第2章 意地っ張りと意地っ張り
2-1 旅客民とナガレの誇り
大陸というのは、かつてこの世界にひとつだけのものであった。
その大陸には無数の人類が住まい、そして英知と栄華の極みにあった。しかし人類は愚かにもその極みをもって大陸中を巻き込むほどの戦争を起こし、やがては多くの命と共に大陸そのものを砕き割ったのだという。
そしていくつかに割れた大陸と共に人類は散り散りになり、その力は大きく衰退した。
しかしそれでも人類は、方々の大陸でなにやら好き勝手に立ち直ってきていた。
やがてかつての文明が『旧文明』と名付けられるほど遠い昔となったとき、とある大陸の人々は自分たちが住まうそこに名前を付けた――グラド大陸、と。
そして時は流れて現在。そのグラド大陸には今、大きく分けて2つの脅威が幅を利かせていた。
ひとつは獣。
やつらは人よりも屈強かつ多種多様。その上で弱肉強食の理に支配された、純粋な暴威である。そんなやつらとの戦いこそが、グラド大陸の歴史を築いてきたと言っても過言ではない。
しかしその傍らで、新参者とも言えるもうひとつの脅威が徐々に頭角を現し始めていた――それこそが、人の悪意であった。
遡ること30年前。
『十都市条約』が結ばれたことにより、グラド大陸の中で最も大きい十の国々が初めて繋がり一丸となった。正確に言えば彼らは”国”であることを放棄し、”領”として条約の下に属することを選んだのだ。
その当時、大陸中の国々はその大半が疲れ果てていた。元より絶え間なき獣の脅威に。その中でも終わることのない国同士の戦争に。
数多くの国が勝手に産まれては滅ぶ中、十の大国が選んだのは『条約の下に団結して、この大陸から争いを排すること』だった。
これにてめでたしめでたし、となればよかったのだが……国が繋がったその裏で、繋がってしまった悪意があった。
それまで国々で勝手に活動していた悪党たちが国境を越えて手を組み、あるいは抗争を始め、独自のネットワークを築き始めたのだ。
大陸を牛耳る野望を抱えた者。単純に闘争や略奪を望む者。あるいは秘密裏に『旧文明の遺産』を研究する者……彼らが裏で関わり合うその中で『神威』のような一大犯罪組織が産まれたのはひとつの必然だったのかもしれない。
そういった事情ゆえに条約は、幾度かの改定を経て定めた。
『民もまた領の財産』という理念の下、人の悪意と獣の暴威から民を護るため、全ての街や村に一定以上の防壁を築くことを。そして民の街から街、あるいは領から領への移動を記録、管理し一定の制限下に置くことを。
しかしそれにはリスクが伴った。せっかく大陸中が繋がったのに人の流動がないのでは、経済が回らず技術発展なども望めない。それに加えて、大陸に元から居た『流浪の民』と呼ばれる一派や旅の商人、あるいは流れ者の傭兵など、旅を生活の基盤とする者は数多く、彼らからの批判も相次いだ。
……ここまで来れば、察する者もいるだろう。
そう。『ナガレ』――正式には『旅客民』と呼ばれるその地位は旅する者たちの受け皿であり、そして彼らを通じてグラド大陸全体に様々な物を巡らせることで大陸を活性化させる。そのために作られた地位なのだ。
しかしそんな出自ゆえに、旅客民に就いている限り定住は決して許されず、大陸全体への貢献のために旅を続けなければならないという決まりも生まれてしまった……そんな文面をだけを見ればまるでちょっとした流刑かなにかのようであり、実際に『地位を剥奪して旅客民として追放する』という刑も地域によっては存在している。
しかし定住を許されずとも、たとえ旅を続けることがどれだけ厳しくとも……この大陸から旅客民は失われなかった。
