3-11 三流記者と触手野郎
「久しいな、黒騎士。いや……白騎士エグニダと言った方が良いか?」
アカツキがそう問いかけた直後。その隣に立つブロードもまた、懐から手帳を取り出してエグニダへと突き出した。手帳の表面に描かれているのは、大陸を護る大盾のエンブレム。
「いきなりで悪いけど越境警護隊のブロードだ。白騎士エグニダ、貴方には神威との共謀の疑いが掛かっている。大人しく投降するなら手荒な真似はしないけど、抵抗する気なら実力行使も――」
「一々前置きが長いんだ。貴様の言葉も、貴様が描く記事も」
唐突にエグニダが口を開いた。ブロードの言葉を遮ぎって。
「なぁ、そうだろう? 『ブラク・ワーカ』……いや、『ブロード・スティレイン』だったか」
「……ま、そりゃバレてるよね」
ブロードは『
そのことを彼は理解して、しかし特に動じることなく。
「で、投降するの? しないの?」
そう問えば、エグニダは鼻で笑ってくる。
「ふん。まさか素直にするとでも?」
「君はたしかアカツキと1戦交えたって聞いたよ。その時は”剣1本”で済んだみたいだけど、今度はそれが胴1本になるかもね。そして僕らの法はそれを咎めないし、僕個人としても仕方ないことだと割り切れる」
「おいおい、正義の味方の言葉とは思えないな。これが世も末というやつか?」
「世も末にしてるのはお前たち神威だろ」
「十把一絡げにして語らないでくれよ。神威だって一枚岩じゃないんだ。俺は神の威を借りるとか世界の破滅とか、そういうつまらんことを望んじゃ」
「――増援でも待っておるのか?」
アカツキが、会話を断ち切り割り込んだ。
「少なくともこの部屋に限って言えば、おぬし以外に生物の気配はない。ならばだらだら語る理由など、外部からの増援以外にないだろう」
「趣味なんだよ、会話するのが」
「”白騎士”は寡黙で従順な騎士らしい騎士だと聞いておったがな」
「人にはいつだって裏の顔があるものさ。なぁ――かの主人殺しの大罪人『ユウヒ・ヨイダチ』なら、理解できないわけがないだろう?」
そのエグニダの言葉に驚いたのは、アカツキ当人ではなくブロードの方だった。
「そこまで調べ上げてたのか……」
「無論、それが冤罪だということも知っている――神威と、そして越警に潜む内通者の手によって、貴様が犯人に仕立て上げられたことも含めてな?」
……アカツキは、ただ黙するのみだった。だから代わりにブロードが言葉を返す。
「随分と仕事が早いね。そんなに剣を斬られたことが悔しかった?」
「もちろんだとも。こちらにとってはリベンジ戦なのだ、手は尽くして当然だろう?」
「だってさ。随分と買われてるね、アカツキ」
そう言われて、アカツキはようやく口を開く。
「いずれにせよ斬れば同じでござるよ……死人に口なし、だ」
アカツキはすでに姿勢を変えていた。腰を低く落とし、愛刀の柄に手をかけた居合の姿勢をエグニダへと見せつける。だが見せつけられた方は呆れたように肩を竦めるだけで。
「なんだ、まさか分からないわけではあるまい。俺は貴様の冤罪を晴らせる重要参考人なんだぞ?」
しかしアカツキもまた、揺らぐことはなく。
「どうせなにをしようが、なにも吐く気はないのだろう? ならば……今すぐ斬る方が無駄な手間もかかるまい」
アカツキの殺気が鋭い眼光となってエグニダを貫いた。が、やはり彼はそれをそよ風のように受け流し、好き勝手に喋るのだった。
「まったく……ろくに喋らない。他者の話も聞かない。人斬りにさえ躊躇がない。そんな、人の暖かみというものがまるでない復讐者には……」
エグニダが不意に、ゆるりと手を挙げる――その手にはいつの間にか、ひとつのスイッチが握られていた。
「同類こそが、相応しい」
エグニダがスイッチを押した。カチッ……と小さな音が鳴って。
直後、アカツキとブロードの背後からがしゃがしゃと物音が響いた。
「うそっ!?」「なにっ!?」
