第28話 病名――インフルエンザ
僕らの眼前に飛び込んできたその人影は、周りを見渡して僕らを見たかと思うと、左右に体を揺らしながらゆっくりとこちらに向かって歩いてきた・
吹き抜けた壁から入る光がその人影の顔を照らしてく。
徐々に光に当てられ明るみになっていくその顔は、僕らが捜しジンが呼び出した通りの人物だった。
「リュート!」
ゆっくりと歩いてくるリュートに駆け寄っていく。
「ヒロか……」
僕を視認したリュートは、気だるげに小さな声で呟いた。その声は少し枯れているようにも思える。
僕を見つめるリュートのめはどこか虚ろで焦点が合っていないようにも見える。それに随分と顔が赤いし、額には汗が滴っている。
「やっと来てくれたかい。しかしその様子だと万全とは言えないみたいだね」
トレンチコートに手を突っ込んだジンが、またも見透かしたように僕らを眺めている。
「万全じゃないって、何か知っているのか。ジン」
「まあ僕の予想通りだったけれどね。僕も一年目にはお世話になったし」
「つまり、何が言いたいんだ?」
僕とジンの会話をリュートは見ているが、何か口を挟んでくることはない。この状況を理解しているのか、それとも理解しようとしているのか。しかしリュートの眼は相変わらず虚ろのままで、僕らの会話が耳に入っているのかも怪しい。
「リュートくん、健康診断にはちゃんと行ったかい?」
ジンがリュートに向かって指をさす。
「……いや、なんだそれは」
リュートはまたも気だるげに答える。
その様子をジンは顔に笑みを浮かべながら頷いている。ジンの笑みは徐々に深まり、遂には声を出して僕らを見ている。
「何がおかしいんだ」
「……いや、ほんと、笑っちゃうなと思ってね。魔力があっても病気病気には敵わないってことさ」
「病気……リュートは病気なのか?」
「ああそうさ。そしてきっと、インフルエンザだろうね」
「インフルエンザ?」
どうして確信をもってそんなことが言えるのだろうか。ただの風邪であっても同じような症状は出るはずだ。
そう考えながらジンの言葉を聞く。ジンは次第に顔の笑みを小さくしていった。
「まあ一年目は仕方ないさ、予防接種は大事だからね」
「インフルエンザって……」
「さて、とりあえずリュートの状況はわかったんだ。病院にでも連れていってあげよう」
とっくに笑いを隠したジンは、ポケットに手を入れたまま通路に消えていく。どうやら外に出るようだ。
そしてその後ろをハクがついていく。しかしハクはハルの横を通る直前、ハルの顔をまじまじと見つめたかと思うと、短く鼻を鳴らしてジンの元へと駆け寄っていった。
「な、何だったんだろ?」
ハルも不思議そうに僕を見るが、僕もハクの意図はわからず肩をすくめてハルに応える。
「そんなことより。リュート、歩けるか?」
隣でリュートは今も辛そうに呼吸をしている。ジンがインフルエンザと言ったのを一度は疑ったが、もしかしたらその予想は当たっているのかもしれない。
その後に「一年目は」とも言っていた。もしかしたらジンも一度たどった道なのだろうか。
僕が肩を貸そうとすると、リュートは息を荒くしながらも手を前に出して言った。
「大丈夫だ、一人で歩ける」
辛そうに応える姿には、全然大丈夫じゃないだろと言いたくなるが、ここは何も言わず肩を貸してやる。
「おい、大丈夫だって――」
「いいから手伝わせろって、お前が辛そうにしてると調子が狂うんだよ」
そう、冷めた態度と口調で無表情を投げかけてくるリュートこそ、本当のリュートなのだ。こうして辛そうにしているのはリュートっぽくない。
それに、いつも助けてもらっているのだ。こういう時くらいしか恩を返せないくらいのことは理解しておいてほしいものだ。
そう目で訴えかけると、僕の意思がリュートに通じたのかリュートは冷めた笑みを僕に返した。
リュートを病院に連れて行き診察をしてもらった。病名はジンの予想通りインフルエンザ。発症から二日目辺りのようで、医者が言うには一番つらい時期らしい。
リュートの話を聞くに、これほどの体調不良は人生で初めてのようで、体のダルさのあまり僕に連絡を返す余裕がなかったとか。それでも廃ビルまで来たのは、僕の助けてというメッセージと、考えられない程に大きな魔力を感じたからだと言っていた。
リュートが廃ビルへくる直前まで、ハクがしていた謎の行動は魔力を空気中に放っていたらしい。
結果的にはリュートに会うことができたのだが、ジンの思惑通りに全てが進んだと考えると少々癪なのだが、放っておけばリュートの病状も悪化していたかもしれないので良しとしよう。
そのジンはリュートと話がしていたがっていたが、リュートも余裕をもって話ができる状況じゃないことを理由に「リュートの風邪が治れば廃ビルに来てくれ」と言って去っていった。
廃ビルに来いということは、もしかして廃ビルに住むつもりなのかと思ったのはジンたちが去ってからだが。ハクみたいな小さな子供も連れているし、そんなことは無いだろうと信じている。
しかし、よくよく考えてみれば、あの二人組は本当に謎めいている。
異世界から来てこの世界に永住している、というのが本当なのかどうかもわからないし、あの二人組の関係性もよくわからない。
というか、二十代近くの男が十歳ほどの女の子を連れ回しているというのは犯罪では?
わからないことだらけではあるが、僕らの日々はそれでもやってくる。
リュートは数日学校を休むと言っていたが、僕やハルは当然ながら登校する。そろそろ期末考査も近いし、勉強の方もがんばらなくてはいけない。
そう意気込んで靴紐を結び僕は玄関を開けて外に出た。
家の前にはハルが立っている。どうやら僕を待っていたようだ。しかしその顔はどこか不安がっているようにも見えて、なにやら道路の方を気にしている。
「ハル、おはよう」
「おはよう、ヒロ……」
僕に手を振るハルだが、やはり道路の方を気にしているようだ。
「何かあるのか?」
「うん。まあ……」
ハルの曖昧な反応が僕の興味をそそらせる。
気になってハルの元へと近寄ると、ハルが気にしていた存在に気付いた。
「な、なんでここに……」
「……そんなん、うちが言いたいわ」
そこには、こんな時期だというのにノースリーブのワイシャツに長袖のブラウス、そして極めつけはホットパンツというファッションを着こなす謎の関西弁少女――ハクが腕を組んで立っていた。
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