なぜならば、一定の義務と引き換えに得られる『旅をする権利』にはそれだけの魅力があるからだ。その権利は単に旅をしていいという許可だけのものではない。その一言にはいくつもの特権ともいうべき権利が内包されているのだ。
そのひとつが、例えば――
◇■◇
涼しげなそよ風が森の木々を揺らし、ゆっくりと登っていく朝日が湖をちかちかと照らしている。そんな爽やかな明け方に、少女の甘い声が響き渡る。
「うわ、わ、ふわー……」
金髪蒼眼の少女ニルヴェアはその小さな両手を存分に動かして、目の前に広がる栗色の毛並みをわさわさとかき分けていた。
「すごいな。この滑らかな触り心地……」
ニルヴェアの前に立っているのは一頭の馬であった。アカツキの愛馬ハヤテ。彼は主人以外の無遠慮なわさわさにも、微動だにせず立派に佇んでいる。
「でもその下の筋肉はすごいがっしりしてて……相当鍛えられてるんだろうな……」
ニルヴェアが感心する一方、隣ではアカツキがうんうんと頷いていた。
「ハヤテはリョウラン領の中でも有名な名馬2匹のサラブレットだ。毛並みも体格も掛け値なしの一級品だぞ?」
「はぇぇ……うわー……かっこいいなぁ……」
ハヤテを延々と撫でまわし続けているニルヴェア。しかしそんな彼女の背から、どこか投げやりな声が届く。
「おいおい。この領には騎士なんてごまんといるだろー? 仮にも首都に『剣の都』って名前が付いてるんだし。なのにたかが馬のなにがそんなに珍しいんだか……」
「そこなんだよ!」
ニルヴェアが、大声と共にぐるっと振り返った。するとその視線の先にいたのは、地面に座り込んでいたレイズだった。
「わっ、なんだなんだ!」
いきなりの大声にレイズは驚いたが、しかしニルヴェアはそれを気にも留めず意気揚々と語り始める。
「レイズ。確かにお前の言う通りブレイゼル領には騎士が大勢いるし、その乗り物といえばやはり馬だ」
少女の頬。その白い肌がほんのり紅く色づいていく。
「竜騎士というのも浪漫あるけどあいにくブレイゼルに竜はいないし、そうでなくとも騎士の王道と言ったらやっぱ馬だろう! 洗練された細身の内に強靭な膂力を秘めた、質実剛健を体現するその肉体! そして寡黙で忠義に厚い、騎士に通ずるその性格!」
(馬にも色々いると思うんだけど、ツッコむと間違いなく面倒くさくなるな)
レイズは内心でこっそり思い、それの代わりに当面の疑問を口にする。
「いや。俺が言いたいのは騎士が栄えてる領ならそれこそ馬なんて腐るほど見るだろって話で……」
「自分で言うのもなんだが、僕は箱入りだぞ」
「……? や。よしんば騎士と会う機会がなかったとしても、貴族なら愛玩や乗馬用に1頭や2頭……」
「そういうのって基本的に小柄で安全なやつだろう? それなら屋敷にも昔いたし、僕も乗ったことあるけど……あれは馬であって馬じゃない……」
「馬過激派かよ……でも、それじゃあなんだ? お前はまさか馬を1回も観たことがないっていうのか?」
「遠目では何回か観る機会もあったが、それだけだ……この街は長らく平和だった。だからこそ僕という”予備”が住んでいたわけだし、平和なところに騎士が来る理由もない」
「まぁ、そう言われりゃ……そういうもんか……?」
「なんだよ。随分頑なだな」
「あー、なんつうか……ピンと来ない……?」
レイズが首を傾げたその直後、
「旅を続けていると、ある種の実感が薄まっていくのでござるよ」
横合いから割り込んできたござる口調に、ニルヴェアもまたきょとんと首を傾げた。
「ある種の実感?」
ニルヴェアが顔を向けると、そこにはぼろ布纏った女侍ことアカツキが立っていた。
「一般的に人は自らの産まれた街と、精々その2つ隣の街までの世界しか知らないまま日々を過ごしていくものだ。条約により移動に制限がかけられた今の世なら尚更な」
「……あ!」
ニルヴェアがなにやら閃いて、それからぐるっとレイズの方に向き直った。
