番外編 Our memories of that day. [2]
王都から少し離れた森の中――耳を澄ませば鳥のさえずりが聞こえ、意識を森の茂みへと向ければ小動物を感じられる。一見のどかな自然に感じられるが気を抜いてはいけない。
樹木を揺らしているのは何も小動物だけではないからだ。
むしろ俺たちの狙いは〝それ〟なのだ。こんな森の中でも魔力の流れはあって、少し集中すれば、この森の中でも魔力が乱れていることがわかる。
だからこそ、そんな魔力の乱れを好む化物どもには注意して今回の任務を達成しないといけないのだ。こんな視界の悪い森の中では特に化物との遭遇は避けたい。
樹木の間から照らす木漏れ日に目を細めながら歩いていると、目の前にある藪がガサガサと音を立てた。
「……!」
意識を藪の方に向けてその正体を探った。魔力で剣を作り出し咄嗟に身構えるが藪の向こう側にいる存在に気付いて剣を消した。
藪をかき分ける音が大きくなり、遂にその藪の中から一人の女の子が飛び出した。
「リュートせんぱーい!」
手を振って俺を呼びながら向かってくる女の子。俺の前で立ち止まった恍惚とした顔を軽くデコピンする。
「いてっ!」
叩かれたデコを両手で押さえながら女の子は涙目で俺を見つめた。その眼からは「何をするんですか!」と主張しているような気がする。
「あんまり騒ぐな、あいつらが寄ってくるかもしれないだろ」
「もー、先輩は神経質すぎっスよー」
「お前は適当すぎるんだ。もう少し考えて行動をしろ」
俺の言葉に後輩は頬を膨らませて俺を見た。
「適当じゃないですよ、後先考えないだけです!」
「むしろ駄目じゃねえか」
ツッコミを入れると、後輩は驚き気付いたように目を見開いた。
「ほんとだっ、じゃあ直感で動いているんです!」
「人生破滅するタイプの人間だな」
「ぐぬぬ……」
後輩は遂に腕くみをして頭を捻り始めた。
こんな風に人をいじめるのは趣味ではないが、困っている後輩を見るのは結構楽しいものがある。何よりこれほど馬鹿々々しい会話に本気になって頭を悩ませる後輩が可愛いのでついいじめたくなってしまう。
「そんなことより、こんな任務早く終わらせて帰るぞ……」
「待ってくださいよ、先輩!」
歩き出す俺を後ろから後輩が追いかけた。
「早くしろ――」
振り返り際にそう告げようとしたが、どういう訳か俺の体は地面へと沈んでいく。
下へ参りまーす。
「あっ……」
「えっ……」
俺の体が下降していく間に、後輩が「しまった」と言わんばかりに顔を歪ませているのがはっきりと目視できた。
この野郎。
どうやら俺は後輩が作った落とし穴に落ちてしまったようだ。
「ご、ごめんなさい……」
穴の前まで後輩が駆け寄ってくる。
千切れんばかりに後輩を睨みつけた。その重圧に後輩は俺から目を逸らそうとするが、それも俺に失礼かと思ったのかチラチラと目を合わせては逸らす、を繰り返している。
その行動に若干の可愛さを感じたが、しかしここは怒った風にしてプレッシャーを与えてみる。すると後輩は、泣きそうに目を細めながら俺に手を伸ばしてきた。
おとなしくその手を掴んで穴の中から脱出する。
「…………」
俺が何も言わないことがかえって怖く思えるのか、後輩は俯いて肩を震わせている。
「……あ、あの」
長い沈黙のあとようやく顔を向けたが、その表情はまだ俺を窺うようでいて体もまだ震えている。
その肩に重く手を乗せた。その瞬間びっくりしたのか後輩が両肩に力を入れたのが手に伝わる。
「…………」
手を肩に乗せ黙ったまま後輩を強く見つめた。
後輩も目を逸らすことができず俺の目を見返すが、瞳は潤んで今にも泣きだしてしまいそうだ。
「…………」
「…………」
「…………」
ずっと黙っていると後輩の目に潤みが増していることがわかった。少しでも体を揺さぶればすぐさま涙が零れてしまいそうである。
