2-6 インタビューとアクセサリ(前編)
なんやかんやと街を歩き回ってしばらく。
ニルヴェアの情緒がそこそこ安定してきて、『街の散策を楽しむ』という当初の目的もぼちぼちこなせるようになってきて、2人の間に漂う空気もほどよくゆるーくなってきて……そんな頃であった。ニルヴェアがいきなり声を上げたのは。
「あ! レイズ、あそこちょっと寄ってもいいか?」
「ん、アクセサリの出店か? まぁべつにいいけど……」
ニルヴェアが先を行く形で2人が赴いたのは、様々なアクセサリが店頭に並べられた出店であった。ニルヴェアは店番をしている店員に早速話しかける。
「すみません。これもやっぱり手作りなんですか?」
「もちろん、ここは職人街ですから!」
年若い女性店員は、にこにこと愛想よく答えてくれた。
「デザインから製作、販売まで手芸仲間と一緒にやってるんですよ。誰にでも似合ってー、ちょっと素朴でー、だけどふとした瞬間に印象に残る。そんな庶民派アクセサリーショップがウチのコンセプトなんですよ!」
「なるほど……確かにこのアクセサリーたち、ワンポイントを重視してるというか、派手じゃないけど造りが緻密だったり素材の良さを活かしているって感じが……あ、この羽根飾りとか素敵ですね」
「お嬢様、お目が高いですね! これ私が創った新作なんですよ! ここにお好みで紐を通せる穴があって、ネックレスや髪留めなどお好きなところに――」
やいのやいの。ニルヴェアと店主はアクセサリ談義に花を咲かせていく。しかしふと、ニルヴェアの後ろから。
「ふあ……」
あくびがひとつ聞こえてきた。振り返ってみればレイズと目が合った。どこか眠たげな、完全に暇を持て余している目であった。
「あ、すまない。お前はこういうのに興味なかったか?」
「あんまりな。そらかっこ悪いよりかっこいい方がいいのは分かるけど、余計な物はいらないっつーか……俺的に大事なのは機能美ってやつだからな。てかむしろ、ブレイゼル領こそ風土的に質実剛健であまり着飾らないって印象があったんだけど……そこら辺どうなんだ?」
「そうだな。機能美、質実剛健か……他者の目を気にせず、純粋に己を研ぎ澄ます。確かに一理ある考えだと思うし、領全体の傾向としてもおそらく間違っていないが……」
ニルヴェアは腕を組んで考える。記憶の中の知識を探って引き上げて、それを言葉に変えていく。
「昔、兄上がファッションについてインタビューを受けた時にこう言ったんだ。『人の上に立つならば、人は決して無視できない』ってね。言い換えれば『外見を気遣うのは、自分ではなく他者のため』ってことになるかな」
「ふーん。ブレイゼルのトップがねぇ……意外っちゃ意外かもな」
「だろ? でも兄上はトップとして人目に晒され続けることを、そして前領主の父上と比べられる年若きリーダーであることを常に意識していたんだ。だからむしろ、この手のこだわりに関してはむしろ人一倍強いんだよ」
「なるほど。ま、つまりは『人と会うなら身だしなみに気をつけろ』ってこったな。そりゃ確かに一理ある」
「あはは、ざっくりしてるけどそういうことだ。あっ、だからって外面を気にしない人間が全員粗雑だとはもちろん思わないし……逆に外面ばかり着飾って内面を磨かない、なんてのは論外だな」
「それも確かにだ。でも、そうだな……なにげに気になってたんだけどさ。ファッションにこだわってるっていうなら、お前仮にも男だったのにすげー髪長いけど、それもなんか理由とかあんの?」
「仮にもって言うな過去形にするな!」
ニルヴェアは律義にツッコミを入れて、それから答える。