「根本から違ったんだ!」
「なに、どういうことさ?」
未だピンと来ないレイズに、ニルヴェアが説明を始める。
「僕とお前じゃ文字通り世界が違うんだ。お前は旅をしてきたから色んな”移動手段”を見てきたんだろうし、たぶん地域によっては生き物を積極的に使うところもあるんだろう。だから『馬くらいそこら辺で見るんじゃないか?』という感覚があるんだと思う。だけど少なくともブレイゼル領の一般の民において、普段目にする移動手段なんてものはひとつしかないんだ」
そこでニルヴェアは一度言葉を切って、それから突然問いかける。
「ところでレイズ。お前はたしか
「え? お、おお……」
――なぁ、俺の荷物は? バイクに積んでたやつ
それはレイズが昨晩の会話でちらりと話していたことだった。
「つっても、今は街の中に置きっぱなしだけどな」
「でもとにかくお前も”車”を使ってるんだろう?」
「まぁな。そりゃ今のご時世……って」
そこでレイズは気づいた。とあるひとつの事実に――九都市条約が定めたある制約に。
「そっか。普通は車だよな、特別な理由でもない限り」
ニルヴェアは頷いて、それから話を引き継いで続ける。
「正確には公共の
「つーかそもそも、馬みたいな生き物だって条約で規制されてる移動手段のひとつだもんな。ってなると自然と見れる場面も限られてくる、か……」
旅客民の大きな特権。そのひとつがこのグラド大陸において、個人で”移動手段”を持てることであった。
街が城壁に護られ、民の移動に制限がかかっているこの大陸において、個人で移動手段を持てる地位はごく限られている。
領を護るための武。あるいは旅をするための脚。それらが本当に必要な人間にのみ、移動手段の所持は許されているのだ。そのひとつが旅客民なのである。
「なるほどなぁ。旅続きでそこら辺あまり意識してなかったし、田舎でもナガレの1人や2人立ち寄るだろと思ってたけど……」
レイズはアカツキの愛馬へと視線を向けてから言った。
「車なんてものがあるご時世、ナガレだって移動に生き物を使う方が珍しいんだ。そりゃところによっちゃ見る機会なくてもおかしくないか」
「そういうこと……だけどな! それでも未だに馬は騎士の乗り物として適任とされている。ということは、やはり馬にしかない魅力が多々あるんだよ! 例えば同じ単騎の移動でもバイクより馬の方が積載量は多いし融通も利く。過去から培った人馬一体の戦術だってあるし、あとはあとは……」
(薄々感じてたけどこいつ……語らせると長くなるタイプじゃね?)
というわけで、レイズは決めた。この話題をさっさと切り上げることを。ニルヴェアが馬トークに夢中になって本来の目的を忘れる前に、彼は立ち上がって言うのであった。
「ま、とにもかくにもまずは出発しようぜ。みんな準備できたんだろ」
レイズの一言を聞いて、ニルヴェアの口が止まった。さらに彼女の表情は、みるみるうちに青ざめていき……
「そういえば関門、どうしよう……」
不安が口をついで漏れだした。それもやはり条約のルールに基づくものであった。
基本的に、街への出入りの際は旅客民だろうと一般民だろうと関門を通り怪しい人物ではないかを検査、記録を残す必要がある。もちろんやましいことがなければあっさりと終わるものなのだが……
「今の僕って、わりと戸籍不明なんだよな……?」
「わりとじゃなくて完全に、な」
「謎の薬で女になりましたーって、信じて貰えると思うか……?」
「”遺産”に深く関わってるならなんつうか、不思議なことの1つや2つ動じないかもしんないけど……少なくとも一般的な検問じゃ無理じゃねぇかな」
「だよなぁ。それに検問自体も厳しくなってるかも。なにせたぶん僕は行方不明ってことになっているし、屋敷から死傷者だって出たんだ……」
