第19話 Lonely Laundry―洗い

 リュートが転校して来て早くも数か月が過ぎた。季節はもう十二月の上旬に差し掛かっていて、学校のみんな初雪はまだかと窓を眺める回数が多くなってきている。


 僕は冬という季節が割と好きだ。というか対になる夏が嫌いなのだ。


 僕はあまり身体が丈夫な方ではないので夏のように暑い季節は、外に出て運動でもするとよく夏バテをしてしまう。これでも昔は外でよく遊ぶ子供だったのだが、どうやら子供の時に体を動かしていても健康体で育つという保証はないらしい。


 その点、冬や秋は体も動かしやすければ暑さにやられることもなく個人的には一番好きな季節と言える。もともと体を動かすことが好きな僕はこの冬が一番輝ける時期なのだ。

 よく意外だとか言われるが、体育の持久走では学年一位を取ったこともあるくらいだ。


 だから、僕はこの冬という季節がこの上なく好きなのだが、この季節に一つ問題があるとすれば、それはハルがこの季節を好きではないことだろう。


 ハルは自分の名前にちなんでなのか分からないが春が好きだ。しかし、冬に関しては――もっと言えば秋と冬。この季節をハルは嫌いなのだ。


 そんなことを先日一緒に登校している時にハルから聞いた。ハルが言うには「冬は別れの季節だから」ということらしい。

 どうして別れの季節なのか、という問いはわざわざ訊かなかった。その答えは僕だけが知っている答えだからだ。


 そんな冬の日の帰り道のこと。

 いつもの様にハルと下校していると、隣を歩くハルがふと気づいたように呟いた。


「ねえ、ヒロは今日の夜時間ある?」

「夜?」

「うん、七時半くらい……」

「七時半……晩ごはんを食べ終わった頃なら――あ、いや」


 久しぶりのハルからデートのお誘いに頷こうとしたが、用を思い出して頭を振った。


「ごめん、今日の夕飯、僕が担当だから夜はでかけられそうにない」


 我が家は夫婦共働きのため、母さんが遅くなってしまう時は僕が夕飯を作ることがある。昔は母さんが早く帰って来ていたが、もう高校生だからという理由で高校に入学してからは完全に任されてしまったのだ。

 とは言え、日頃から料理をする訳でもない僕が大層な料理を作れるわけでもなく、いつもオムライスやシチューなど簡単にできる物ばかり作ることが多いのだ。


「そっか、なら仕方ないね」

「わるいな。それで何をするつもりだったんだ?」


 僕らは歩きながらアーケード街へと入って行く。


 ハルが僕の質問に首を傾けて遠くを眺めている。その顔の向きがたまたま廃ビルの方を向いていたから、僕もついつい惹かれてそちらを眺める。


「えーと、コインランドリーに行こうと思ってさ」

「コインランドリー……洗濯機でも壊れたのか?」


 僕が訊ねると、ハルは口を尖らせて地面に落ちていたゴミ袋を蹴り飛ばした。それが風に乗って飛ばされてしまう前に僕が拾う。

 環境のために落ちているゴミは拾わなければいけない。


「そ、年代物ってわけじゃないんだけど、昨日何か引っかかったみたいで。今日修理にくるんだ」

「だったら、僕の家の洗濯機使えばいいじゃないか」

「ヒロの家の洗濯物と一緒に?」

「うん……何だったらネットに入れればいいし」


 そうやって頷くと、ハルは意地わるそうに笑みを浮かべた。

 学校でリュートが皮肉や嫌味を言う時と同じ笑みに、少し身構えてしまう。


「それは誰が選択竿にかけるの?」

「そりゃあ、母さんは仕事だから僕がするけど」


 僕が答えると、ハルは笑みを一層深めて口の端をつり上げた。


「ふうん、私の下着もヒロが洗濯しちゃうんだ」

「えっ⁉」


 そう言われて顔が真っ赤になった。その反応をハルは面白がってお腹を抱えて笑っている。


「今日私が何色の下着を着てるのか全部わかっちゃうね!」

「別に今更ハルの下着見たところで、子供の頃から見慣れていて何とも思わねえよ」

「それって、その言葉だけ聞くと結構危ない台詞だよね……」

「ハルが僕の家に泊まりに来るからだろ。未だに突然上がりこんで来て」

「だって……」

「だっても糸瓜へちまも――」


 僕が文句を垂れようとしていたが、隣を歩いていたハルが突然歩みを止めたので、僕もつい言葉まで失ってしまう。


 何に止まったのかと顔を上げてみると、僕たちは既にアーケード街を抜けていてアーケード街手前にある信号機のところまで歩いていた。信号機は赤を示している

 僕が止まったことを確認したからなのかハルがまた口を開いた。


 僕が遮る前に発した余韻を引きずるように重たい口調で。

「……寂しいんだもん」


 と、僕に対してというより独り言のように呟いた。


 いつものように、おちゃらけた風で言ってくれれば、僕も笑って合いの手を入れられるものなのだが、しかし今回はそうとはいかない。会話の内容はどうってことないのだ。ただ、シチュエーションがあまり良くない。


 こんな冬に「寂しい」なんて言葉は言ってはいけないのだ。

 寂しい冬に「淋しい」なんて感情はあってはならないのだ。

 だから冬はどうしようもなく詫びしくて、だから冬は別れの季節なのだ。


「なあ、ハル……」


 車線用の信号機が黄色に変わり赤になった。


「ごめんね、なんか私らしくない。もうあんまり気にしてないから」


 信号が青に変わってハルが前へ進みはじめる。

 反射的に先に渡ろうとするハルの腕を後ろから引っ張るように掴んだ。


「ハル、ちょっと聞け」

「別に慰めて欲しいってわけじゃないから、時々ほんとに寂しいって思うってだけ」

「そうじゃない」


 掴んでいたハルの腕を放してハルの隣へと駆け寄る。


「じゃあなに?」

「今日、晩ごはんうちで食べるか?」

「え?」

「コインランドリーに行くなら、帰ってから晩ごはんの用意するのも大変だろ。どうせ僕の親は早く帰らないから、話し相手になってくれよ」


 そう訊くと、ハルは一瞬きょとんとした顔をしていたが、すぐにいつもの笑顔に戻って言った。


「ありがと」

「どういたしまして」


 と言って、僕らはまた二人並んで歩きだした。

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