまずそこから話すよ」
そう前置いてから、ブロードは語り始める。
「この白騎士エグニダって男はその二つ名の通り真っ白な鎧を身に纏ってるんだけど、公の場において彼はその白鎧を脱いだことがないんだ。本当に一切、兜すら取らず、誰もその中身を見たことがないんだよ」
「ふむ。真っ白な鎧に不詳の素顔か……どことなく、寡黙で忠に厚そうではある、が」
「そう。君が、あるいは世間がイメージするようなそういう性格だってよく言われてるね。正に騎士の鏡だと」
「なるほど……ならば実力の方はどうなのだ?」
「そもそも主である剣帝が超強くて、その直属の護衛騎士っていうくらいだ。少なくともブレイゼルの中じゃ実力も名声もエリート中のエリートといって差支えないはずなんだけど、そのわりに所有する屋敷は小さくて、しかも剣の都の端の方。人気のない森の中にひっそりと建てられてるんだってさ……と、ざっくりあらましを話してみたわけだけど、ここまで聞いてどう思った?」
ブロードの問いにアカツキは腕を組んで、しばらく押し黙ってから……やがて結論を一言で。
「ウケはいいだろうな」
「というと?」
「一切気取らず自己主張もせず、ただ粛々と主に付き従う。それは主従における理想形のひとつであろう。加えて主が音に聞くような厳格で勇ましき剣帝とあらば、なおさらそれらしくも見えるか」
「その通り。実際、2人の主従関係は民衆にウケてるんだよ。エグニダの素性が曖昧だから、想像だって色々捗るらしいしね」
「であろうな。中身を見せず、ろくに語らず、屋敷だって森の中……怪しい仮説も、いくらだって立てられる」
アカツキの瞳が鋭く光った。
彼女の眼には、すでに映っていた。白……ではなくその真反対の色を纏う、1人の”騎士”が。
「黒騎士――その正体こそが白騎士エグニダだ……そう言いたいのか? ブロードよ」
アカツキが答えを導き出した。その途端、ブロードの顔に苦笑が浮かぶ。
「まぁそうなんだけど、先に言われちゃったなぁ……」
「ふふふ、拙者は真面目さと聡明さに定評があるからな」
「どこの定評だよ……」
「今考えた。しかしあれだな。ヴァルフレア直属の護衛騎士
ブロードはそれに同意して頷き、それからひとつの例を挙げる。
「剣ノ勲章、とかね」
それはかつて黒騎士がニルヴェアを説得するために掲げた勲章。九都市の領主が直々に、直接認めた相手にのみ送る貴重な勲章であった。
「うむ。やつが護衛騎士だというなら持っていてもおかしくない。むしろ持っていないとおかしいくらいだ……なるほど、段々面白くなってきた」
アカツキは鋭い眼光に重ねて、獰猛な笑みを浮かべした……が、そこでふと思いだす。
「ああそうだ。話を少し戻すのだが……結局、その『白騎士エグニダについての手掛かり』とは一体なんなのだ?」
「あ、そういえば話が逸れてたね。そうだな……そもそも僕らが押し入ったヤクザたちは運送業を営んでいたんだ。なにかといわく付きな品物を運ぶ、裏の運送業ってやつをね。で、そいつらがどうもエグニダの屋敷にもなにかを届けていたみたいなんだ。それも神威の下っ端を通じて、ね」
「神威がヤクザと組んで胡乱なブツを、か……ところでその届けていた中身というのはもう分かってるのか?」
「いや、そこまでは掴めなかった。自分たちの運んでいた物がなんなのか、誰1人知らなかったらしいんだ」
「なるほど。神威らしいというべきか、未だ実態は曖昧だが……しかし胡乱っぷりは良い感じに充満してきたな」
アカツキの言葉に、ブロードはただ無言で頷いた。それから彼は神妙な面持ちでこう告げる。
「ひたすらに怪しく、ひたすらに曖昧。まだ決定的な証拠はなにも掴めてない……」
「ならばどうする?」
「エグニダの屋敷に直接乗り込んで、確かめる」
その断言に迷いはなかった。ゆえにアカツキは「ほう!」と感心の声を上げつつも、しかしすぐに問いかける。
「しかしいいのか? 万が一なにも見つからなければ、犯罪者は我々の方になるぞ。拙者はべつに構わんが……」
「これは半分直感なんだけどさ、もうためらってる時間はないんだよたぶん。だから今ある手札で足掻けるだけ足掻いてみようよ。まぁなにもなければ犯罪者だし……そうでなくとも相手は大陸最強の剣士と名高い剣帝の護衛なんだ。当然、実力も折り紙付きのはず。もし直接対決ともなれば苦戦は必至、それでも……」
ブロードはその優しげな垂れ目で、しかし力強くアカツキを見据えた。
「賭け金が大きい分、上手くいけば実入りも絶対に大きい。やつが『黒騎士』である証拠を掴めれば、芋づる式に黒幕にも手が届くかもしれないんだ。これを逃す機会もないだろ?」
「ふはっ。相変わらず、妙なところで思い切りが良いでござるなおぬしは」
と、アカツキはそこであることに気づいて表情を変えた。
「しかしブロードよ。そういえばおぬしだって一応、越警という組織の一員であろう?」
「一応て」
「元より単独行動の多いやつだとは思ってはいたが、こればかりはさすがに仲間などを呼ばなくて良いのか? それに仮にも組織なのだから、上司の許可など面倒な手間暇が必要だったりもせんのか?」