「まぁ理由ならある。正直、僕の長髪は兄上の受け売りなんだが……その兄上が仰られていたんだ。『この長髪は高貴を自慢するためではなく、人の上に立つ者としてのシンボルだ』ってね。だから兄上も僕みたいにこう、首の付け根の辺りで結ってるんだけど、兄上の髪はとても綺麗な銀色でさ。それが1本に纏まると業物の剣のようにしゅっとなるんだ。どうだ、兄上の長髪はかっこいいだろ?」
(だろ? と言われても知らんし)
レイズはこっそりと思った。
(お前の長髪はどっちかって言わなくても可愛い感じだし……)
こっそりと思った。
それはそれとしてレイズは言う。
「ま、要はお洒落な兄貴に倣ってお前もこういうのにこだわってるってわけだ」
「そういうことだな」
「だったら、俺のことは気にせず好きに見てろよ。今日は楽しむんだろ?」
「そうか? ならもうしばらく見させてもらうが……あまりにも暇なら遠慮せず言えよ?」
「りょーかい」
というわけでニルヴェアが再びアクセサリを物色し始めた、その一方で。
(つっても暇なもんは暇なんだよな……お、雑誌も売ってるのか)
レイズは出店のすぐ横に置かれた簡易的な本棚に気づいた。表紙を見せて並べるタイプであり、こちらは主に新聞や週刊誌などの既製品を売っているらしい……と。
「剣帝ヴァルフレアの秘密に迫る、特別インタビュー掲載……?」
レイズが眉にしわを寄せた。彼が読み上げたのは、とある雑誌の表紙に書かれている煽り文句だ。そしてその文句と共に、表紙には1人の青年の顔写真がでかでかと載せられていた。
「こいつが剣帝ヴァルフレアか……」
雑誌に映る青年。その首元で1本に括られた銀の長髪は、ニルヴェアの言う通り確かに一振りの剣を連想させる。それに細長い顔つきも、鋭く研ぎ澄まされた眼光も。
(なにもかもが剣って印象……剣の都の王様、か……)
正確には”王様”ではなく”領主”なのだが、それはそれとしてレイズはヴァルフレアの姿を今の今まで知らなかった。それだけでなく彼の人柄や身辺情報なんかもろくに知らないことに、レイズは今になって気がついた。
(俺たちの敵に回る可能性のある男……)
だからレイズはその雑誌を手に取ろうとして。
(……ニアの前で読むのもあれか)
やっぱりやめた。が、その横からひょいっと伸びてきた1本の手が、当の雑誌を手に取って。
「変な気を回すな」
声に気づいて隣を見れば、いつの間にかニルヴェアが立っていた。
「ニア……」
ニルヴェアは手に取った雑誌を腕に抱えながら、呆れた表情をレイズへと見せる。
「お前、たまーに分かりやすいよな」
「んなっ」
「あのな……確かに今日は楽しむと決めたわけだが、それは現状から目をそらすためじゃない。兄上の情報が欲しいんだろ? だったら、僕がいた方が捗るに決まってるさ」
少女はなぜか、妙な自信に満ちていた。
◇■◇
2人は雑誌を買ったあと、出店を一旦離れて、近くのベンチに並んで座った。
それからレイズが雑誌を開き、ニルヴェアが横から覗き込む形で一緒に読み始めた。もちろん真っ先に例の特集ページから開いた。すると、
『若き名君にして大陸最強の剣士ヴァルフレア、その弛みなき努力とそれを支えるプライベートの秘密に迫る! ライター:ブラク・ワーカ』
そんな見出しから始まって、まず冒頭ではヴァルフレアについての概要が書き並べられていた。その中に、こんな一文があった。
『信じられないような話だが、今からおよそ14年前。齢12の頃から、なんと彼は既に戦場の最前線で戦い続けていた。類稀なる天賦の才に加えてブレイゼル家が積み重ねてきた英才教育を施されていた彼は、初めて戦場に出て以降、1度たりとも戦いに負けたことがないのだという……。』
「12の頃から無敗、ねぇ……」
