番外編 Our memories of that day. [1]
春一番。空は晴れていて今日はぽかぽかと温かい。
ここは僕とハルキの家から歩いて四分くらいで着く運動公園。そのストリートバスケットコートで僕たちは同じ小学校に通う友達と一緒にバスケをしている。
バスケとは言ってもコートの全部を使って試合をしているわけじゃない。ゴールを一つだけ使って、攻める側と守る側に別れて遊んでいる。
いま攻めているのは僕のチーム、チームメイトはハルキと僕の二人だけ、守っているのも二人だけの四人ゲームだ。
守備側のシュンがハルキにボールを渡す。ボールを持ったハルキはハーフラインでボールをつきながら、ちらりと時計の方を見た。
釣られて僕も時計を眺めた。針はぴったり正午を指している。
「ラスト一回で!」
ハルキの声に全員が頷いてゲームがスタートする。
何度かボールをつくと、ハルキは僕にパスをした。それを受け取って僕は少しずつ前に進みながら、コートの右隅に向かってドリブルを進めていく。
スリーポイントラインの辺りまで来たくらいで、一度止まってボールをゆっくりつく。するとハルキは僕が右隅に向かいながらドリブルしたことによって、できたスペースに駆けて行った。
「ハルキ!」
そのハルキにパスを出す。
「まかせて!」
パスを受けとったハルキはボールを左右について体を揺らしているかと思うと、ハルキはいつのまにかディフェンスを抜き去ってしまった。
そしてゆっくりとドリブルすると、余裕をもってゴールに向かって両手でシュートを撃った。
ハルキの放ったボールは小さく山を描きながらカゴに当たることなく、見事ネットに吸い込まれた。
「やったー!」
「ナイスシュートー!」
ハルキの方へ駆け寄ってハイタッチを交わした。
そうして僕たちはバスケットコートを出て、帰る仕度を始める。
そろそろ僕もお腹がすいてきたころだ。
「それじゃあな!」
真っ先に仕度を終えたシュンが。
「あ、まって兄ちゃん」
そしてその弟のジュンがボールを両手で抱えて公園を後にしていく。
ハルキが帰る準備を済ませたのを確認して僕は言う。
「それじゃあ僕らも帰ろっか」
「うん」
そう言って立ち上がったハルキだったけれど、ハルキは掌を見つめて言った。
「ちょっと待って、手だけ洗いに行かせて」
ふと僕も自分の掌を見る。古びたバスケットボールで遊んでいたせいで、剥がれたゴムが手に着いて掌が黒ずんでいた。
「そうだな」
ちょうど公園の入り口の近くに蛇口を見つけて駆けていく。
一つしかない蛇口の水を二人で分け合いながら使う。だんだんと落ちていく手の汚れを眺めながら、さっきのハルキのシュートを思い出した。
さっきのシュートだけじゃない、ハルキはいつだってなんだってできた。いつもその姿をカッコいいと憧れて僕も練習するけど、僕が何かできる度にハルキは新しく僕よりカッコいいことをした。
そんな女の子だけどカッコいいのが僕の自慢の幼馴染だ。
「さっきのハルキのシュートすごかったな。ドリブルもいつの間に抜いたのかわかんなかったし」
「…………」
僕が言うけれど、ハルキからは一言も言葉が返ってこない。
「やっぱりハルキはカッコいいな、僕もカッコよくなれたらいいのに」
「…………」
しかしまたハルキからの返答はなかった。
きっと自慢げな顔をしているんだろうなと思って、しゃがみ込んで手を洗うハルキの顔を覗き込んだ。
すると、なぜかハルキの眼には涙が溜まっていた。
「ど、どうしたんだよ!?」
思わず飛び上がってハルキを見る。
ハルキも立ち上がり涙を手で拭おうとするけれど、濡れた手で拭いた顔は余計に水で覆われてしまった。
「……あのね」
ついにハルキが一言目を呟いた。その声は少し震えている。
「私カッコよくなんてなりたくない。自分の名前だって男の子みたいだし、それだけでも嫌なのに、ヒロはいっつもカッコいい、カッコいいって。かわいくなろうと思って髪の毛だって伸ばしたのに……」
「え……」
そうだったのか、僕はいつもハルキのことがかっこいいと思っていたのに、それはハルキにとっては嫌だったんなんて知らなかった。
「私だってヒロにかわいいって言って欲しいのに……」
「ど……どうしよう」
目の前でハルキが泣いているのに僕はどうすることもできない。
何もできずに戸惑っていると強い風が僕とハルキの間を通り抜けた。その風に煽られて近くにあった桜の木から桜がひらひらと舞った。
さくら…………
桜。
「さくら……そうだ桜だ」
「え?」
必死に涙を拭うハルキの濡れた手を掴んで空に挙げる。
その手と一緒にそらに舞い散った桜が僕の視界に入っている。ハルキも同じ景色を見ているだろうか、いいやきっと見ている。
「ハルキ、桜だ」
「うん?」
突然のことでハルキも戸惑っているのだろう、涙声がさらに小さく囁かれた。
「ハルキの名前だ」
「?」
「
「うん」
「桜だから……ハルキとかけて“ハル”だ」
「どういうこと……?」
呆れ顔になっているハルキの手を放してその代わりに、僕は両手を挙げて目一杯それを広げて見せ、笑顔でハルに言った。
「ハル! ハルキのあだ名だ!」
「はる……?」
「そう、かわいいだろ!」
僕が笑いかけるとハルは、泣いているかにも見えるようなくしゃくしゃな笑顔で笑い、舞い乱れる桜の花を眺めた。
春一番。ぽかぽか陽気が僕らを優しく包んでく。
晴れ渡った空からそそぐ柔らかな光が僕らを大きく包んでく。
涙に濡れた悲しい顔など、とっくの昔にどこかへ春が取り去った。
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