ブロードが、そしてアカツキまでもが驚き背後を振り返る。それと同時に2人を2つの影が覆った。しかしアカツキは即座に動きを見せる。
「どけっ、ブロード!」
アカツキの声がブロードを反射的に退かせた。その直後、
一閃。瞬く間に、2つの影が横一線で断ち切られた。
2つが2分割、合計4つの塊となったなにかは力尽きたように地面に落ちて、妙に硬質な音を立てた。それは決して、生き物の肉が落ちたときの音ではなかった。
だからブロードはすぐ床に目を向けて、そして驚愕する。
「これは、機械仕掛けなのか……?」
ブロードの視線の先では、4つの塊――琥珀機械がばちばちと火花を上げていた。アカツキもまた機械を見下ろして納得している。
「なるほど。生き物でないなら気配を読めないのも道理か……」
「――機械兵、というのだよ」
「「!!」」
二人が振り返ったその瞬間、ガキンッ! と快音が打ち鳴らされた。その音源はアカツキの懐。次の瞬間には、彼女の刀はすでに宙を舞っていた。
「貴様っ……!」
「アカツキっ!?」
「神威の新作、お気に召してもらえたようでなによりだ!」
刀を弾き飛ばしたのは、エグニダの胴体。その鎧の隙間から伸びた1本の触手であった。いやに赤黒く生々しいそれは、かつてアカツキとレイズから逃げおおせるときに使った物の正体でもあった。
エグニダはその触手を、『機械兵』を呼んだ直後に放つことでアカツキの刀を狙い打ったのだ。
そして侍から刀が離れた今、エグニダはこの好機を逃さんとばかりに自身の大剣を振りかざし、アカツキへと襲い掛かってきた。一方、狙われたアカツキは舌打ちひとつ。
「ちっ、やはり体を弄っていたか! もはや人間よりも妖怪に近いな!」
エグニダへと悪態を吐きつつも、彼女の眼は刀が飛ばされた方向をしかと捉えていた。だがしかし、刀が飛ばされたその先では、人を模したからくり仕掛けの兵士が――エグニダ曰く機械兵が、群れを成して立ちはだかっているのであった。
(あの人形どもがどれほどの動きをするのか分からんが、いずれにせよあの鋼の体躯……刀がなければ斬れぬか)
そう考えながら再び視線を戻せば、エグニダはもう目の前に迫ってきていた。
「刀無き侍など、最早侍とは呼べんなぁ!」
叫びと共に、大剣の刃が高く高く持ち上がる。その直後、ぼぅっ! と激しい噴射音が鳴り響き、大剣の背が眩く燃えた。
それはかつての月夜にも見せた、琥珀仕掛けのジェット噴射。炎の勢いが大剣を押し込み、恐ろしい勢いで迫りくる。
しかしアカツキはそれから視線を逸らすことも、そこから逃げることも選ばない。
「おぬしの言うことも一理ある、が」
彼女はその身に纏うぼろ布をばさりとなびかせると、懐に隠し持っていたもう1本の剣を――予め拝借しておいた儀礼用の剣を掴み取った。そしてそれを躊躇なく、頭上から向かって来る大剣に合わせて振るう。大剣の腹へと己の剣を這わせ、そのまま全身を回すことで大剣の重圧をぬるりと”流す”。
「なに!?」
使い手の驚愕と共に、片刃の大剣が地面を砕いた。そしてその隣で、
「黄昏ノ型・
アカツキは悠々と佇んでいた。
受け流した侍と受け流された騎士、二人の視線はすぐに交わった。その途端、騎士の方は反射的に後方へと飛んだ。あるいは飛ばざるをえなかった。
しかし相対する侍はそれを追わず、その場で剣を突き出して堂々宣言。
「おぬしにひとつ教えてやろう。刀を振るうから侍なのではない。侍が振るうから刀なのだ」
「はっ、粋なことを言ってくれる! だが……」
エグニダは頬に一筋の冷や汗を流して……それでも彼は嗤っていた。
なぜならアカツキが見せつけている儀礼用の剣、その端はすでに摩擦熱で溶けかけていたからだ。鈍らで大剣を受け流したその代償は明確。ゆえにエグニダも確固たる口調で言い返せる。
「そのお飾りの剣で、あと何度受け流せるか! 試してみ――」
白!