レイズが雑誌を読みながら呟けば、すぐに横から「これは大事だから補足しておくんだが」ニルヴェアの解説が飛んできた。
「兄上が双剣使い……二刀流なことは知っているか?」
「いや、初耳だけど……」
「なら説明が要るな。まずこの二刀流……重鎧を纏わず、両手にそれぞれ剣を持って身軽に戦うスタイルはリョウラン伝統の構えなんだけど、しかしブレイゼル領ではほとんど使われていないんだ。ここの主流はむしろ鎧を着こんで一対の盾と剣、あるいは盾としても扱える大剣1本を構えた、いわゆる騎士流剣術だからな」
「ふーん。なら黒騎士の戦い方も案外正統派に近いってことか」
「そうだな……でもブレイゼル本家が抱える騎士団には1人だけ、二刀流を扱える騎士がいたんだ。そして兄上は、その人に師事して二刀流を習った……というのが、あの人が初めて戦場に出るさらに1年前の話だ。つまり兄上は初めての戦場からずっと、二刀流を愛用し続けてきたわけだな」
「ガキの頃から鎧無し盾無し剣だけのノーガード特攻野郎ってことか。まぁ剣の王様らしいっちゃらしいかもな」
レイズは納得して、それから読書を再開しようと、
「そう、そこも兄上のかっこよさなんだよ! あ、二刀流ついでに補足しておくと『決して敗北することはなかった』っていうのは間違いだな。確か11年前に兄上とその仲間の騎士団は領を脅かすほどに大きな竜と戦ったことがあって、そのときに1度敗走はしているんだ。もちろんそのあとに再戦を挑んで見事討ち取ったんだけど、のちに仲間の騎士がこう語ったんだ。『仲間たちが次々と剣を手放し倒れていく中で、ヴァルフレア様とその師だけは剣を終ぞ手放すことがなかった。2人は共に殿を務めて最後の最後まで竜を引きつけ続けたのだ。彼と彼の師がいなければ、私は今頃こうして語ることすらできなかっただろう』ってね。その話が象徴する通り、兄上が戦場で双剣を手放したことは一度たりともないんだけど、それがたまに誤解されてこういう風に伝わっちゃうんだよな」
「お……おう……」
レイズはちょっとだけ引いた。
「とりあえず、次読んでっていいか……?」
「大丈夫だ。ちゃんと補足は入れていくし、分からないところがあればなんでも聞いてくれ」
『やがて7年前の『鋼の都攻略戦』を機として、彼はその1年後に領主の座を受け継ぎ、今のブレイゼル領の隆盛を築いた……ここからは、武人ではなく領主としての彼の仕事ぶり。さらに領主業の合間での修行などについて実際にインタビューを行っていく。』
鋼の都攻略戦。
聞き慣れない言葉にレイズは首をかしげた……が、その単語を記憶から引っ張り出すのに、さほど時間はかからなかった。
「鋼の都攻略戦ってーと……そうだ、思い出した。たしか『十都市条約』に加盟してた『鋼の都』を首都に置く『ダマスティ領』が条約違反に当たる戦争をいきなり吹っかけてきたって話だよな。で、結果的にダマスティ領は敗北。他の領に分割統治される形で消滅して条約も『九都市条約』に更新された……だったか?」
そこにニルヴェアがすかさず補足を加えてくる。
「大雑把には合っているが、ここで重要なのはダマスティ領が戦争を仕掛けた相手がブレイゼル領だったってことだな。だけどブレイゼル領の騎士団は、他の条約加盟都市からの応援もあって、最終的には鋼の都にまで敵勢を追い込んだんだ。そこで起こった最後の戦いが『鋼の都攻略戦』。そしてその戦において、鋼の都の心臓部である『ダマスティ城』の攻城戦を任されたのが当時19歳だった兄上と、兄上が率いる百人の精鋭騎士団だったんだよ。ただ……」
そこで一度ニルヴェアは悲しげな表情を見せて、それから静かに語っていく。