「しかも元々屋敷に神威が潜伏してたんだ。ならお前を逃がさないため、検問にだって同じように裏切り者が混じってるかもな」
「……もしかして、結構詰んでる?」
「ってことだけど、どーするアカツキ?」
不安がるニルヴェアに対して、しかしレイズはこれといって焦ることもなくアカツキへと話を振った。するとアカツキもまた、全く動じずに答える。
「ま、懸念事項は山ほどあれど、行ってみなければ分からんだろう」
「そ、そんなさくっと……」
「結局なるようにしかならんのが世の常だ。それに、拙者の読みが正しければ案外――」
◇■◇
街をぐるりと囲む外壁のごく一部。ぽっかり空いた穴のような関門で、2人の旅客民が検査を受けていた。
1輪のバイクに乗った少年と、荷馬車を引く1頭の馬に乗った女侍である。
検査には大きく分けて2つのステップがあった。
まずは身分証明の提示。2人は旅客民としての身分証明証を、そして少年の方はさらに越境勲章を提示した。
続いて荷物の検査。関門の守衛は、少年のバイクやそれに積まれた荷物を目視でチェックした。続いて、女侍の馬が引く荷馬車の中も同様に覗き込む。キャンプ道具、食料、衣類の山などがわりと適当に積まれていた。整理整頓はともかく、積み荷自体に怪しげな物は見当たらない。
守衛はすぐに荷馬車から顔を外して2人に告げる。
「旅客民のアカツキとレイズ。確かに両名の素性および勲章の正当性については確認させてもらった。すでに”依頼”の連絡も受けている……ニルヴェア様を頼んだぞ」
こうして2人の旅客民は、ごくあっさりと関門を通り抜けることができた。
それから2人は関門から続く長い1本道をのんびりと走っていった。バイクに内蔵された琥珀が回すエンジン音と、馬の蹄が地面を叩く音だけが街道に響いている。だだっ広い草原に左右を囲まれた素朴な街道を走って、走って、背後の街が米粒ほどに小さくなったところで……
「本当にあっさり通れましたね……」
ニルヴェアがひょっこりと、馬車から顔を出してきた。その表情はどこか不安げなものだった。
「い、いいんですかね……? 仮にもブレイゼル家の人間が行方不明になったというのに関門があんなに緩くて……」
荷馬車から馬上へ。少女の疑問を聞き届けたアカツキはあっさりと答える。
「元より屋敷の兵士から各所に連絡を飛ばすよう伝えたのは拙者だ。そのついでにナガレとして『神威と思われる奴らからニルヴェア様を奪還する』依頼を引き受けておいたわけだな。だから話がスムーズに進んだのがひとつ。加えてこの手の信用証明として、レイズの持つ越境勲章は非常に便利なのでござるよ」
「越境勲章ってたしか、昨晩に見せられた……」
ニルヴェアは『希少金属に”大陸を護る大盾”の意匠が彫られている勲章』を脳裏に描いた。その直後、彼女の耳に少年の声が届く。
「あれは越警からの信頼の証。要するに正義の証明ってこった」
ニルヴェアが隣を見てみれば、レイズが速度を落として荷馬車と並走していた。
「正義の証明?」
「おう。例えば緊急を要する状況……それこそ今みたいなときに関門で引っかかって時間を食うなんて馬鹿らしいだろ。そんなときにこの勲章を持ってれば他のやつより優先的に関門を通して貰えるってわけだ。さらにこの勲章は越警から人格者として認められた証でもあるから、検査の時間だってかなり短縮される……ま、それを利用して俺たちは違法行為をしてるわけだけどな! 身元不明の人間を隠して関門を通り抜けるっていう!」
「う˝っ」
ニルヴェアが表情を苦くした、その途端に馬上からも追撃の言葉が飛んでくる。
「越警の権威は素晴らしいでござるなぁ。とはいえ拙者だって諸々の辻褄合わせはめっちゃ頑張ったんでござるよ? ま、あれもこれもバレれば普通に犯罪でござるが」