「っ!?」
エグニダの視界を、あっという間に白い煙が覆った。
その煙はアカツキの姿を隠し、今もなおどこからか噴き出し続けている。エグニダはすぐに煙の流れを辿ってその発生源を探し……己の足下に、それを見つけた。
白煙の発生源は、床に転がっていた1本の筒だった。
「ちっ、越警の犬め……!」
その筒の名は『スモークグレネード』。
それは旅客民がよく使う煙玉を元に越境警護隊が開発した、より多くそして長く煙を撒くための道具である。
「悪いけど、2度目はないよ」
不意に、エグニダの耳へと声が届いた。彼ははっとしてすぐに振り返り、
「ハサミ!?」
エグニダは咄嗟に右腕を盾にした。直後、その右腕を巨大なハサミ――もといワイヤーアームがガキッと掴み、バチバチッ! エグニダの黒鎧を、青白い稲妻が激しく駆け回った。
琥珀仕掛けの電流一撃。それを仕掛けたのは越警の犬ことブロードであった。
「鎧だったらよく通るだろ!」
濃くなっていく白煙の中、ブロードから見ればエグニダの姿はおぼろげにしか見えなかった。
だがブロードは確信していた。この電撃は生物に耐えられるものではないと。ゆえにほんの一瞬気を緩めてしまった、そのときだった。
「うおっ!?」
ワイヤーアームが尋常ならざる勢いで引っ張られた。ならば当然、その持ち主であるブロードも勢いに引きずられていく。
「マジかっ……!」
ブロードは焦りながらも迷わず、その手に握るナックルを操作。ワイヤーアームによる拘束を解除してそれを引き寄せる。
(肉体改造のせいか知らないけど、全然効いてないみたいだ。ってことは……!)
ワイヤーアームのアーム部分がナックルへと引き戻って接続されたその直後、眼前の白煙を切り裂いて黒い巨体がずわっと姿を現した。
「さすが三流記者はやることも姑息だな!」
エグニダが罵倒と共に大剣を振り回してきた。
だがブロードは咄嗟にバックステップを踏んで大剣の間合いから身を躱す。さらにワイヤーアームを腰のホルスターにしまい、ついでにきっちり文句も返す。
「誰が三流記者だこの触手野郎!」
そしてブロードは琥珀銃を構えて応戦しようとした。だが、エグニダの踏み込みはそれよりも速い。
「貴様の文章には”熱”が籠っていないのだよ!」
苛烈な大剣の攻めに、付け入る隙間は残されていなかった。
「こんのっ……!」
ブロードは歯噛みしながらも逃げの一手を選択する他なく、ゆえにエグニダは攻め続けられる。
エグニダの腕は身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回し、エグニダの口はブロードへの罵倒を軽やかに振り回していく。
「インタビュー対象への予習復習を怠るばかりか下賤な質問ばかりを並べたて、あのお方に興味がないのが丸見えだ! これではスパイだとばれるのも必然だというもの!」
罵倒がそして大剣が、縦横無尽に襲い掛かってくる。
「まじっ、このっ、結構自信あったのに……!」
ブロードの表情に苦渋が滲む。それは罵倒がざくざく心に刺さった証拠……である以上に、
(どういう腕力してんだこいつ! いい加減止まれよこの……!)