「ダマスティ城は別名『鋼鉄要塞』とも呼ばれる難攻不落の城だったんだ。詳細は分からないけど、その城が百人の精鋭を……全滅に追い込んだらしい」
「全滅って……そりゃまた、なんつうか……」
「それでも兄上はたった1人生き残り、ついには最深部まで辿り着いた。そしてダマスティ領主の首を討ち取り、帰還した。それが決め手となって戦争は終わり、やがてその功績を父上に評価されて……だから兄上は若くして領主の座に就くことができたんだ」
一側面においては喜ばしい戦果だが、しかし一側面においては悲痛な事実であった。ニルヴェアは兄を想ってか黙りこくってしまったが、しかしあるいはだからこそ、レイズはあえて明るい態度を貫いてみせた。
「オーケー。それじゃ歴史の授業はこのぐらいにして読み進めてこうぜ? 剣帝のプライベートってのも気になるしな」
「気になるか!? 兄上のプライベート!」
いきなりテンションがぶち上がったニルヴェアに、レイズはわりと引いた。
「うん。だからとりあえずまずは読ませて?」
レイズは再び雑誌を読み進めていく。どうやらここからは実際のインタビューをそのまま会話形式で載せているようだ。
『領主家業で忙しい上に、こうしたインタビューなどのファンサービスなんかも積極的に行っていると聞いています。しかしそこまで多忙だと、当時のように剣を振るう暇もないのでは?』
『確かに父上の時代と比べれば今は平和になった。それにつれて領主という立場の意味も変わっていった。このような場への対応もその一環であり、ゆえに修行実戦問わず剣を振るう機会が少なくなったのは確かだ。しかし……だからこそ、自分の中で一振り一振りが重くなった』
『と、言いますと?』
『例えば、より密度が濃く効率の良い修行の方法を考えるようになった。それに実戦も、そうだな……例えば騎士団が賊の制圧を行うときなどに無理を言って参加させて貰うことがあるのだが、これもまた様々な意味で貴重な機会だと大事にしている。つまり日々の自由が減った分、逆に時間の大切さが身に染みるようになったのだ。そう思えば、この多忙な生活も己の惰性を改める良い修行だということになるな』
『なるほど。領主でありながら、武人としてのストイックさは変わらず、ということですか』
「……多忙こそ修行の機会って、領主就任1周年記念の時点で語って知れ渡ってるじゃん。なんで今更そんなのを掘るんだよ。返しのコメントもありきたりだし……」
なんか隣でぶちぶち文句が聞こえてきたけど、
(さーて次行くか次!)
レイズは見て見ぬふりをして、さらに読み進めていく。
『ただ業務に忙殺されることなくそれすら修行に変えるとは、流石としか言いようがありません。しかしそんなヴァルフレア様もまた人間、であるならば趣味や癒しの時間というのも決して欠かせないのでは?』
『そうだな……”取り入れること”全般が好みなのは、今も昔も変わらないな。例えば執務中の息抜きは、騎士団の鍛錬を眺めることだ。少し前に今年の入団試験が終わって若い騎士が新たに入ってきたのだが、やはり若さというのは眩しいな。無鉄砲で荒い剣筋は、だからこそ成長の芽を感じさせ』
「訓練をいつでも眺められるよう、鍛錬場のすぐ近くに新しい執務室を造ったのは有名な話だな」
補足が横からいきなり割り込んできた。
「まだ途中だからちょっと黙っててくれない?」
『あとは本もよく読む。昔は戦国絵巻や兵法書などが中心だったが、最近は立場柄どうしても政治関係が多くなってしまうな。昔はリョウランの文化が趣味だとも自称していたが、ここ数年はろくに触れる機会がない……忙しいのは良きことだ、とはいえ少し寂しくも』
横から補足が以下省略。