「あー……うん、まぁ本来はそうなんだけど……その、ほら、うちって成果主義だし、事後報告でも、まぁ……そこはプレキシブル的な……」
ブロードは何やらごにょごにょと呟きつつも、その表情を徐々に悩まし気なものへと変えていく。
そんな様子をアカツキはじっくりと観察していた。にやにやと、イヤミったらしい嗤いを浮かべて。
「それとも、これも”握り潰される”のか?」
「……」
ブロードはやがて、「はぁ……」と溜息一つだけを吐いた。それが解答の代わりであることを、アカツキはすぐに察したのであった。
◇■◇
それは今より6日前。
調査のために越警技術部お手製の”飛空艇”で剣の都へと飛んでいく、その道中での会話であった。
「”調査”を一旦打ち切り、他の隊員と協力して”事件”の鎮圧に当たれ。そんな命令が実は上から出てるんだ」
ブロードが飛空艇を運転しながら語ったその事実に、助手席のアカツキは目を丸くした。
「調査って、たしかおぬしが進めておる剣の都の調査のことか?」
「その通り。それで上が言ってる事件ってのは、これも話したと思うけど『ブレイゼル領内で散発的な事件が立て続けに発生してる』ってやつだ」
「なんか聞いた気がせんでもないな。神威の仕業っぽいとかなんとか……」
アカツキはやや薄れてきた記憶から、該当する会話をなんとか思い出していく。
――越警や現地の騎士の対応で現行犯は一応毎回捕まえてるんだけど……なんか尻尾切りっていうかさぁ
――尻尾切り……つまりそいつらは囮ということか?
――実のところ、個々の事件の規模に対して越警から割かれる人員も明らかに過剰なんだ
「ほほう? なんとなく読めてきたぞ。要は今の越警にとってはおぬしもまた邪魔者なわけだ」
アカツキがしたり顔でそう言えば、ブロードは途端に苦い顔を見せた。
「悪いのは、上層部に巣食うごく一部の人間だけだ。ほとんどの隊員はこの大陸をより良くしようと頑張ってるし、上にだって信頼できる人はいるさ」
「くくっ、すまないな。おぬしを見ていれば、全部が全部腐っているわけではないことくらい分かるでござるよ。まぁそれはそれとしてだ……上からそんな命令が来たというのに、おぬしはこうして剣の都に直接乗り込んで調査を続行する気だ。それは普通に命令違反ではないのか?」
「べつに、命令に背くつもりはないよ。そのために君を連れてきたんだし」
「……ほう?」
「上からの任務を手早く終わらせて、空いた時間で剣の都の調査を続ける。君という実力者も、この飛空艇っていう胡乱な代物も、全てはそのために用意したんだ」
◇■◇
「まったく、苦労が好きな男だな。おぬしは」
アカツキのからかうような一言。それに対してブロードは、またひとつ溜息を積み重ねてから返事を返す。
「好きじゃないから頑張ってるんだよ。のちのち本当に苦労しないようにね」
「ふむ。のちのち、というと”約束の日”のことか?」
「とりあえずはね……ここでエグニダ
「なるほど。大捕り物で組織全体を動かすとは、大それたことを考える……まぁ拙者としては少年少女と合流してから黒幕と直接対決としゃれこむのも悪くないと思うがな」
アカツキのそんな軽口に、ブロードはすぐジト目を向ける。
「……君がなにを考えていようとも、僕は今でもニルヴェア様を巻き込むのには反対だからね」
「なんだ。1杯奢っておきながら、まだそんなことを考えておるのか? 諦めの悪いやつだな」
「君が諦め良すぎるんだ。それに、どこまでいってもニルヴェア様はまだ15の子供で、しかも戦う必要なんてない世界で生きてきた子なんだ」
「そうだな。しかしニア殿はおぬしが思っているような箱入り息子……娘? ではないかもしれんぞ。芽が出るかはニア殿次第だが……」
「正直、できることならレイズ君にだって頼りたくない」
「ほう?」
アカツキはそこで気づいた。ブロードの真意……というには、あまりに素朴な感性に。だから彼女はあえてその質問をぶつけてみる。
「くくっ……しかしなブロード。レイズは越境勲章を持っておる。つまりおぬしの組織そのものが、あやつを実力者として認めているのだぞ。それでもおぬしはあやつを子供とみなすのか?」
「みなすもなにも子供は子供だ。そして僕ら越境警護隊は”未来”を護るのが仕事なんだ」
ブロードは迷うことなく断言した。
しかしそれからすぐに、ふっと表情を緩めて。
「正義の侍なら、そこら辺分かってくれると思うんだけど?」
アカツキはその言葉に一瞬だけ目を見開き、しかしすぐにほほ笑み返す。
「まっことお主はどこまでも普通で、どこまでも変なやつだな」
「え? なにそれ、馬鹿にしてる?」
「馬鹿にしてる」
「君ねぇ……」
「しかしだからこそ、信用に値する」
ユウヒ=ヨイダチの笑みが、不敵なそれに変化した。
「賭け金が大きいほど実入りも大きいというのなら、一人より二人の命を張った方が返りも大きいということだろう? ならば拙者も、お主の賭けに一口乗らせてもらおうか」
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