第31話 ハクの実力
リュートが熱で休みこんで数日が経った。
何度か連絡を送ると、この前とは違い連絡を返してくるくらいには元気になったようで、明日辺りには学校へ来るらしい。
そんな吉報が届いた今日、僕とハルは魔物と対峙するハクの姿を呆然と眺めていた。
「ねえヒロ、あれって本当に強い魔物なのかな?」
ハクが目の前にいる魔物二体を指さした。
その二体からは確かに今までより遥かに強い気配を感じるのだが、僕の意見もハルと同じだ。果たしてあれが強いのか甚だ疑問だ。
「ハク、お前が強い魔物がいるから覚悟しろ、っていったんだぞ。あれは本当に強いのか?」
僕が問いかけるも、ハクはその二体をじっと見つめて振り向こうとはしない。その表情は真剣そのものだ。
「見た目で相手を何とやらって言うやろ。そんなんやったらすぐに死ぬで」
「いや、でも……あれは」
これまでリュートと関わってきて僕も何体か魔物と出会ってきた。フォルムとしてはどれもこの世に存在する生物に似た形をしていて、狼からヒト型、昆虫に巨大蜘蛛、虎型など様々だったが、どれも共通して人間の子供以上の大きさをした魔物だった。
しかし、現在僕らの眼前にいるのは子供よりももっと小さな、腕で抱きかかえられるほどの大きさをした。
「ハリネズミだぞ。いやヤマアラシか?」
三十センチ小の大きさで頭の頂点から背中、しっぽにかけて細かい針が無数に存在している。丸みを帯びた体で四つん這いにこちらを見ている姿はハリネズミのようで、背中から威嚇するように針を伸ばしている姿はヤマアラシのように見える。
「
嵐鼠を凝視したままハクは手を後ろに回して僕を押した。下がっているように指示をしているようだ。
ハルと二人で頷いて一歩下がろうとしたその時だった。
背中の針を伸ばして威嚇をしていた二体は同時に僕とハル目掛けて跳躍し、文字通り目にも止まらない速さで僕らの目の前まで迫っていた。
「ハルっ!」
目線だけで咄嗟にハルを見るが、ハルも反応が遅れていたようで顔の前で手を組んでいるだけで、完全に避けきれていなかった。
嵐鼠は空中で背中を向いて針をこちらに向けてくる。
あと少しで針が僕らに届こうかという時、眼前に迫る嵐鼠はいつかの虎のように、何もない所から生み出された鎖によって動きを止められていた。
「だから油断すんなって言ったやん……」
「ハク……ありがとう」
その言葉に少しだけ笑みを浮かべたハクは、人差し指をくるくると回すと、投げつけるような仕草をした。
すると、その動きに連動して、鎖によって静止された二体の嵐鼠は元いた地面へと叩き付けられた。
ハクの反撃に疑問を覚え、少し訊いてみる。
「……この前みたいに槍で刺さないのか?」
「あれは、相手の表皮が薄いかったからな。嵐鼠の棘は鋼鉄よりも硬い。普通に刺しても文字通り歯なんてたたへん。それに――」
言いかけていたハクだったが、突然口を閉じると嵐鼠のいる方向へと右手を突き出した。
「どうしたんだ?」
問いかけた僕に目線だけ投げかけたハクは、憐むような笑みを浮かべた。
「攻撃されてんねん、わからんか?」
「……?」
言われて嵐鼠の方を凝視してみる。すると、嵐鼠は小刻みに背中をこちらに向かって振っていたのだった。
その動きに連動して何かがこちらに向かって飛んでくる。しかしそれは、僕らの元へ届く前に空中で止まると地面に落ちていった。
「嵐鼠の針……?」
「あいつらの基本行動は
「だったら、どうやって……」
「そんなん、棘がないとこを狙うに決まってるやん」
嵐鼠の針飛ばしが止んだのを見計らって、今度はハクが攻撃を仕掛けた。
またも鎖によって嵐鼠を捕まえようとするが、嵐鼠の小さな体はなかなか鎖に捕まってはくれない。業を煮やしたハクは、鎖を嵐鼠が逃げ回る地面に叩きつけた。
衝撃によって地面にはヒビが入り、もう一度叩きつけると、完全に割れて地面が起隆する。
平衡を保たなくなった二体の嵐鼠は、空中へと投げ出された。すると、嵐鼠の体に唯一刺のない腹が完全に見える形になった。
それを確認したハクは、その隙を見逃さず腹に向かって槍を飛ばした。槍は一直線に嵐鼠の元へと向かっていく。
「やった!」
隣で勝利を確信したハルが喜ぶが、それを聞いたハクは怪訝そうに顔をしかめると、低い声で唸った。
「いや……」
槍が嵐鼠へと命中したかと思ったその時、鋭い金属音が響き渡る。
「もしかして……」
完全に突き刺したかと思われた槍は、どういうわけか地面に転がっていた。
そして二体の嵐鼠はというと、あたかもハリネズミが丸くなるように体をうずめ、背中の棘を肥大化させていた。
「これが、嵐鼠最大にして最強の防御や」
鋼鉄よりも硬い棘による全身防御。そしてそれを攻撃にすら変えてしまえる特性。まさに小動物の完成形とも言える姿だった。
「ハクちゃん、こんなの……どうやって?」
不安気に尋ねるハルに、ハクはむしろ顔の笑みを一層深くして答えた。
「あんまうちを舐めたらあかんで。こっからが本番やねんから」
笑ったハクは一歩足を前に進めたかと思うと、どんどんと嵐鼠に向かって歩き始める。
警戒した嵐鼠は背中の棘を飛ばして応戦するが、ハクはその全てを当たる直前に叩き落としていく。
「そんなんじゃあ、傷一つ付けれへんで?」
ハクの挑発が届いたのかわからないが、棘を飛ばしても意味がないことを悟った嵐鼠は、今度は体を丸める防御態勢に入ると。
今度は棘を短くし、丸めた身体で転がり始めた。
転がる二体は正確にハクへと向かっていく。しかしハクはそれを回避するどころか、二つの球体へとさらに近づいていく。
正面から転がりながら突進する嵐鼠は、近づくハクの手前で大きく跳躍した。すると二体の嵐鼠は突然、同時に肥大化し始めた。
否、肥大化したのではない。体中の棘を限りなく伸ばして、あたかも体そのものを大きくしたかのように見せているのだった。
跳躍し棘を伸ばした嵐鼠はいまだ回転を止めることなく、落下により速度をさらに上げてハクへと迫っていく。
「ハク!」
不安になるこちらの気持ちとは裏腹に、ハクは顔だけ僕らの方に向けると口の端を吊り上げて微笑んだ。
正面から向かう二体の嵐鼠に今にも当たるかという時、嵐鼠の隣に突如として巨大な槌が現れた。
その槌は右に大きく振れたかと思うと、嵐鼠の突進など優に超える速度で、嵐鼠を弾き飛ばす。
弾かれた一体の嵐鼠はさらに、隣で落下していたもう一体を巻き込んで空中を滑空する。
ハクはそれを目線で追うと、嵐鼠の飛んでいく方向に向かって手を伸ばす。
すると、またも巨大な槌が空中に現れた。
しかし今度の槌は横ではなく上に向かって、引き絞るように大きく持ち上がると、嵐鼠がスタンプできる範囲に入った瞬間。
二体の嵐鼠を纏めて地面に叩き落とした。
「ギギッ……ギッ……」
鳴き声とも悲鳴とも聞こえる鈍い声が響いて、やがてその声は小さくなっていき、やがて辺りは静寂に包まれていった。
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