「さっき二刀流はリョウランから伝わったって言ったろ? 実は兄上は幼い頃から、リョウランの戦を物語調に描いた『戦国絵巻』のファンだったんだ。二刀流もそこで知って憧れたんだって。『そのヒロイックな戦い方が人の上に立つ武人として相応しいと直感的に感じた』って理由なんだけど、でもブレイゼルの質実剛健な気質を背負って立つ兄上がこういうこと言うのはちょっと不思議に思うだろ? でもでも、そこがミソなんだよ」
「あのさ、あのさ、あのさ、あのさ」
補足以下略。
「さっき出店でも言ったけど、兄上は常に外観に気を遣う人なんだ。だけどそれはあくまでも人のため、民のため。ひいては戦場で隣り合う仲間の士気を上げるため、というのが本質なんだ」
「ちょっっっっといいか???」
補略。
「だから兄上の戦装束は軍服の改造品で、戦闘から公務までいつでもどこでも使える正に常在戦場の、ちょ、なんだいきなり揺するなまだ話の途中だぞ!」
「俺は! まだ! 読んでる! 途中!!」
レイズ、心の底からの訴えであった……が。
しかしニルヴェアは「はぁ……」と溜息をついてから、さも当然のように言い放ってみせる。
「って言ってもな。どうせそのあともしょうもない質問が続くんだぞ? 最初から最後までヴァルフレアという人物そのものには興味ないってのが丸わかりなんだよ。所詮は人気目当ての三流記事ということだ。だったら僕がちゃんと補足しないと情報収集にならないじゃないか」
「なんか薄々気づいてたけど……さてはお前、この本持ってるな!?」
「なにを言っているんだ。僕は分家とは言え一領を治めるブレイゼル家の一員だぞ……」
「ニア……」
「――古今東西あらゆる兄上情報の収集、保管ぐらいできなくてどうするんだ?」
レイズはマジで普通に引いた。
「うっそだろ権力の使い方ヤバいなお前。それ大体ストーカーじゃん!」
「人聞きの悪いこと言うな! 弟が尊敬する兄上のことを知りたがってなにが悪いというんだ! ちゃんと公開されている情報しか取り扱っていないし、隠し撮りとか怪しげなリークにだって頼っていないぞ!」
「なんで微妙に分別つけてんだよ逆にこえーよ……」
レイズはいい加減ドン引きしながらも、しかしそのニルヴェアの情熱によってひとつの事実に気づかされた。
「でもま、なんつうか……」
雑誌に視線を落として言う。
「そこらの週刊誌にインタビューが載ってるってことは、この手のサービスにも気兼ねなく応じてくれる人柄ってことでもある……民にとっては親しみやすくていい領主さんなんだろうな」
「もちろんだろう。今更なに言っているんだ?」
「はいはい……」
レイズは開いたままの雑誌をじっと眺める。だがその思考は雑誌ではなく、もっと遠くへと向いていた。
(領主にしちゃ年若くて、だけど人望があって、実戦経験も豊富で、しかも努力家で)
「見てみろよこれ。兄上はダマスティ攻城戦以降『少なくとも10年は結婚せず領と大陸の平和に尽くす』って宣言しているのに、未だに色恋沙汰について質問しているだろ。ほんと人気目当ての記者って低俗で嫌だよな」
(ブレイゼル領はまだそんな回ってないけど、各街の治安もかなり良い方だと思う。この街だってまだ首都からは遠いのにこんなに賑やかだ。統治者としても優秀なんだろうな)
「なんでこう、上っ面をなぞるだけのインタビューが製本されて罷り通ってるんだ? まったく情けない……本当に良いインタビュアーというのはこう、もっと奥から魅力を引き出すもので……」
(平和な統治の裏に神威の暗躍、なんて俺だって疑いたくはないけどさ……)
「ファンクラブの会報で低評価受けていたのも頷けるというものだ。兄上が人気になるのはそりゃ嬉しいけど、まったくこうもニワカが増えると資料の精査が面倒で」
「うるせーーーーーーーー!!!」