「う˝う˝っ!」
ニルヴェアの胸にざくざくと罪悪感が突き刺さった。なにせ彼女はアカツキが荷馬車内にわざと散らかした荷物の中へと身を潜めることで、関門をやり過ごした張本人なのだから……と、そんな彼女の心境を知ってから知らずかレイズが無遠慮にからかってくる。
「素性不明な上に犯罪者。ニア、お前も中々箔がついてきたな?」
「そのあだ名はやめろ! 大体、僕だって本当はこんなこと……!」
仮にも屋敷住まいの貴族だったはずが、一夜にして無残に転げ落ちていく。ニルヴェアの脳裏には嫌が応にも今後の心配がぐるぐる回っていた。
「というか、僕はこの体が元に戻るまでずっとこんな生活をしなきゃいけないのか? いや、騒乱の真相が公になればせめて身分は……って、それはつまり僕が女になったことが世間にばれるってことじゃないか!? そうなると、まずはやはり男に戻ることから……そうだよ。体さえ戻れば証明の手段だっていくらでも、いやでも霊薬ってなんなんだよ! 結局は事件を追わないと始まらない……」
うだうだと考え込むニルヴェアだったが、しかしアカツキはその真反対の表情をしていた。からからと笑って、気さくに言う。
「何事も、なるようにしかならぬでござるよ~」
「ちょっと! そんな簡単に――」
「少なくとも当面の身分についてはぼちぼち考えてある。素性不明に関しては、今日中にでも晴らしてみせよう」
「え? それってどういう……」
「それよりもニア殿?」
「えっ。というかあだ名……」
「そういえば聞いておくべきことが1つあったのだ――おぬしはナガレという存在について、どう考えている?」
いきなりの質問に、ニルヴェアは意味が分からず言葉に詰まった。およそ3秒の間を置いて、アカツキが補足を差し込む。
「そうだな……貴族など地位の高い者には、ナガレに対して一括りに浮浪者だとまとめて見下す者もいるでござろう? 無論、ニア殿がそうでないことはすでに分かっておるが……だからこそ逆に、おぬしの意見が気になってな。それに今は共に旅をしておるのだ。そのあたりの距離感というやつも掴んでおきたい。だから遠慮せず、正直に語ってくれ」
「なるほど……」
ニルヴェアは少しだけ考えて、しかしすぐに口を開く。
「良くも悪くも自由奔放、ですかね」
「ふむ……良くも悪くも、というと?」
「貴方たちを見ていれば嫌でも分かる。旅客民というのは特定の居場所を持たず、それでも己の身ひとつで生きていける強さを持った人たちだ。その自由で逞しい生き方はある種の尊敬に値すると思うし……正直、屋敷からあまり出られなかった僕にとっては眩しい生き方でもあります」
「なるほど。思ったより好意的でありがたいが……だったら”悪くも”というのは?」
「定住するというのは、護るべき物があるということでもある。そう僕は思ってます。例えば家族、居場所、祖先や血筋。それに……従うべき主や、護るべき民だって」
ニルヴェアの蒼い瞳はいつだって見ている。誰よりも尊敬する、兄上の背中を。ゆえに彼女は思っている。
「そういうのを全て捨てる生き方。それは、その、少しだけ……」
「無責任に見えるでござるか?」
「い、いや! そこまで言いたいわけじゃ!」
「構わんよ。というか普通に正しいのだ」
「え?」
ぽかんとしたニルヴェアに対して、アカツキはくつくつと笑いながら語っていく。
「昨日も言ったがナガレというのは基本的にたちが悪い。もっと具体的に言えば、自分がなにかに縛られるのを嫌う面倒者ばかりだ」
そして横からレイズも便乗。
「つーか絶対じゃないけど、”街で真っ当に暮らせないやつらの受け皿”って面は大なり小なりあるしな。大体『ナガレ』ってあだ名だって元はその手の流れ者を指す蔑称なわけだし?」
