第23話 欠席

 今は十二月の中旬。寒さも大分と本格的になり、特に寒い日には雪もちらほらとみられるようになったそんな時期、僕は変わらず今日も学校で授業を受けている。しかし変わった部分を一つ上げるとするのなら、それは僕が真面目に板書をしているということだろう。

 普段であればこの最後列の特権に甘んじて、惰眠を貪るか考え事をして呆けているのだが、今日の僕は自分でも驚くくらいにどういう訳か真剣だ。


 なぜ僕がこれほどまでに真っ当に授業を受けているのか、その理由を打ち明けよう。別に隠すほどのことではない。

 ただ、もうすぐ定期考査があるのでそろそろ授業を受けておかないと結果が散々になってしまうから。

 なんてことは、まったくない。


 自分の腕が消えてしまうような体験を先日した所為で、ちょっと自分の腕が存在している状況を奇跡のように思えてしまっているだけなのだ。直に飽きて板書もしなくなるのだろう。

 しかし、かと言って板書をしなかったらしなかったで、どうしても暇を持て余してしまうのが難点と言える。

 これも普段であれば隣のリュートに話しかけ、僕が貸してやっているライトノベルの話題で盛り上がったりするのだが、今はそれすらできないのだ。

 リュートは三日前から学校を休んでいるのだから。


 リュートが欠席することは大して珍しいことではない。よく休むということではないが、あいつはあいつで、元いた世界に帰るために色々と駆けまわっている。だからリュートが休む時は生まれてしまった化物だとか魔物だとかを倒している時なのだ。

 そんなもの生まれた時に倒しに行けば、といつか僕が問うたことがあるのだが、しかしリュートに言わせれば「それでは間に合わない」らしい。


 たしかに考えてみればそれもそうだ。僕はどんな頻度で魔物が、化物が生まれるのかは知らないが、学生である以上は一日の大部分は学校に拘束されてしまう。そうなればやはり「間に合わない」という事態に陥ってしまうのだろう。僕も生活をしていて、たまに魔力が乱れたことが原因の体のダルさなども感じてしまうが、あれはリュートが魔物の数を調整していても起こっているのだから、あんなことが毎日のように起これば、それはそれで「間に合っていない」という状況なのだろう。

 だが、僕はリュートにこうも問うた。ならば生まれても放置して、余裕がある時に倒せばどうなのだ、と。


 これに対するリュートの答えは至極シンプルだった。「それでは面倒になる」らしい。何が面倒なのかは僕には分からない。

 もしかしたら、以前にリュートが生まれた魔物は放置すると魔力を蓄えて強大になると言っていた。わざわざ強い物と戦うよりは頻度が多くても弱い小物を倒したほうが面倒は少なくなる、ということなのかもしれない。


 まあしかし、そんなことがどうであれ、リュートが欠席するということは決して変な事ではない。だが、通常ならば一日立てばまた登校してくるはずだ。しかしリュートは今日まで三日連続で休んでいる。これには流石の僕も疑問を思わずにはいられない。

 それに疑問を感じる根拠は他にもあるのだ。


 ここに来る途中で少し体がダルかった。唐突にあれが起こる時は魔物が近くで生まれた時だと、僕自身何となく認識することができてきた。

 もしもリュートが魔物退治のために駆け回って学校に来れていないのであれば、僕が体のダルさを感じるはずがないのだ。ならばリュートは今何をしているのか、そこに疑問を持つのはむしろ当然と言うべきなのだろう。


 ――キーンコーンカーンコーン。


 そうこう考えているうちにチャイムが鳴って、本日最後の授業が終わりを告げる。

 教科担当の教諭と入れ替わりにクラス担任が教室に入ってくる。そしてすぐにホームルームが始まった。

 担任の声を聞き流しながら僕は帰る仕度を始める。携帯電話を取り出してリュートへメッセージを送った。これで何回目だろうか。


 リュートが二日連続で休んだ頃から不審に思ってメッセージを送り続けているが、リュートからの反応は一切ない。しかし、既読はついているだけ確認しているということだけは認識できる。返信をする時間がない程に多忙なのか、単純に返信をしていないだけなのか、あるいはその他に理由があるのか分からない。それでも、やはりリュートがどんな状況にあるのか気になって授業にも集中できないというものだ。

 そこで僕は思いついた。今日にでも僕が感じた魔物のところへ行ってみようかと思う。

 僕が魔物の存在に気付いたのは今日のことだ、もしリュートが魔物を退治するのに多忙なのであれば、運よくそこでリュートと出会えるかもしれない。


「――それじゃあ今日はこれで終わりだ。各自解散!」


 担任の声が教室に響く。

 僕は既に用意された帰り支度をもって足早に扉へと向かった。

 扉に手を掛けようかという時、誰かが隣で僕の脇腹つついているのを感じた。その感触に横を向いて見ると、ハルが予想通り僕の脇腹をつついていた。


「ハル、今日は帰りが早いな」


 肩にスクールバッグを掛けたハルがちょっと頬を膨らませた。


「どっちの台詞?」

「今日はちょっと急いでいて……よくわかったな」

「ヒロが帰る準備していたのが見えたから。あと、携帯触っていたのも見えてたよ」

「そこまで筒抜けだったか」


 ハルに笑いかける僕だったが、ハルはというと顔を曇らせている。


「リュートに連絡してたの?」

「うん、まあ」

「そっか……」


 それだけ言って、ハルは顔を上げ僕にいつもの笑顔を僕に向けた。

 それを一瞬は快く思っていた僕だったが、その笑みが返って不審に感じて顔をしかめる。


「ハル……何かあるなら遠慮しないで――」


 言いかけていた僕だったが、ハルが僕の顔の前に掌を突き出し僕の言葉を止めた。


「うん、分かってる。思ったことはちゃんと話す。けど、ここじゃちょっと言いにくい事だから、帰り道で話すよ」

「そっか、それじゃあさっさと帰ろ」


 僕が扉を開けて、僕とハルは一緒に教室を後にした。

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