レイズがキレた。
ニルヴェアはびっくりした。
「なんだいきなり!」
「なんだいきなり!? 我ながらよくここまで我慢したと思うよ俺! むしろお前こそ俺に申し訳ないって思って! 一般人にとってはこのインタビューでもわりと十分なの分かって!?」
「レイズ、お前……妥協するつもりかよ! これも言ってみればひとつの戦いじゃないのか!?」
「俺が知りたかったのはざっくり色々分かる程度の概要であって、べつに執務室がどうとかファッションがなんだみてーなささやかエピソードはいらないんだよ悪いけどさ!」
「……レイズ」
「な、なんだよ」
「今日は楽しむ日なんだろ」
「で?」
「僕は兄上のことを語れて楽しい」
「ごめんな俺はだいぶ辛いんだ」
「でもさっき出店で『俺のことは気にするな』的なこと言ってたろ。だから僕もいい加減に遠慮はやめようと思うんだ」
「んああああああああ」
レイズは思わず頭を抱えた。わりと本気で頭が痛かった。
(このままじゃ頭おかしくなってヴァルフレア博士にされちまう! いやこういうときこそ諦めないのがナガレの流儀! なんかこう、上手い具合に話をそらす手段をだな……!)
レイズはなんとか気力を振り絞り、頭を上げて、急ぎ周囲をきょろきょろと見回す。そして――一縷の希望を見つける。
「あっ」
目が合ったのは、先ほどの出店の女性店員であった。
彼女はなぜか店の外に出て、遠巻きにだがレイズたちを観察して待っていたらしい。その証拠に目が合った途端、ひらひらと手を振ってきたのだ。
(ありゃ俺たち……というか、もしかしてニア待ちか?)
それは根拠のある理屈というよりも、単なる直感だった……もっと正確に言えば。
(うんそうだなそうであってくれ頼むから!)
思い込みを信じて、というよりそれに縋って、ニルヴェアに言う。
「ニア。情報収集もいいけど、お前を待ってる人がいるぞ。ほらあれ、さっきの店員だろ」
「へ?」
レイズが指差し、ニルヴェアが促されてそちらを見ると、店員が小走りで寄ってくるところだった。
「ニア。はい、スタンドアップ&ゴー! 待たせちゃ悪いだろ!」
レイズはニルヴェアの肩や背中をぐいぐい押した。ベンチからむりやり立たせて、そのままわっしょいわっしょい押し出していく。
「えっ、なに? なんだ?」
「知らんけどなんかあるんだろ。つーわけで店員さんあとよろしく!」
「はいは~い!」
レイズのパスを、店員は見事に受け取った。どうやら予想は当たっていたらしい。レイズがこっそり拳を握るその一方、店員はニルヴェアの肩をわしっと掴みながら一気に捲し立てていく。
「あのですねぇ、さっきの羽根飾り。お嬢様にぜーったい似合うなと思ったらどうしても気になっちゃって! ちょっと付けてみるだけでもいいですから、ね?」
「で、でも今は大事な話の途中で」
その瞬間、レイズがすかさず援護射撃を飛ばす。「大丈夫大丈夫!」腕の良い射手は一瞬の隙も見逃さないのだ。
「もうなにもかも終わってるから好きに弄ってやってくれよ店員さん! いやー俺お前に似合う羽根飾りって超気になるな気になるぅー!」
「よーし彼氏さんからの許可も貰えましたし、それじゃあ早速店の中に行きましょうゴーゴー!」
「いや、こいつは彼氏じゃな、ちょ、力つよっ、ばっ……馬鹿レイズー!」
ニルヴェアはそんなあられもない捨て台詞を吐きながら、拉致……丁重に連れていかれた。そんな彼女を、レイズは爽やかに手を振って見送った。
そのときの表情はあとから振り返っても、今日一番に晴れやかなものであったという……。
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