そう言われれば、頭の中にぽんと疑問が浮かんできた。
「そういえばずっと気になってたんだけど……なんで2人とも『旅客民』じゃなくて『ナガレ』と自称しているんだ? なにか特別な理由でもあるのか?」
その疑問にはレイズが真っ先に答える。
「あ? 言ったろ、そっちの方がかっこいいって。旅客民って呼び方は堅苦しいし回りくどいんだよ」
「そういえばそんなことを言われた気がしなくも……いや、でも元が蔑称だって自分でも分かっているんだろ……?」
「べーっつになぁ。俺としちゃあ、俺がナガレになった頃からナガレはナガレだったわけだし。つーか自分で自分を旅客民って呼んでるナガレもほとんどいねーし」
「そういうものか……? アカツキさんはどうなんですかそのあたり」
「そうだな……拙者の感覚としては『しっくり来る』と言った方が正しいのかもしれん。なにせナガレなんてのものはろくな生き物じゃない。そう考えると蔑称ぐらいが丁度良いと思わんか?」
アカツキはそうあっけらかんと語ってみせた。だがニルヴェアの表情はむしろ渋くなっていて。
「自分からわざわざ蔑むんですか……」
「くくっ、お気に召さないでござるか?」
「さっきも言った通り、僕は旅客民というものを尊敬していますから。正直に言えばもっと誇ってくれてもいいと……」
「やっぱ貴族って、名前を大事にするもんなのか?」
横からぽん、と疑問が投げられた。声の主はレイズだった。
「なんだよ、また馬鹿にしてるのか」
「いやそんなムッとすんなって。ほら、森の中で馬トークしたときにさ、お前だって言ってたじゃん。『世界が違う』って。それで思ったんだよ。そういうの、結構面白くないか?」
「まぁ、それは分からなくもないが……」
「だろ? 考えてみりゃ違う世界を知るのも、旅の醍醐味ってやつだ……」
レイズはそこでふわりと笑みを浮かべると、それから遠くへ目を向けた。彼の視線は、ずーっと続く1本道の向こうへと。
「ナガレに誇りなんて大層なものがあるのかないのか。あるいはあったとして、それがどこに宿ってるのか。知ってみるのも一興かもな」
「えっと、それはどういう……」
「ニア殿。前を見てみるといい」
「え?」
アカツキの言葉に釣られて、ニルヴェアも道の向こうへと顔を向けた。すると遠くからなにかが近づいてくるのが見えた。
「白い、箱……?」
3人が道を走るその反対側から、白い箱のようななにかが近づいてきている。程なくして、白い箱の正体が見えてきた。それは人を乗せ、琥珀を燃料にして走る鉄の箱。
「バス……?」
「それにしては小ぶりでござるな。しかし単なる乗用車にしては大きめだ。領から一時許可を受けた商人や貴族が乗っている可能性もあるが、その場合は随伴の護衛を付けるのが基本だ。しかしあの車は単体で走っている。つまり……」
「あれにも旅客民が乗っている、と?」
「同乗者に護衛を乗せている場合もあるがな。しかしあの規模の車なら旅商人か、あるいは……」
そうこうしている間にも車はすぐ近くまで迫り、その外観を見せつけてきていた。
機体の前方2割ほどが運転席、残り8割がコンテナで占められた運搬車≪トラック≫のようだった。それはやがてのんびり安全運転で、3人とすれ違い――
「アンタたち、ナガレだろ!」
突如、街道に声が響いた。3人がそちらへと、今まさにすれ違ったトラックへと顔を向けると、その運転席からひとりの青年が顔を出して3人を見つめていた。
青年は快活な笑みを浮かべながら、自身が乗っているトラックをくいっと指差していきなり妙なことを言うのだった。
「うちで飯食っていかないか! 今日のおススメは、ついさっき入ったばかりの新鮮な牛肉だ!」
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