上から下から左右から。攻めは一向に止まることなく、息つく暇すら貰えない。
一応、一振り一振りの速度自体はブロードでも見切れるものであり、現に直撃はまだ貰っていない。
しかし躱し続けることによる単純な疲労が体を、そして一振りごとにブロードの体を打ち付ける風圧という名の殺気が心を削っていく。この一振りを、はたして直に喰らったらどうなるか……。
ブロードの心身がじわじわと追い詰められていく。その最中、それは不意に起こった。
(!)
幾度目かの振り下ろしの直後、大剣の動きが止まったのだ。
(隙間が空いた!?)
ブロードは反射的に琥珀銃を構えて、その間隙にためらいなくぶっ放す。彼の銃は可変式であるが、この一撃に選択したのは
(せっかく顔が剥き出しなんだ。狙わない理由はないだろ!)
捕縛のために貫通力を抑えたエネルギー弾は、決して顔をミンチになどしない安心設計だ。しかし捕縛のために衝撃力を高めてあるので、たぶんきっと死ぬほど痛い。そんな安心設計万歳な銃口にエグニダの顔面を捉えて、ブロードはトリガーを引いた。
ガキキキキキキンッ!
それは収束された散弾が、金属にぶつかり打ち鳴らされた音だった。
「……あっ」
トリガーを引いて、一拍遅れて、ブロードは気がついた――散弾の全てが、大剣の腹で受け止められていたことに。
「まさか、フェイント――」
気づいたときには、既に大剣が動き出していた。刃がぶんと大きく動いて、1度エグニダの脇で止まる。続いて繰り出されるのは横薙ぎの一閃……そうブロードは予測して、それから見積もる。
(まだ見切れる。まだぎりぎり躱せる。強引に飛べば――)
!?!?!?
直感が、思考よりも先に体を動かした。
直後。ブロードの身体は、炎を噴き出し加速した大剣に弾かれて軽々と吹き飛び、壁に激突したのであった。
――ところで、越境警護隊の装備というのはそのブラッ……過酷な任務に耐えうるべく、とにかく頑丈に作られている。
例えば、超加速した大剣の一撃にさえ耐えきれるほどに。
「っ……たぁ……!」
ブロードは壁に背中を打ち付けてへたりこみながらも、未だに意識は失っていなかった。
彼が咄嗟に盾にした琥珀銃は”くの字”にひん曲がって最早使い物にならない……だがそれと引き換えに、体の方は大事を負わずに済んでいた。
「ぎりぎり、セーフ……! でも聞いてた、話と違うなっ……!」
ブロードは思い返す――先ほどの一撃、自分が銃を盾にしたあの瞬間、エグニダの大剣は間違いなく炎を噴いていた。
(『大剣のブーストは一発打ち切りで琥珀が空になり、勝手に排出される』それがアカツキから事前に聞いていた情報だ。だからリロードしない限り、2度目のブーストはないと読んでいた……けど、結果は違った。よく考えれば、最初のブーストのあとに琥珀の排出がなかった気がする。単なる見落としかもしれない。あるいはこの煙の中でリロードしただけかもしれない。だけど……)
「なんとなく、あのブーストはもうリロードなしで、げほっ、パなせる……そう考えた方がいい、かな」
ブロードは時折咳き込みながらも、しかしその目から闘志を失ってはいなかった。彼はゆっくりと己の四肢を動かして、その感覚を確かめる。
「まだ体は、十分動く……はは、僕って悪運だけはわりと強くない?」
ブロードは顔を上げた。目の前は白一色。スモークグレネードによる白煙が、エグニダと自分との間に壁を作ってくれている。
「やれるだけやってみる。これも、仕事だしね」
そう呟いて、ワイヤーアームを握りしめた。
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