さすがに可哀想なので、俺は限りなく紳士で優しい声を作って後輩に語りかけてやる。
「……いい落とし穴だったぞ、後輩!」
俺がそう言ってやると、さっきまでお通夜のようだった後輩の顔はみるみると明るみを取り戻していき、最後には破顔して俺の肩を掴み返してきた。
「そうでしょ、そうでしょ! 力作だったんですよ!」
俺の体を掴み前後に揺さぶる後輩の手を振りほどき、後輩に笑顔を見せてやる。
「ほら、任務再開だ。さっさと行くぞ」
「はい!」
元気よく頷く後輩に満足して、俺たちは別々に森の奥へと入って行った。
先程も言ったが任務再開だ。俺たちの任務は、この森から感じる魔力の乱れを解明すること。しかし、もう既に近くで魔力が乱れていることが感じられる。
原因を見つけるのも時間の問題だろう。
そう思いながら藪を抜けると、一面に樹々が立ち並ぶこの森の中で、唯一大きく開けた場所に出た。
「これは……」
辺りを見渡して魔物がいないことを確認した俺は、広がる草原の中心に佇むよう居座るように存在している大きな池を見た。
この森の中で不自然にも思える程の存在感を放つ池。それに目を取られたと言えば、それはそれで事実なのだろう。
しかし、俺がこの池を凝視する理由はそれだけではない。この池から放たれる圧倒的な魔力、その魔力によって歪む力場をそっちのけにすることができなかったのだ。
迫力があるのかと訊かれ、間髪いれずに頷けるものではない。むしろ拍子抜けと言わんばかりだろう。だが、そういう類の物ではないのだ。
嵐のような激しさはない。しかし、その存在感に内包される底知れない何かは、嵐をも超えた何かを巻き起こすような、不吉を孕んでいた。
少しずつ慎重に池へと近づいていく。
一歩進むごとに魔力が体に纏わりつくような気持ち悪さを払いのけて、池の縁まで近づいた。
池の中を覗くが濁っていてよく見えない。というか、この池の水が真っ黒に染まっているようにも見える。
「せんぱーい、何か見つけましたかー?」
後ろから後輩が俺を呼ぶ声が聞こえた。二人で分かれて行動する予定なのに、寂しくなってまた俺の方に来やがったようだ。
「ああ、きっとこれが今回の目的だ」
池を除いたまま後ろから近づいてきているであろう後輩に向かって応えた。
「さすが先輩、さぁ任務達成のハイタッチっす!」
「ああ……」
本当にどこまでも元気な後輩だ。俺が感じているのだから、この魔力の乱れは当然あいつも感じているはずだ。
ここまで不吉で気味の悪い感覚を感じて、それでも気にせずにハイタッチなんてしようと考えられる頭とは、むしろ尊敬してしまう。
ん?
ハイタッチ?
「ちょ……まて!」
「えっ、なんすか?」
振り向いて後輩を静止させようとするが、後輩は全速力でこちらに向かってきているだけではなく、その名の通りハイタッチするためにジャンプまでしていた。
咄嗟の判断で右手を挙げて後輩と手を合わせる。
しかし、突然構えた手ではジャンプした後輩の勢いを全て受け止めることは出来なかった。
俺の体はのけ反って宙に浮く。
「おまっ、この野郎!」
「ふぇ?」
今になって後輩は俺がハイタッチの準備ができていなかったことに気付いたようで、驚いたように口を開いている。
そして、自分だけ見事に着地した後輩は、後ろに向かって倒れていく俺を見つめて苦笑いしながら、
「す……すんません」
と、丁寧に腰から体を折り曲げて頭を下げていた。
「謝る暇があるなら助けやが――」
――ドボン
後輩に向かって叫んでやったが、しかしもう遅い。
俺の体は文句の台詞を言い終えることもなく、黒く濁った池の中へと沈んでいった。
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